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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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閑話 サイラス3

長くなっちゃいました。

 次々と届くお祝いの対応に追われ、あっという間に2カ月余りが過ぎた。そして国主会議で成果を上げられ帰還された陛下と時を同じくして、ルーク卿……もとい、旦那様と奥様も皇都へお戻りになられた。

 先ずは自分が玄関でお2人を出迎え、ウーゴとリタに荷物の采配を任せる。幸せいっぱいのご様子のお2人が居間でくつろがれた所で妻を紹介する運びとなった。

「何か、緊張する……」

 自分達にあてがわれている部屋に戻ってみると、息子が寝ているゆりかごのかたわらで、ガブリエラは落ち着かない様子で立ったり座ったりを繰り返していた。今まで手紙でのやり取りはしていたが、実際に会うのは初めてなのだから彼女の気持ちは分からなくもない。

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

「でも、やっぱり心配で……」

 そんな彼女の気持ちを和らげようと、優しく抱擁する。そして挨拶に行こうと促すと、主となる人を待たせるのは彼女も不本意らしく、息子を腕に抱いて部屋を出た。そして居間の扉の前で一呼吸置き、扉を叩いてから入室した。

「サイラスの妻、ガブリエラでございます」

「そんなにかしこまらなくていいよ」

「そうよ、楽にして」

 緊張のせいか、いつになくしおらしく挨拶をした妻に旦那様は優しい言葉をかけて下さり、奥様は妻だけでなく自分にも席を勧めて下さる。立場上、固辞するべきかと思ったが、旦那様にも座る様にうながされ、妻と2人覚悟を決めてソファに腰を下ろした。

「お口に合うか分からないけど……」

 奥様はそう仰ると自分達にもお茶を淹れて下さり、アジュガで焼いてきたと言うお茶菓子を出して下さった。長く皇妃様の侍女を勤めておられるだけあって、その手際は見事の一言に尽きる。職業柄、自分の腕前にも自信はあったのだが、どうやらまだまだ修行が必要かもしれない。

 お茶を淹れ終わると、奥様は妻の腕の中にいる息子の顔をのぞき込み、「まあ、可愛い」と手慣れたご様子で抱き上げた。おそらく妻のガブリエラにもゆっくりとお茶を飲んでもらいたいというご配慮なのだろう。その気配りには本当に頭が下がる。

「なんか、サイラスに似ているな」

「恐れ入ります」

 旦那様もフリッツの顔をのぞき込み、そのぷくぷくした頬を指でつついている。それでも息子はむずかることなく奥様の腕の中でスヤスヤと眠っている。いや、本当にこの子は何事にも動じない。我が息子ながら本当に肝が据わっている。

「美味しい……」

 お茶を一口飲んだガブリエラがポツリと感想を漏らす。授乳中の彼女に配慮して、用意されていたのは爽やかな香りがするハーブティーだった。随分と気に入った様子だったので、後で奥様に何を使ったのか聞いてみようと密かに思った。

「お話し中、失礼します」

 少し場がなごみ、本題に入ろうとしたところで、旦那様の従者として屋敷に滞在しているティム卿が居間に入って来た。旦那様への面会希望者が押しかけて来て、いくら断っても門の前に居座って帰ろうとしないらしい。

「その相手は?」

「カペル家の御当主様らしいです」

 ティム卿の答えに思わず妻と顔を見合わせる。そしてすぐに立ち上がって襟を正すと、「追い返してきます」と断って居間を後にした。




 表門ではウーゴが招かざる客と相対していた。名前は相変わらず思い出せないが、声は間違いなくカペル家の新たな当主となったあの男のものだ。旦那様宛に下心見え見えの手紙と結婚祝いを送ってきていたので、遠からず接触する日が来るだろとは思っていた。まさか旦那様がお帰りになられたその日に来るとは思ってもいなかったが……。覚悟を決め、一つ深呼吸をしてから応対を変わった。

「な……何でお前が……」

「当家の家令をしております」

 自分がここにいるとは思ってもいなかったらしく、随分と狼狽うろたえている。しかし、気を取り直した御当主殿はかえって好都合と思ったのか、こちらの都合などお構いなしに要求を突き付けて来た。

「ちょうどいい、今すぐルーク卿に会わせろ。そしてわしを大公家……いや、陛下にとりなしてもらえるように言え」

「お断りします」

 断られるとは思ってもいなかったらしく、御当主殿の動きが固まる。逆にこんな要求の仕方で本当に上位貴族とつながりが得られると思う方がおめでたい。

「使用人の分際でわしに逆らうのか!」

 いきなり胸座をつかまれる。息が詰まりそうになるが、それでも相手をしっかり見据える。

「サイラス!」

 そこへガブリエラが駆け付ける。御当主殿は自分を突き飛ばすと、狙いを彼女に定めた。すぐに立ち上がり、体を張って彼女を守ろうとしたが、ガブリエラは強かった。

「貴方、自分が何をやっているか分かっているの?」

 彼女は御当主殿に向かってビシッと指を突きつける。きりりとした姿が格好良くて惚れ直してしまった。しかし、御当主殿にはその格好良さは分からないらしい。己の野望しか頭にないのだろう。

「うるさい! 使用人は黙って言うことを聞けばいいんだ!」

「少し頭を冷やしなさい。ここはあなたが好き勝手出来ると思っているカペルの屋敷ではないのよ」

「だから何だと言うんだ。お前達はさっさとあの成り上がり者の所へわしを連れて行けばいいんだ」

 御当主殿はそうわめくと、ガブリエラに掴みかかろうとする。今度はちゃんと間に割って入り、彼女を背後に庇った。すると今度は自分を強引に押しのけようとしてきた。

 ああ、本当にこの人は分かっていない。ここは皇都の中でも上位に位置する高級住宅街。所謂いわゆる、名家と呼ばれる貴族の屋敷が集まっている。当然、街全体が兵団によって警備されており、このような騒ぎを起こせばどうなるかは一目瞭然だった。

