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群青の軌跡  作者: 花 影
第4章 夫婦の物語
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第1話

4章開始。

今回はオリガ視点です。

 1年ぶりに帰って来たアジュガの町は、見違えるほどきれいになっていた。私達の婚礼の前夜に火災が起こり、昨秋アジュガを離れた時にはその爪痕がまだ色濃く残っていた。特に領主館は住民の家の修復を優先とするルークの方針によって後回しにしていたのだけれど、この1年の間に見事に修復されていた。

「本当に修復が済んだんだな」

 着場に降り立ち、2人で新しくなった領主館を見上げる。夏至祭が終わった後、アジュガから領主館の修復完了の知らせを聞いて、この目で見るまでは信じられなかった。夕景を背に立つ館は、何だか誇らし気に見える。

「ルークが皇都へ帰った後、第3騎士団から砦の修復を専門にする部隊が来てくれて、そこからはあっという間だったよ」

 アジュガの兵団長に任命されたザムエルさんがにこやかに出迎えてくれる。彼の話によると、その手際は見事の一言で、雪が降り始める前に外装は完成。そのおかげで冬の間も内装の作業を進めることが出来たらしい。そして春を迎えてからは各地からたくさんの職人が駆け付けてくれて、私達の予想よりも早く完成したと言う事だった。

「明日、大々的に完成記念式典をする予定だから、御領主様、ぜひご臨席を」

「……わかった」

 私達がアジュガに来る度に何かしらの命題を打ち立ててお祭り騒ぎをするのが近頃の慣例になっている。今回は領主館の完成記念となったみたい。当然、主役は私達になるので、ルークは肩をすくめて了承していた。

 完成した領主館を見て回りたかったけど、それは明日のお楽しみとザムエルさんは笑っていた。既に夕刻。ビレア家の皆さんが私達の到着を心待ちにしているはず。そろそろ移動しようと話がまとまった。

 私達が会話をしている間に荷物を降ろした飛竜達は竜舎でくつろいでいた。雷光隊は昨秋に隊員が2名増え、総勢9人に増えていた。本当はみんなアジュガへ来たがっていたのだけれど、竜舎を改修したとはいえ9頭もの飛竜が滞在するには狭すぎる。昨秋演習で立ち寄った時にそう痛感したらしく、今回はローラント卿とドミニク卿の2人に同行してもらっていた。

 領主館内に新たに作った宿舎も使えるのは明日かららしいので、今夜は今まで通り「踊る牡鹿亭」に泊ってもらうことになった。それぞれの荷物の手配も終わり、私達はビレア家へ向かった。

 ザムエルさんは小さな馬車を用意してくれていたけれど、ビレア家へはいつも通り歩いて向かった。ルークが領主になったからと言って急に態度を変えたいとは思わなかった。町の人達も私達の気持ちを分かってくれていて、道中すれ違っても今まで通り接してくれる。「おかえり」と口々に声をかけてくれるので、笑顔でそれに応じていた。

「ただいま」

「おかえり、ルーク、オリガ。疲れただろう? すぐにご飯にするからね」

 ビレア家の玄関を開けて声をかけると、お母さんが台所から出てきていつも通りにこやかに迎えて下さった。居間にはお父さんとお兄さんもいて、変わらない光景に何だかホッとする。

 そしていつも通り家族みんな揃っての晩餐となり、賑やかなひと時を過ごした。この何気ない時間がとても幸せなんだと改めて思った。




 翌日は快晴だった。式典は昼からの予定だったので、午前中はのんびりと過ごした。そしてルークは竜騎士正装、私は仕立てたばかりの外出着に身を包んで出かけた。今日ばかりは使ってくれとザムエルさんに懇願されて私達は用意されていた馬車に乗りこんだ。道中、やはりみんなが手を振ってくれる。それに応えつつ領主館へと向かった。

 領主館前の広場には沢山の人が集まっていた。式典だからか、親方衆もおかみさん達もみんなよそ行きの格好をしている。特に何をするとかは聞いていないのだけど、門の手前で馬車が止まると、自警団改め、アジュガ兵団となったザムエルさん達が整列して敬礼をする。

 その前をルークと彼に手を引かれた私が進んでいく。重厚な門扉が明けられ、出迎えてくれたのは文官のウォルフさん達だった。

「領主館の改修が済みましたので、改めて国より正式にアジュガ領主ルーク・ディ・ビレア様にお引渡し致します」

 一歩進み出たウォルフさんはそう言ってリボンが掛けられた鍵をルークに差し出す。

「ありがとうございます?」

 ルークはどう答えていいか分からなかったらしく、疑問形でお礼を言って鍵を受け取っていた。立ち会った親方衆から笑いが漏れ、どこか引き締まらない形で式典はごくあっさりと済んだのだった。

「では、館内をご案内いたします」

 このままウォルフさんが案内役を買って出てくれて、新しくなった領主館を見て回ることになった。興味を引かれたのか、親方衆もぞろぞろついてくる。

 広い玄関ホールを抜けてまず案内されたのは多目的な広間だった。クラインさんが町長をされていた頃には近隣の有力者や大きな商会の当主も招いて夜会も開かれていたと聞いたけれど、そもそも静かに過ごしたい私達には縁がないものかもしれない。

