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群青の軌跡  作者: 花 影
第4章 夫婦の物語
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第14話

 周囲からは一旦領主館へ帰る様に勧められたが、2人の無事な姿を見るまでは帰る気が起きなかった。加えて雨は一向に弱まる気配もない。ウォルフさんの口添えもあって渋る神官達や自警団員達をどうにか説き伏せた。そして戻って来ないカイ君の事を心配して不安がる子供達をなだめて寝かしつけ、2人の無事をダナシアに祈りながら夜を明かした。

 夜が明ける頃、ようやく雨が止んだ。いつもより早く起きだしてきた子供達は、まだ2人が帰ってきていないことにがっかりしていた。

「夜の間、ずっと雨が降っていたから、今はまだ帰ってきている途中だと思うわ」

 そう言って子供達を安心させて、朝食の席に座らせる。いつもであれば競って食べ始めるらしいのだけど、みんな、なかなか手を付けようとはしない。

「カイ兄ちゃんに残しておいていい?」

 今朝は元気を出してもらおうと昨日みんなで作ったキイチゴのジャムを添えていた。そのジャムをカイ君に食べてもらいたいと、みんな口々に言い出した。

「カイ君の分は残してあるから、心配しなくても大丈夫よ」

「でも……」

 みんなしゅんとして俯く。粗雑な態度でごまかしているけど、カイ君は面倒見がいい。そしてそんな彼は小さな子達に好かれている。みんな、カイ君の事が心配なのだ。

「ルークが一緒だから大丈夫よ。きっと、元気に帰って来るから」

 そう言って私は一人一人を抱きしめた。泣き出す子もいて大変だったけれど、どうにか宥めて落ち着かせ、どうにかみんなに朝食を食べさせることが出来た。

 それからほどなくしてティムがルークからの伝言を伝えに来てくれた。

「無事に夜は明かせたみたい。ただ、途中の沢が増水していて渡れないから、帰るのは少し遅くなるって」

「そう、ありがとう」

 一先ず2人が無事なことに安堵する。2人は森の中にいるらしく、開けた場所まで移動しないと飛竜で迎えに行けない。ローラント卿とドミニク卿が上空から降りられそうな場所を探し、2人はそこまで移動中とのことだった。その状況を子供達にも分かりやすくかみ砕いて説明すると、ようやくみんなに笑顔が戻った。




 何かの役に立つだろうからと端切れの布や半端になった毛糸を持ってきていたので、彼等を待つ間みんなで何かを作ることになった。最初は女の子だけが興味を持っていたけれど、ルークもつくろい物なら出来ると教えると、男の子達もやる気になっていた。

 色合いを考えて端切れを縫い合わせて作った模様をいくつも作り、最後にそれらを全部縫い合わせて大きくしようと提案すると、みんな喜んでいた。今日の完成は難しいかもしれないけれど、裁縫が得意な女神官が後を引き受けてくれると約束してくれた。来年訪れた時には完成品をお披露目してもらえるかもしれない。

 そんな風に過ごしていると、ようやく2人の帰還の先ぶれがあった。そしてそれから間を置かずに竜騎士達が駆る騎馬が孤児院へやって来た。

「カイ兄ちゃん!」

 ルークが駆る馬にカイ君は同乗していた。2人とも服が泥だらけになっている所から、飛竜との合流までの道中が過酷だったことがうかがえる。先に馬から降りたルークがカイ君を馬の背から降ろすと、子供達が一斉にカイ君へ駆け寄る。

「ただいま」

「お帰りなさい」

 その傍らで私はルークを迎えた。少し疲れた顔をしていたけれど、その顔を見て安堵する。でも、少しだけ歩き方がぎこちない。右足に視線を向けると、「カイが心配するから」と小声で言われた。何があったのか聞かないと分からないけれど、彼を庇って痛めたのだろう。私は小さくうなずくと、小さな子達にもみくちゃにされて困っているカイ君をそっと抱きしめた。

「無事でよかった」

「……」

 彼はしばらく固まっていたが、やがて小さな声で「ごめんなさい」と謝った。

「謝らなくていいのよ」

 そう言って頭をなでると、彼はポロポロと涙を流す。そんな彼をもう一度抱きしめると、彼は声を上げて泣き出した。おそらく、こんな風に泣いたことなどないのだろう。「カイ兄ちゃんが泣いてる」と子供達が驚いていた。

 その後、落ち着いたカイ君は部屋で休ませることになり、世話役の女神官が付き添って連れて行く。その後を他の子供達もぞろぞろついていき、みんな屋内へ入って行った。屋内からは「お風呂」という言葉が聞こえて来たから、カイ君と一緒に小さな子供達も入るつもりなのだろう。

 神官達には予め、カイ君を叱らないようにお願いしてある。迷子になった詳しい経緯はまだわからないけれど、先ずは彼が愛されている事をちゃんと理解してもらわなければならない。そして、ここで強く攻めてしまうと、彼が変わる機会を永久に失ってしまう気がしたからだ。

「足は大丈夫?」

 子供達がみんな建物の中に入って行ったのを確認すると、改めてルークを振り返る。

「応急処置はしてある。戻ったら診て欲しい。でも、まだやることがある」

 昨夜の雨で被害報告が上がっているらしい。今は自警団が対処してくれていて、その報告を聞くことになっているらしい。勤勉なのはいいけれど、もう少し自分の体を大切にして欲しい。思わずため息が漏れ出た。

