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群青の軌跡  作者: 花 影
第4章 夫婦の物語
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第11話

 ほどなくしてルークが部屋にやって来た。鍛錬を中断して駆けつけて来てくれたらしく、汗だくの鍛錬着姿のままだった。

「オリガ、大丈夫か?」

「大丈夫だけど、酷く混乱はしているわ」

 ハインツは続けて入って来たザムエルさんに取り押さえられそうになっていたが、暴力を振るわれたわけではないので私はそれを制した。

「私達と彼の認識が違うみたいだから、ちょっと話をした方が良いと思って来てもらったの」

 そこでようやくハインツへ視線を向けたルークはその表情が険しくなる。

「案内するだけだと言ってなかったか?」

「それは……」

 ルークの追及にハインツは口ごもる。当初は領主館の中を普通に案内するだけだったようだ。私なら言いくるめられるとでも思って、急にあんなことを言い出したのだろうか? それならそれで腹立たしい。そこでルークは場所を変え、アヒムさんも呼んで追及するべきと判断した。

「とりあえず着替える。執務室にみんなを集めてくれ」

 ルークの指示にウォルフさんとザムエルさんは頭を下げて応じてくれた。最近はこうして領主らしい姿を見る機会が増えて、不謹慎にも胸がときめいてしまった。やっぱりルークはかっこいい。

 後を彼等に任せた私達は一旦部屋へ戻った。私はともかく、汗だくの鍛錬着姿のままのルークは着替えが必要で、湯を使って汗を流してから騎士服に着替えた。私はそんな彼の着替えを手伝いながら、ハインツとのやり取りをかいつまんで話して聞かせた。

「あの人、まだ旧ミステル家に仕えているつもりなのかな?」

「それだけではない気もするけど……」

「そうだね。ちゃんとこちらの話も聞いてくれるといいんだけど」

 随分とかたくなに自分の考えに固執しているので、彼の誤解と言うか勘違いを正すのは苦労しそうな気がする。ミステルは人手不足で新たな人材を確保するのも難しいので、出来る事なら辞めさせたくない。けれど今回の彼の言動は看過できるものではなく、良くて解雇、領主であるルークへの不敬で投獄もあり得る。

「今から悩んでいても仕方ないよ。ちゃんと話を聞いてから結論を出そう」

 着替えを終えたルークはそう言うと、私に手を差し出す。「無理に出なくてもいいよ」とも言ってくれたけど、私は領主であるルークの伴侶だ。面倒な事から目を背けていてはいけないし、何かしら彼の役に立ちたいと思う。それに……私だけでなくルークの事を軽く見ているハインツに私は腹が立っていた。




 ルークの執務室に行くと、既にみんな集まっていた。ここも昨秋のうちにごてごてした調度品から実用的な物に入れ替えられている。但し、内装までは変えることは出来なかった為、壁や天井はとばりで覆い、床も落ち着いた色合いの絨毯を敷いて派手な装飾が目につかないようにしていた。

 私は奥にある椅子に案内され、ルークは執務机に就く。ハインツだけでなく、呼ばれて慌てて来たらしいアヒムさんやウォルフさん、警備として控えているザムエルさんは立ったままだった。

「先ずは言い分を聞こうか」

 ルークは冷めた口調でそう言うと、ハインツに視線を向ける。不服そうに室内を見渡していた彼は、意を決したのかルークに視線を向ける。

「カミラ嬢がご結婚されるとうかがいました。ミステルを継がれるメルヒオール様の為にも、ルーク卿には一時預かりだと言う分をわきまえていただき、これ以上この領主館を荒さないで頂きたい」

 ハインツの主張にその場にいた誰もが首を傾げる。不敬としか言えない言葉に、一瞬殺気立ったザムエルさんですら訳が分からないと言う表情を浮かべていた。えっと、本当に詳しい説明が欲しい。

「確かにカミラの結婚は決まったが、なぜそれでメルヒオールとかいう奴がミステルを継ぐことになるんだ? そもそもそのメルヒオールという奴を俺は知らない」

「失礼な! ミステル家の御嫡男様で、貴方様の妹カミラ嬢の御婚約者ではないですか!」

「は?」

 ハインツが声を荒げるが、何故、そんな主張が出来るのか訳が分からない。ルークも怒りよりも疑問の方が勝って困惑した表情を浮かべている。それをどうとらえたのか分からないが、ハインツの主張は勢いを増していく。それはもはや一人舞台としか言いようがなかった。

「ご苦労のかいがあって、メルヒオール様の潔白が証明されました。晴れて御婚約者のカミラ様とご成婚の運びとなり、国からはビレア家に管理をゆだねていたミステル領を返還頂ける運びとなったとご報告頂いたのです。

 幼い頃から従者の1人としてお仕えしておりましたが、ご立派になられた若様に私は感動いたしました。だからこそ、あるがままの領主館を若様にお返しいたしたいのです」

「何だ? その変なご都合主義」

 ザムエルさんから思わず漏れ出た感想は私達の気持ちを見事に代弁してくれていた。

「盛り上がっている所悪いが、カミラの結婚相手はそのメルヒオールとやらではない。近くアジュガの城代を任せることになるウォルフだ」

 ルークはそう言ってウォルフさんに視線を向ける。城代の話は聞いていなかったらしく、彼は一瞬驚いた表情を浮かべたが、その場で頭を下げる。それこそハインツは驚いた様子でウォルフさんの顔を見る。

