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群青の軌跡  作者: 花 影
第1章 ルークの物語
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第9話

 気づけば俺は見覚えのない部屋の寝台で寝ていた。ああ、寝過ごしてしまったと体を起こそうとしたが、めまいがする上に体に力が入らない。

「起きてはいかん。横になっていなさい」

 年配の医者らしき人に止められる。そして薬湯らしきものを飲まされ、また眠るように促された。しかし、伝文の事を思い出し、届けないとまた殴られると訴える。それでも医者は心配いらないと俺をなだめた。結局、薬湯の効果によるものか、睡魔には勝てずにまた眠っていた。

 その後も幾度か目を覚ましたが、スープや粥といった消化のいいものを食べたらまたすぐに眠くなり、話が出来る状態にはならなかった。それもあってか、漠然とした恐怖が襲ってきて、朦朧とした状態のまま突如起き上がろうとしたことがあったらしい。俺には記憶はないが、看病してくれた医者が言うのだから間違いないだろう。結局、俺は10日間寝込んでいたらしい。

 そしていつになくスッキリと目覚めた11日目、朝の診察と朝食が終わると、これまでの経緯と俺が置かれている状況を付き添ってくれていた医者が説明してくれることとなった。

 俺がお世話になっていたのはロベリアの北砦だった。あの日、この砦の近くで討伐があり、その事後処理をしている所へ気を失った俺を背に乗せたままのエアリアルが現れたらしい。

「それにしても竜騎士を志す者が栄養失調とは前代未聞じゃぞ」

 俺はすぐに北砦へ運ばれて治療を受けることになった。ガリガリの体に無数の痣を目の当たりにし、治療を担当した医師はその目を疑ったらしい。過労と栄養失調が重なったうえに、長時間外気にさらされていたことにより、もう少し治療が遅れていれば凍死していただろうと言われた。当時の俺は知らなかったが、例え見習いでも竜騎士は衣、食、住が保証される。普通ではありえない診断結果だ。

 命が危なかった……そう告げられて俺は体が震えた。もし、エアリアルが通いなれた南砦に向かっていたらここまで手厚い治療は受けられなかっただろう。相棒がわざわざロベリアに向かってくれたおかげで俺は助かったのだ。もう少し元気になって動ける様になったら、ここの竜舎で世話になっているらしい相棒に会いに行って直接礼を言おうと決めた。

 俺の悲惨な有様と俺が握りしめていた届け先が全く異なる書簡筒に、その時討伐部隊を率いていた第3騎士団長のエドワルド殿下は激怒し、ゼンケル砦に乗り込んだらしい。呼びつけたホルスト団長が来るまでの間、応対した使用人から話を聞き、砦と城館を捜索。色々とゴットフリートに都合の悪い証拠を発見して山積みしている所へ、本日の狩りの成果に上機嫌のゴットフリート達が帰って来た。

 時を同じくしてホルスト団長も到着したので、殿下は彼らの前に証拠を突きつけて断罪した。借金の話とかホルスト団長も知らなかった事実もあり、ゴットフリート達4人は即刻捕えられて牢へ入れられた。

 この件に関しての調査は皇都に報告の上、第2騎士団と第3騎士団合同で調査することとなったらしい。よそからも人員が入ることで、ホルスト団長も下手にごまかしが出来なくなる。討伐期が終わり、新年を迎えるころにはその処分が決定するだろうとの事だった。

「俺も……何か罰が下されるのでしょうか?」

「何故じゃ?」

「その……」

 その時の俺には漠然とした不安が付きまとっていた。ゼンケル砦でゴットフリートにこき使われた3年余りの間に、こうして何もせずにいることが罪という意識が刷り込まれていた。

「お主は被害者じゃ。今のお主の仕事は体を休め、健康を取り戻すことじゃ。それが、お主を助けた殿下のご恩に報いることになる」

「ですが……」

 面倒見のいいこの老医師が名医と名高いロベリアのバセット軍医だと教えてくれたのは、彼の弟子でもある北砦駐留の医者だった。バセット爺さんは重症の俺が運び込まれたと聞いてわざわざ北砦まで来たらしい。

 そんな高名な先生に払える治療代が無いと告白すると、「そんなもん、国が払うに決まっているじゃろう」とあきれられた。

 ゼンケルでも南砦でも傷薬ですらただではもらえなかった。だからギュンターさんに昔教えてもらった記憶を頼りに、自分で採取した薬草で自作していた。そう答えると、バセット爺さんはそれはそれは深いため息をついた。そして俺には改めて正しい常識を教えるから、今まで第2騎士団で教え込まれたことは一旦忘れろと言われた。混乱していた俺は、ひとまず頷くしかできなかった。



 少しずつ体を動かす訓練をし、どうにか歩けるようになったのはそれから更に数日経っていた。俺の回復具合に満足し、「ここまで回復すればもう安心じゃろう」と言い残し、バセット爺さんも本来の仕事場である総督府へ帰っていった。