「ザムエルがうまく対処してくれている。報告を聞くだけだから足に負担はかからないよ」

「本当に?」

「ああ。とにかく、領主館へ帰ろう」

 最後は慌ただしくなってしまったけれど、孤児院のみんなに挨拶をして私達は領主館へ戻った。

 泥だらけのルークも、帰る早々にお風呂へ直行してもらった。仕事をするにしても、あのままでは妻である私の矜持が許さない。彼が汗を流している間に着替えの騎士服と湯上りに飲む果実水、そして足の治療に使う薬を用意した。

 さっぱりしたルークが足を引きずりながら風呂場から出てくる。着替えを済ませ、手近な椅子に座ってもらって足を見せてもらった。ルークによると、悪路で足を取られたカイ君を支えた折にひねったらしい。

「痛いでしょう?」

 あんなに平気な顔をしてよく歩いていられたと感心するほど足ははれ上がっていた。すぐに湿布を用意し、包帯で固定する。その間にルークは用意した果実水を美味しそうに飲み干していた。

「ありがとう。楽になったよ」

 包帯を巻き終わると、室内履きを履いてもらう。きっちり包帯を巻いてしまったので、動きはぎこちなくなるけどそれほど痛みを感じなくなったらしい。その答えに安堵するけど、本当は安静にしていて欲しい。

「報告を聞いたらすぐに戻って来るよ」

 ルークはそう言うと、迎えに来てくれたウォルフさんの手を借りて執務室へ向かっていった。




 ルークの足を考慮して、夕食は部屋へ運んでもらうことにした。その手配と替えの湿布と痛み止めを用意している間に、ルークの仕事も終わったらしく、ティムに抱えられるようにして部屋へ帰って来た。

「やせ我慢しているみたいだから連れて来た」

「あら、ティムありがとう」

「ひどいなぁ……」

 文句は言いながらも足が痛むのは確かなようで、送ってくれたティムには一応感謝の言葉を伝えていた。一緒に報告を聞いていた彼の話によると、自警団で対処できるものばかりだったらしく、思った以上に被害は少なく済んだ様子だった。ルークが帰って来た時に孤児院で姿を見なかった彼は、一通り領内を飛んで様子を見て回ってくれていたらしい。

 気が利く弟にお礼としてお茶をふるまったが、お酒が良いとわがままを言っていた。そこはあえて無視しておいたけれど。でも、予定を変更してもうしばらく私達と行動を共にしてくれると言う彼には心の中で感謝した。

 ほどなくして夕食の時間となり、ルークは食事をしながら事のあらましを教えてくれた。

「カイは前の晩のあの話を盗み聞きしていたらしい」

「あの話を?」

 カイ君を竜騎士見習いにする話の事だ。でも、それがどうして迷子と関係があるのだろう?

「天幕は少し離れていたから聞こえた内容は断片的な物だ。そこから自分は1年後に孤児院から追い出されると思い込んでいた」

「まあ……」

「それで俺達の不信感がつのり、更に翌日の予定変更で完全にアイツはへそを曲げてしまった。自棄やけをおこしたアイツは1年後に追い出されるなら今でも一緒だと短慮を起こして飛び出したらしい」

 ルークはため息交じりにそう言うと、食事と一緒に用意されていたエールを飲み干していた。

「エアリアルがアイツの気配を覚えていてくれて助かったよ。上空を飛んでもらったらすぐに見つけてくれた。ティムやドミニクも同行しようとしてくれたけど、アイツと話をするのは独りの方が良いと思って断った。雨雲も近づいていたし、飛竜達には引き揚げてもらったんだ」

 木の下にうずくまっているカイ君を見付けた時には既に雨が降り始めていた。ルークの姿を見て逃げようとしたらしいけど、有無を言わさず捕まえたのだとか。

「あの一帯を下調べした時に、狩猟小屋があるのが分かっていたから、一先ずそこへ移動したんだ。大分古びていたけど、雨宿りするには十分だった。ともかく、こんな機会は無いから2人でとことん話をした。誤解も解けたし、いい時間を過ごせたと思う」

 ルークはそう言うと、2杯目のエールを飲み干す。足の怪我もあるし、そろそろやめておいた方が良いので、お替りしようとするのをやんわりと止めた。ちょっとだけ不満そうにしていたけれど、私が微笑むと肩をすくめて諦めてくれた。

「雨が上がるのを待っていたら、結局夜が明けてしまった。来た道を戻ろうとしたけど、沢は思った以上に増水していて、渡るのは危険と判断した。結局、森を反対側へ抜けて飛竜と合流することにしたんだ」

 あまり人が通らないような道だったため、危ない場所も多くあり、そんな難所の一つで足を滑らせたカイ君をとっさに庇ったのは良かったが、彼自身の足元も悪かった為に足をひねってしまったらしい。

「自分の短慮でみんなに心配をかけたのが分かっただろうし、これ以上はアイツの負担になるだろうから黙っていた。ゴメンよ、心配かけて。でも、きっとアイツは変わるよ」

 そう言ったルークは本当に嬉しそうだった。


カイ君行方不明事件の真相はこの通り。

次くらいでミステル滞在編は終わるかな。

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