「昨秋、カミラさんがミステル家の嫡男だと言う男に襲われかけた。被疑者メルヒオールはアルメリア皇女ご成婚の恩赦で春に労役から解放されていたと聞いている。事情聴取後、その男へはアジュガへの出入りを禁じ、シュタールへ身柄を引き渡した」

 ウォルフさんは淡々と昨秋に起きたとされる事件の概要を説明する。そう言えば、旧ミステル家の嫡男って、以前にカミラさんへ一方的に婚約を迫った人じゃなかったかしら? 一方のハインツはウォルフさんの言うことがすぐには信じられないようで、激高する。

「でたらめを言うな! 御婚約者に会いに行っただけで捕まるなんて横暴だろう!」

「訂正させてもらうと、内乱前にメルヒオールから一方的に宣言されただけで婚約は成立していない。しかも内乱が起った直後、こちらが断りの返答をする前に一方的に破棄されている。付け加えるなら、カミラは相手の顔すら覚えていなかったぞ」

「……」

 ルークの指摘にハインツは握り込んだ拳を振るわせて怒りを耐えている。更に畳みかける様にアヒムさんが続ける。

「ハインツ殿は内乱前、このミステルの領主館で何が行われていたかご存知か?」

「それはもちろん! 国の内外からお客様がお越しになり、持ち寄られた珍しい品を売買されていました。旦那様は会場に選ばれたことをとても誇りに思っておられました」

 過去を懐かしむように、そしてどこか陶酔した様子でハインツは往時の繁栄を語る。

「貴公の目にはそのように映っておられたのですな。しかし、このミステルの領主館で売買されていたのは、カルネイロによって違法に集められた品々。盗品であったり、取引が制限、もしくは違法とされているものであったり、そして意図的に作られた贋作もあったと記録されている。

 そして国の管理下に置かれた折にこの館にあるものを全て調べた。絵画等の美術品はほとんどが偽物だった。売れる物はすべて売り払い、領民の支援への資金に充ててある」

「え……」

 本当に知らなかったのだろう。ハインツは先程までの勢いが嘘のように大人しくなる。

「内乱終結後、これらに関わった者達は皆罰せられた。もちろん、ミステル家も例外ではなく、当主に連なる者達は皆厳罰に処せられた。それは君も知っているはずだぞ」

「ですが、若様は特別に許されて……」

「先程もウォルフ殿が言っておっただろう? アルメリア姫のご成婚に伴う恩赦だったと。それでも労役から解放後1年は素行を調査され、もし何か問題を起こせば恩赦は無効となる。今頃は元居た場所に戻されて労役を課されている事だろう」

「そんな、馬鹿な……」

「それから一番大事なことが後回しになってしまったが、ルーク卿は陛下より正式に任命されたミステル領の領主だ。思い違いを理由にできないほど君の態度は目に余る」

 アヒムさんはそこでいったん言葉を切ると、ルークに深々と頭を下げる。

「ミステルを預かる文官の長として、部下の不始末を深くお詫び申し上げます」

「アヒムの謝罪を受け入れる。ハインツは処分が決まるまで謹慎を命ずる」

 ルークの決定にハインツはその場に膝を付き、アヒムさん達は深々と頭を下げた。その後、ハインツは自警団員に身柄を拘束されて執務室から連れ出されていった。

「馬鹿な真似をしないよう、監視はおこたらないでくれ」

「分かった」

 ルークの指示にザムエルさんは頷くと、執務室を後にしていった。絶対的な自信を砕かれてハインツは呆然自失の状態だった。特に懸念されるのが自死を選ぶことで、最悪の事態を防ぐためにも監視が必要だと判断したのだろう。

「メルヒオールが接触したのがハインツだけとも考えにくい。他に影響を受けている者がいないか、調べて欲しい」

 ルークはひどく疲れた様子で最後にそう指示を出した。アヒムさんとウォルフさんが了承して頭を下げると、立ち上がって大きく伸びをする。そして私にそっと手を差し出した。

「ちょっと休憩しようか。さっきの部屋、いい感じだったからあそこへ移動しよう」

「ええ」

 差し出された手を取り、私も立ち上がる。ハインツの思い込みによって今日の予定が大幅に変わってしまった。どうやらルークもすっかりやる気を無くしてしまったらしい。午後からは結局、ウォルフさんが整えてくれた小部屋でのんびりと過ごした。ちょっと働きすぎな気もしていたから、ちょうど良かったかもしれない。

 だけど、その夜……。

「ちょっと出かけてくる」

「飲みすぎないようにね」

「今日は……飲み比べはしないと思う」

 そう言って、ドミニク卿をお供に夜の街へ出かけて行った。息抜きと言うか、裏路地にあるお店へブルーノさんに会いに行くのだろう。情報交換が主だと言ったけれど、二日酔いの薬は用意しておいた方が良いかもしれない。

 内心で使う薬草思い浮かべながら、出かけていく彼の背中に「気を付けてね」と声をかけて小さく手を振って送り出した。




ちなみにアヒムは40代半ば、ハインツは30代後半。

メルヒオールは20代後半かな。

それから今回出ていないけどカイ君は推定12歳の設定。

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