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群青の軌跡  作者: 花 影
第4章 夫婦の物語
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第10話

 領主館に着いた時には既に辺りは暗くなっていた。外出着から衣服を改め、一息つく間もなく食堂へ向かう。これから主だった人達と夕食をとりながら意見交換をすることになっていた。

 私達が食堂に入ると、既に他の人達は席についていた。先程まで視察に同行してくれていたアヒムさんにザムエルさん、そして昼間は別行動していたウォルフさんとローラント卿とドミニク卿の5人は立ち上がって私達を迎えてくれた。1つ空いているのはギードさんの席で、明日も早いから先に寝ると言伝があった。ちなみに等しく意見を聞きたいので、今日は円卓を用意してもらっている。

「今日はお疲れ様。食べながらでいいから、早速始めようか」

 そんなルークの軽い挨拶で夕食会は始まった。出される料理はルークの希望でどれも庶民的な物ばかり。そのおかげで気兼ねせずに食事が出来る。料理長は当初、豪華な晩餐を準備しようとしていたらしいのだけれど、ルークから指示を受けていたウォルフさんが止めてくれたらしい。今のミステルにはそんな贅沢をする余裕が無いのが一番の理由だけど、堅苦しい席だと食べた気がしないからというのもある。

「前の領主の時から勤めている者が多いから、やはりその時の感覚が抜けていないみたいだ」

 今日は領主館や砦の中で働いている人たちから話を聞いて回っていたウォルフさんがその感想を口にする。収入がないにもかかわらず、当たり前のように贅沢をしていたのは残されている部屋を見ても良くわかる。

 今回、私が同行するにあたり、侍女を何人も用意しようとしていたのを止めてくれたのも先行していたウォルフさんだった。自分達の事は自分で出来る事をいくら言い聞かせても、お貴族様だからとなかなか納得してもらえなかったらしい。

「人を入れ替えると言っても、手間だしなぁ……」

「私達の考えを分かって頂けないと難しいかもしれませんね」

「そうだな」

 私の意見にルークも同意してくれた。明日は外出する予定が無いので、ここで働いている人たちと接する時間を多くとってみてもいいかもしれない。

「竜舎の見習い達はギード親方がきっちり指導していたから心配は無いと思う。飛竜とも接したことがあるからか、我々の相棒にも臆することなく接していたので、今のところは大きな問題はありません」

 ローラント卿が代表して竜舎の様子を教えてくれた。いきなり10人と言う人数は多いかもしれないけれど、ルークが思い描くように多くの竜騎士が立ち寄ってくれる砦になれば、そのくらいの人員は必要になる。ギードさん曰くまだまだ半人前らしいけれど、ミステルの発展には不可欠の人材だった。

「秋に来た時に比べてずいぶんきれいになっていた。門の修理も順調だったよ」

 最後にルークが町中を見て回った感想を伝える。彼の評価にアヒムさんもほっと一安心の様だ。けれども問題はまだまだ山積みの状態だった。

「とにかく、1つ1つ終わらせていくしかないな」

「そうですね」

 焦っても出来ることは限られる。結局、地道に1つ1つ根気強くやっていくしかない。それを再確認し、この日の夕食会はお開きとなった。そして、長く感じた一日がようやく終わりを迎えた。




 翌日は、ルークは竜舎の係員の視察と集めた自警団員の鍛錬に参加することになっていた。報告を聞いていたけど、やはり自分の目で確認しておきたいらしい。

「今日はゆっくりしていていいよ」

 私の事を気遣い、ルークはそう言って出かけて行ったけど、何もしないのはかえって落ち着かない。昨日は着いてすぐに視察へ出かけたので、今日は広い領主館を案内してもらうことにした。アヒムさんはお仕事があるとのことだったので、ウォルフさんに付き添ってもらい、前の領主の頃から勤めていると言う砦の侍官ハインツが案内役をしてくれることになった。

 砦の概要を大雑把に説明してもらうと、下層は兵団の施設、中層に竜騎士向けの宿舎や公的な施設、そして上層が領主の私的な部屋や、高位の客人のための客室があった。

 私達が寝室に使っている客間や昨夜意見交換しながら夕食を摂った食堂など、私的に使っている部分はある程度見ているので、今日は中層の公的な施設を見せてもらうことになった。

「ワールウェイド家に招かれた前の御領主がその装飾に感銘を受けて、ワールウェイドからわざわざ職人を呼んで3年の歳月をかけて完成したと聞いております」

 最初に案内してもらったのは前領主の折には夜会も開かれていたと言う大広間。城主の部屋同様、こちらも金箔をあしらった装飾がいたる所にほどこされている。更にはサントリナ領産の壺とかエヴィルから輸入されたと言うガラス製のシャンデリアとか、ハインツがどこか自慢げに説明をしてくれる。しかし、本宮でそれこそ最高の品々を目にしているからか、私には彼が言うほど良いものには見えない。

 とにもかくにもこのままでは私達の品性が疑われる。置いてある調度品を全て売り払ってしまうだけで済むなら話は早いが、買いたたかれて大した額にはならないだろう。代わりの調度品も必要になるし、合わせて内装を変えるとなるとそれなりの出費が必要で、調度品を売り払ったお金では到底賄いきれない。

