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群青の軌跡  作者: 花 影
第4章 夫婦の物語
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第2話

 完成した領主館があまりにも凄すぎて、私達は実感が湧かずにただ立ちつくしていた。何かに触れるのも怖くて、ソファに座ることも出来なかった。そうしているうちに食事会の準備が整ったと知らせがあり、幾分かホッとした気持ちで階下に降りることになった。

 先ほどは入る事が出来なかった食堂も広間に劣らないくらい豪華な内装だった。磨き上げられた大理石の床に美しいレリーフがほどこされた壁。部屋の中央に鎮座している大きなテーブルには細やかな螺鈿らでんの細工が施されているらしいのだが、今は白い布が掛けられてたくさんの料理が並べられていた。

「ご馳走だね」

「そうね」

 部屋は豪華だが、並んでいるのはいつもの大皿料理。堅苦しい席ではないことに安堵して、案内された主賓の席に座る。近くには親方衆や雷光隊のローラント卿とドミニク卿が座り、少し離れた席に文官のウォルフさん達やアジュガ兵団長のザムエルさんが座っていた。

 ちなみにおかみさん達を筆頭にした女性陣は男達のいないところで話がしたいらしく、別のテーブルに集まっている。女性同士の付き合いも大事なので、後で私も移動して話の輪に加わった方が良いかもしれない。

「こんなに早く領主館が完成したのも皆さんが尽力して下さったおかげです」

 ルークがそう挨拶して食事会が始まった。会場が豪華なので、始まってすぐは親方衆も遠慮があるのか大人し目だったけど、お酒が進むにつれていつもの調子が出てくる。呑んで、食べて、笑って、陽気に歌を歌い出す人もいる。今日はさすがに服を脱ぎ出す人はいなかったけど、いつも通り楽しい宴会となっている。

 そして程よく酔いが回ってきたところで、出てくるのが愚痴だった。普通に聞いても遠慮があるのかなかなか本音で話してくれない。ただ、こういった場所だと本音が出やすいので、ルークは聞き役に徹して不満を聞き出していた。

「よそから来た人間が、全員悪いわけではないのはワシも分かっておる。じゃがのう、こうも毎日騒ぎが起きると、出て行ってくれと言いたくなるんじゃ」

 ルークが領主となってから、アジュガに人がやってくるようになっていた。それで町に活気が出るのはいいのだけれど、間違った情報を元に集まって来る人が多いので、もめ事が頻発するようになっていると報告を受けていた。

「ワシら全員があの金具を作れると思っておるんじゃぞ?」

「ああ、ワシの所にも来たぞ」

 ルークのお父さんとクルトお兄さんが協力して改良した装具の金具はビレア工房でのみつくられていて、ゼンケルの装具専門の工房にだけ納品する契約を結んでいる。ビレア工房以外で作った金具なら好きに販売できると曲解した商人がやってきて、親方衆ともめたのは昨秋の事。同じことを考えた商人は他にもいたらしく、春にも同様の事件が起きていた。

 他にも職人希望の若者が金具の作り方を教えてくれとやってきていた。そのほとんどが隣のミステル領の出身だった。どうやら同じ領主なんだから融通してもらえるだろうという甘い考えが広まっているらしい。その辺りの対策もこの夏の滞在中にしておかなければならなかった。

「後は聞いておくから向こうへ行っておいでよ」

 親方達の愚痴は続いていたが、おかみさん達が私を手招きしているのが見えた。ルークも気づいたらしく、そう言ってくれたので私は一同に断って席を立つ。きっと新婚生活の様子を根掘り葉掘り聞かれるのだろう。少し自分に気合を入れると、女性陣が陣取るテーブルへ移動した。




「いらっしゃい、オリガさん。いえ、奥様と呼ばないといけないかしら」

「いつも通り呼んでください。これからまだまだいろんな事を教わらないといけない立場ですから……」

 畏まろうとするおかみさん達を制していつも通り接してくれるようにお願いする。ルークが領主に任命されて1年経ったけど、未だに実感が湧いてこないのは確かだった。それにおかみさん達にこの地の風習を教わる立場なのは変わらない。今まで通りの接し方が一番嬉しい。

「そう? それなら今まで通り呼ばせてもらおうかしらねぇ」

 この中で中心的な役割を果たしているおかみさんの一言で、今まで通り接してもらえることが決まった。でも、まだ安堵するのは早い。これからこのおかみさん達からの遠慮ない質問攻めが始まる。私が席を移動したのに気付いた若い女性達も集まってきている。気を引き締めて話の輪に加わった。

「どう? ルークは優しい?」

「それは、もちろん」

 頼れる旦那様は結婚前と変わらず優しい。お互い仕事が忙しいのだけど、彼の方が出来るだけ私に合わせて送り迎えをしてくれている。討伐期に入ってからは宿舎に泊まり込んでいたけど、それでも都合をつけて帰ってきて2人の時間を作ってくれていた。