 それでも今日のような祝い事の折には門を開いでみんなで楽しむのもいいかもしれない。今日はこのあと、隣接する大食堂も使ってみんなに食事がふるまわれる。今は扉が閉められているが、その準備が進められているのか気配が伝わってくる。

「なんか、かしこまっちゃいそう」

「でも、酒が入ればいつもみたいになるかもしれないな」

 広間の装飾を眺めながらルークが苦笑する。そんなやり取りをしている間にもウォルフさんの説明は続く。火事で燃えてしまったのは3階だけだった。1階のこの広間の床のモザイクや壁の装飾は補修しただけで、砦として機能していた創建当時からの由緒あるものだったらしい。親方衆もあまり入ったことが無かったらしく、物珍しそうにキョロキョロしている。

 次に案内されたのは重厚な調度品が並ぶ応接間だった。自分達には必要ないんじゃないかと思うのだけど、領主となったからにはそれなりの付き合いがあり、来客を相応にもてなす必要がある。

「あまり出番が来てほしくないなぁ」

 華美ではないが、重厚な調度品を眺めながらルークが本音を漏らす。人づきあいは避けては通れないのだろうけれど、せめてアジュガにいる間はのんびり過ごしたいという思いは一緒だった。

 1階には他に会議室やルークの執務室もあり、公的な場所といった印象を受けた。続けて2階へと上がると、階段より南側に客室が3部屋あった。小ぢんまりとしていたが、いずれも木の風合いを生かした清潔感ある部屋だった。階段の反対側は竜騎士の宿舎になっていて、南側の客間よりは簡素な造りの部屋が2部屋あった。北側の突き当りは着場へ続く扉となっていて、その手前には休憩したり待機したりできる場所が作られていた。

「内装もこんなにきれいにしてくれたんだ……」

 昨年のうちにどう修復するか話し合った時にルークが一番こだわっていたのが2階の宿舎部分だった。クラインさんの住居だった頃の様子は知らないけれど、色々と思うことがあったらしく随分と積極的に口を挟んでいたのを覚えている。根っからの竜騎士らしい彼の意向が十分に反映され、仕上がりに満足している様子だった。

「これでわざわざ踊る牡鹿亭から通わなくて済むかな」

 雷光隊は長期滞在することが多い。今まではクラインさんからの待遇が良くなくてみんな踊る牡鹿亭に宿泊し、飛竜の世話をしに毎朝竜舎へ通っていた。鍛錬の一環だと思えば何てことはないとティムは言っていたけど、少しでも楽が出来るならその方が良いに決まっている。

 2階の見学を終え、今度は3階へ。当然、親方衆も続こうとしたのだけれど、ウォルフさんにやんわりと止められる。

「ここから先は御領主様の生活空間となりますので……」

 そう言われて私達もようやくこれからここが自分達の家になるのだと気付いた。親方衆も「仕方ないのう……」と言って諦め、階下へ降りて行った。そんな彼等を見送り、いよいよ3階へと上がる。

 階段を上り切った先に重厚な扉があり、扉を開けると想像以上の贅沢な空間が広がっていた。調度品も敷物も見るからに一級品が集められている。そういえば、各方面から頂いた結婚祝いの品々の一部をアジュガの領主館に送ったと家令のサイラスから報告を受けていた。もしかして、これら全てがそうなのでしょうか?

 確か、扉を開けてすぐ目の前に飾られている絵はブレシッド公王御夫妻から贈られたものだと聞いた。100年くらい前の著名な画家の作品で、推定される金額を聞いて血の気が引いた記憶がある。

 タルカナ王家から贈られた絨毯にサントリナ家から頂いた大きな花瓶も飾られている。どれも国宝級の品々だった。

「ここで……生活出来るのか?」

 最初の部屋でしり込みしてしまい、先へ進むのが恐ろしい。躊躇ちゅうちょしていると、ウォルフさんに「先延ばししても一緒ですよ」と言われてしまい、渋々足を踏み入れた。

 広々とした居間に食堂、簡易的な台所も設えてあり、わざわざ1階へ行かなくてもここで食事の用意が出来るのが助かる。食材を運ぶのが大変かもしれないけれど、頼もしい旦那様がいるからきっと大丈夫のはず。

 寝室は3部屋あり、主寝室には天蓋付きの大きな寝台が鎮座していた。どの部屋にも高級な敷物が敷かれ、それぞれ特色を生かした調度品でまとめられている。ルークがつぶやいた通り、こんな豪華な場所で普通に生活出来る気がしない。唯一救いなのは、そのどれもが目がチカチカするほど華美ではなかったことぐらいかもしれない。

「はぁ……」

 豪華な部屋を見渡して、2人でしばらくの間呆けたようにたたずんでいた。


豪華なお館にとまどう2人。

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