グッグッグッ


 歩けるようになった俺は真っ先にエアリアルがいる竜舎へ向かった。手が空いていた兵士に付き添ってもらい、俺が室を覗くと相棒は嬉しそうに頭を摺り寄せてきた。彼も体にいくつか凍傷を負っていたらしいのだが、もうすっかり元気だ。

 時折、運動の為に誰も乗せずに飛んでいるらしい。一度、資質のある兵士が仮に乗ろうとしたことがあったらしいのだが、飛竜が断固拒否したのだとか。ここまで自我が強い飛竜は珍しいと竜舎の係官が笑っていたが、エアリアルからすれば、俺の姿は見えないし、ダミアンさんを無理に相棒に仕立てられた過去を思い出したんじゃないかと思う。

「エアリアル、ありがとう」

 そんな一途に俺を思ってくれている相棒に感謝を込めて彼の頭を撫でた。彼は嬉しそうに喉を鳴らし、俺に甘えてくる。思えばエアリアルがゼンケル砦に来てからはこんなに離れていたのは初めてじゃないだろうか? 俺は飛竜の気が済むまで撫でてやりたかったのだが、俺の体力の方がもたなかった。息切れをし始めたところで付き添いの兵士にやんわりと止められたので、その日は部屋に戻ることとなったのだった。

 その日から体力回復の一環として竜舎に向かうのが俺の日課になった。最初のころはたどり着くまでに何度も休まなければならないほど俺の体力は落ちていたが、毎日3食きちんと食べて過ごしているうちに苦にならなくなっていった。そして、徐々にエアリアルの世話も出来るようになっていった。

 一方、ロベリアに戻ったバセット爺さんから見習い竜騎士が座学で使う教本が数冊送られてきた。俺があまりにも歪んだ常識を植え付けられていたのを心配し、それを正そうとしてくれたのだろう。空いている時間で何度もそれを読み込み、どれだけ自分がいびつな環境にいたかは理解できるようになっていた。



 厳しい冬が過ぎようとしていたこの日、俺は朝食が済むといつもの様にエアリアルの世話をしに竜舎に来ていた。食事と水は竜舎の係官が既にしてくれていたので、俺は口の中の手入れに始まり、全身丁寧にブラシ掛けをしてやった。相棒は気持ちよさそうにずっとゴロゴロ喉を鳴らしている。

 しっぽの先まで磨き上げてこの日のお手入れは終了した。この後は散歩に連れ出すので、先ずは道具を片付け飛竜用の防寒具を付ける。以前のはもう擦り切れていたので、第3騎士団の誰かのお下がりの装具一式を譲られていた。それでも以前のものに比べれば雲泥の差だ。まだ医者から許可が出ていないので騎乗できないのだが、また一緒に飛べるのをものすごく楽しみにしていた。


ゴッゴウ


 準備が整い、室から着場へ連れ出そうとしたところで、不意にエアリアルが飛竜式の挨拶をする。ゼンケルにいた頃はギースバッハにもしたことなかったのだが、いったい誰が来るのだろう?

 疑問に思っていると係官がバタバタとやってきて竜舎から着場に続く大扉を開けていく。邪魔にならないように一旦エアリアルを室に戻し、吹き込んでくる冷たい風に身をすくめながら奮闘する係官に手を貸して大扉を開け放った。

 やがて4騎の飛竜が着場に到着する。竜騎士が飛竜の背から降りると、係官がすぐに飛竜を預かって室に連れて行くのだが、そのうちの1頭が俺の方へまっすぐに向かってくる。


グッグッグッ


 体の大きな黒い飛竜は俺の傍までくると頭を摺り寄せてきた。見覚えがあるこの飛竜はクラウス卿の相棒だった。

「久しぶりだなぁ、元気だったか?」

 そういえば名前を聞いていなかったなと思いながら、ひとしきりその頭を撫でてやる。俺達のその様子を周囲いた係官も到着した竜騎士達もどこか唖然とした様子で眺めていた。

「後にしろ、グランシアード」

 苦笑交じりに命令する声はクラウス卿のものだ。どこかに引っかかりを感じながら、ああ、こいつの名前はグランシアードなんだと思いながら声の主に視線を向けると、騎竜帽を小脇に抱えたクラウス卿が立っていた。いつもは気崩している騎士服をきっちりと纏い、その上から毛皮をあしらった外套を羽織った姿は男の俺でも見惚れるほどいい男だ。だが……いつもと違うのはそれだけではなくて、いつもは布に覆われている彼の髪……まぶしいくらいに輝くプラチナブロンドが緩やかに肩にかかっていた。そこでようやく俺は相手の正体が第3騎士団長エドワルド・クラウス殿下であることに気付いた。

「た、大変失礼いたしました!」

 血の気が引いた俺は慌ててその場で膝をついた。

実は、正体を明かした時にルークがどんな反応をするか楽しみにしていたエドワルド。彼の反応を楽しんでいます。

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