 そんな惚気話だけでなく、皇都にたまわったお屋敷の様子とか、今年も簡略されて行われた夏至祭の話をしていると、女性陣も満足してくれたのか質問攻めが一段落した。そこからは女性陣の他愛もない噂話が始まったのだけれど、ふと、その顔ぶれの中にカミラさんの姿が無いことに気付いた。

「そういえば、カミラさんは?」

「さっきまで一緒にいたんだけど……」

 隣にいたリーナお姉さんにそっと聞いてみると、食事をするまでは一緒にいたらしい。ちょっと席を外すにしては長すぎるし、何か用事でもできて先に帰るにしても、彼女の性格なら黙って帰る事はしないはずだった。まだ領主館の中に居るのは確かだった。かといってお祝いの席で大事にしたくはないので、リーナお姉さんと2人で探してみることにした。

 少し外の空気を吸ってくると断りを入れて席を立つ。食堂を出て広間に行くと、町の子供達が順番にお菓子をもらっていた。ざっと見渡すが、お菓子を配っている大人達の中にカミラさんの姿は無かった。手を振って来る子供達に笑顔で応えながら、私達は広間を出た。

 人が多く、熱気の籠った場所から離れて少しほっとする。彼女もそんな気分だったのだろうか? だとしたら、人が多い1階よりも2階へ行っている可能性が高い。そう思って2階へ上がってみると、着場へ続く戸口の手前でカミラさんがうずくまっていた。

「カミラさん?」

「あ……」

 顔を上げた彼女は真青で、明らかに具合が悪そうだった。一人で立ち上がろうとするのを制し、彼女の体をリーナお姉さんと2人で支えた。とにかく休ませた方がいい。幸いにして近くに客間があるので、2人で彼女を連れて行き、真新しい寝具に彼女を横たえた。

「すみません……」

「気にしないで。服を脱がすわね」

 カミラさんも今日はよそ行きを着ておめかしをしていた。少し窮屈な服を脱がし、まとめていた髪を解く。着替えまでは用意されていないので、申し訳ないが気分が落ち着くまでは下着姿のまま休んでいてもらうしかなかった。それでも体が楽になったのか、彼女はホッと安堵の息をはいた。

「お医者様を呼びましょうか?」

「いえ……少し、休んでいれば大丈夫。迷惑かけてごめんなさい」

 カミラさんはそう言って手を煩わせたことを謝罪する。具合の悪い人を放って置くことなんてできない。当然の事をしたまでだと答えると、彼女はぎこちなく笑った。

彼女のこの状態に何となく心当たりがある。経験者のリーナお姉さんも気づいたみたいだった。だとすると、色々と聞いておかなければならないことがあるし、私達だけで済ませていい話ではなくなってくる。

「ここは私が付いているから、オリガさんは戻った方が良いわ」

 話をするにしてもカミラさんが落ち着いてからになる。この場はリーナさんが引き受けてくれたので、祝いの席が終わったらまた様子を見に来ることにして私は一旦食堂へ戻ることにした。念のため、食堂に戻った私はお母さんとルークにカミラさんが体調を崩して休んでいる事をそっと伝えておいた。




 カミラさんの不調を聞いたルークの機転でお祝いの席は早目にお開きとなった。まだ吞み足りないと言う親方衆はこの後「踊る牡鹿亭」に移って呑みなおすことにしたらしい。ルークと2人で彼等を見送り、屋内に戻ると、ウォルフさんの采配の下、食堂と広間の片付けが始まっていた。彼に任せておけば問題ないので、私達はカミラさんが休んでいる客間に向かった。

「おや、来たのかい? 今、着替えているからちょっと待っておくれ」

 客間の扉を叩くと、リーナお姉さんと交代したお母さんが出てこられた。家から部屋着を持ってきて下さったらしく、カミラさんはちょうど着替えている最中だった。ルークも一緒なので、扉の外で少し待つこととなった。

「大丈夫かな……。医者を呼んだ方がいいかな……」

 祝いの席の最中だったので、まだ詳しい話をしていない。事情を知らないルークは心配らしくそんな事をブツブツ呟いている。

「お待たせ。着替えが済んだから中へお入り」

 ほどなくしてお母さんがそう言って扉を開けてくれた。中に入ると、部屋着に袖を通したカミラさんが寝台の縁に座っていた。少し休んだのが良かったのか、先程よりも幾分顔色は良くなっていた。

「起きてて大丈夫なのか?」

「うん、ゴメンね。心配かけて」

「医者は呼ばなくていいのか?」

「うん、大丈夫」

 ルークはそんな会話をしながら部屋に備えてあった椅子に座る。私も勧められたのでその隣に座った。話をする態勢が整った訳なんだけど、やはりカミラさんはどう話を切り出していいのか分からないらしく、しばらく無言が続いた。





次回、驚きの事実が判明。

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