 今はそんなことよりも領民の生活を守ることにお金も労力も回さなければならない状態なので、不本意ながら手を付けられない状態だ。昨秋に視察から帰って来たルークが頭を抱えていた気持ちが良くわかる。

 大広間に続いて過去には晩餐会に使っていたと言う大食堂も案内してもらったけれど、こちらも顕示欲を前面に出したような派手さがある。ハインツがこちらでもアレコレ説明してくれたが、なんだか疲れてしまって途中で打ち切らせてもらった。

「こちらで休憩いたしましょう」

 気を利かせてくれたウォルフさんが案内してくれたのは中庭に面した小部屋だった。お茶会で使われていた部屋らしいけれど、大広間や食堂に比べると幾分落ち着いた雰囲気に思わず安堵する。

 どうやらこの部屋はウォルフさんが整えてくれたらしく、慣れた様子で大きな窓ガラスの傍らにある椅子を勧めてくれた。そしてその座り心地の良い椅子に座ると、手配してくれていたのか、すぐにお茶の準備が整えられる。家令顔負けの気配りだった。

「ありがとう」

 薫り高いお茶を飲んでホッと一息つくと、静かに控えているウォルフさんにお礼を言う。手紙のやり取りだけだけど、サイラスとも連絡をとり、私達がアジュガにいる間は快適に過ごせるよう、そのお手伝いをするための秘訣を教わっているらしい。そんな彼は「まだまだです」と言って謙遜しているが、努力の賜物と言ってもいいかもしれない。

「奥様にお願いがあります」

 お茶を飲んでくつろいでいると、ハインツが何か意を決したように話しかけてきた。何だろうかと話をうながすと、何だかとんでもない要求をしてきた。

「ルーク卿にこれ以上この領主館を荒らさないよう、お願いしていただきたいのです」

 意味が分からず、首を傾げていると、彼はこの領主館のすばらしさを滔々《とうとう》と語りだす。そして先程も見て来たあの大広間や大食堂の素晴らしい芸術品がこのままでは失われてしまうと嘆いていた。

「それは私にではなくルークに直接言っては如何ですか?」

「訴えましたが、取り合って下さらなかったのです。しかもあろうことか、あれらの素晴らしい芸術品を売り払う話も出ていたそうではないですか、それはあんまりです。せっかく……せっかく若様がお戻りになられるのに、住み慣れたお館が無残に荒らされていたら気の毒ではないですか!」

 彼の言う若様が何者か分からず、答えに困っていると、また被せ気味に言い返してくる。どうやら彼は本当にこの領主館の調度品がタランテラでも屈指の芸術品だと思い込んでいるらしい。

「この部屋だって芸術品にあふれた素晴らしいお部屋だったんです。それを……ルーク卿の指示だとか言ってその男に全て変えられてしまったんです」

 ハインツはウォルフさんに恨みがましい視線を送っている。しかし、当のウォルフさんは気にすることなく、「主であるルーク卿のご意向に従ったまでです」と平然としている。

「元の部屋が領主館の寝室やあの大広間のような装飾がされていたのだとしたら、私はこちらの方が落ち着きます」

「奥様まで……」

 ハインツはまるでこの世の終わりとでもいうように絶望している。追い打ちをかけてしまうが、それでも彼には現実を知ってもらわなければならない。

「専門家に見て頂かないとはっきりしないけれど、この領主館にあるものの中で本物と言えるものがあるかどうか疑問です」

「そ、それは、どういう……」

「貴方が先程説明して下さった品々は本来国家間の贈答に使われるものばかりです。私は実際に本宮でそれらの品々を目にしてきましたが、明らかに違うのです」

 グロリア様にお仕えしていた頃から本当にいいものを間近で見させていただいてきた。本物を見るのが一番審美眼を養えるからと、コリン様と一緒にそう言った品々を見る機会を作って下さっていたのだ。本宮に至ってはそう言った美術品に囲まれて生活している。

 最初はどれも同じように見えていたのだけれど、審美眼が多少は養われたようで、最近は少しずつその違いが分かるようになっていた。そしてそんな私が見ただけで、この領主館にある品々は何か違うと感じたのだ。

「元の領主がどういった経緯で集められたか分かりませんが、そう言った触れ込みで手に入れたのなら相当な額をつぎ込んできたはずです。どうやってねん出されたか分かりませんが、そのお金のせめて半分でも領民の為に使っていれば、この町はここまで荒廃することは無かったはずです」

 前日に視察してきた町はずれの様子が脳裏に浮かび、思った以上に強い口調で反論していた。ハインツは一瞬たじろいたが、それでも己の信念を曲げるつもりはないらしい。

「ですが、先の御領主様が集められた品々です。一時お預かりしているだけのルーク卿が勝手に処分していいものではありません。引き継がれる若様に全てゆだねるべきです」

 私は訳が分からず、控えていたウォルフさんと思わず顔を合わせる。何か盛大な勘違いをしている気がする。それとも、私が何も知らないだけなのだろうか? ともかく、ハインツとはちゃんと話し合いをした方が良いかもしれない。ウォルフさんはすぐに部屋の外で控えていた護衛の兵団員にルークを連れてくるように言付けた。



ハインツさんは旧ミステル家に仕えていた忠実な元使用人。旧ミステル家に忠実なだけであって、決して悪い人ではない……と思う。

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