「ウガッ!」

 自分を押しのけようとしていた御当主様が突然背後から現れた警備兵によって拘束された。実のところ、近づいてくる彼等の姿が見えていたので、冷静に対処できたのだ。

「大丈夫ですか?」

 隊長の記章を付けた人物が助け起こしてくれる。礼を言って立ち上がり、大丈夫だと答えた。そして簡単に何があったかを説明する。その間に御当主殿は縄で縛りあげられていた。かなり抵抗をしていたが、兵士達相手では敵うはずがなかった。

「また改めてお話をうかがうかもしれませんが、今日はこれで失礼します」

 隊長はそう言って自分達に敬礼し、引き揚げていった。ようやく閑静な住宅街に静けさが戻る。一同を見送ると、一旦自分達の部屋へ戻る。そして泥だらけの衣服を着替え、改めてご夫妻がおられる居間へ向かった。

「失礼いたします」

「無事でよかった。怪我は無い?」

「はい、ご心配をおかけしました」

 安堵したらしい旦那様は奥方様が淹れたと思われるお茶を美味しそうに飲んでおられた。しかし、その奥方様のお姿が見当たらない。そして、居間に置き去りにした形となった息子も。だが、ほどなくしてフリッツを抱いた奥方様が居間に戻って来られた。息子は目を覚ましていて、奥方様にあやされて上機嫌で笑っている。本当にこの子は……。

「すみません」

 恐縮して妻が息子を引き取る。どうやらおしめが濡れていたらしく、奥方様が着替えまでして下さっていたようだ。

「そんなに恐縮しなくていいよ。この屋敷は人手が限られているから、それぞれが出来ることをしていけばいいと思っている。立場としては俺が主になるわけだけど、サイラスもガブリエラも、そしてリタとウーゴもこの屋敷を守る仲間だ」

「旦那様……」

 本当に、この方の度量には驚かされる。言葉が見つからない間に旦那様は更に言葉を続けられる。

「俺の母さんが、オリガやティムだけでなく、部下のラウルやシュテファン達にその相棒を含めて皆、家族だと公言しているんだ。向こうでサイラス達の話をしたら、家族が増えたと喜んでいたよ。その内連れて来る様にと言っていた」

「恐れ多い……」

 ルーク卿の度量の広さはお母上譲りかもしれない。アジュガの町は職人の町。迎え入れた弟子を家族同然に扱う風習があるため、そういった意識が浸透しているらしい。

「それにしてもガブリエラは、こう言っていいかどうかわからないけど男前だね。安心して家を任せられるよ」

「ご、ご覧になっていたのですか?」

「何をやらかすか分からない雰囲気だったとティムが言うから、2人で様子を伺っていた。警備兵が近づいてくるのが見えたから後は任せることにしたけど、来なければ自分で捕えるつもりだった」

 妻は狼狽えていたが、彼女が男前なのは自分がよく知っている。旦那様に同意して思わず一緒にうなずいていた。

「カペルの家の事は心配かもしれないけど、陛下には大事にしないよう進言してみるよ。その代わり、当主をまた変えることになるだろうけど。推薦できる人はいる?」

 今回騒ぎを起こしたことで、カペル家は更なる窮地に立たされたことになる。最悪の場合、残った領地も召し上げられ、家は断絶することになりかねない。

「1人、おりますが……」

 実は当主に相応しい人物に心当たりが1人いる。ガブリエラの祖父の姉が駆け落ち同然で家を出て健在だった。そしてその孫が妻の乳姉妹の夫だった。後任を決めるときに名前は上がったが、既に家を出ているからという理由で、早々に除外されてしまったのだ。まあ、当人もやりたいわけではなさそうだったが。

「なるほど。伝えておくよ。上手く取り計らってもらえると思う」

 内乱前では考えられなかったが、エドワルド陛下の治世となってからは身分の上下に関わらず才能があれば重用される機会が増えている。目の前にいる人物が一番の例だ。当人はまだ戸惑っているご様子だが、異例の出世も納得できるだけの実績を積んでいる。つくづく良き主に巡り合えたものだと、己の幸運に感謝するしかなかった。

「我が主に改めて忠誠を誓います」

「な、なんだよ急に」

 ルーク卿が狼狽える。自分としては紛れもない本心だった。傍らの妻も同じだったようで、一緒に頭を下げている。奥様はそんなやり取りを見て、和やかにほほ笑んでおられた。

 こうして無事に(?)顔合わせは済み、改めて家令としての生活が始まった。

 ちなみに捕えられたカペル家の当主はすぐに釈放されたが、その地位は剥奪されることになり、後任にはガブリエラが推薦した乳姉妹の夫が指名された。当初は渋ったらしいが、陛下から直々に指名されて断れなかったらしい。彼なら安心して任せられると、妻も喜んでいた。




 そして季節は緩やかに移り、秋を迎えた。

「おかしくないかな?」

「よくお似合いですよ」

 今日は本宮で全領主を集めての会議と式典が行われる。真新しい礼装に袖を通した我が主は、姿見の前で念入りに最終確認をしている。

「やっぱり派手じゃないか?」

「そんな事はありませんよ」

 ブランドル家……というか夫人のグレーテル様が気合を入れて仕立てた旦那様の礼装には壮麗な装飾が施されている。当人は似合わないと思っておられるご様子だが、そんな事は無い。まだ怪我をされる以前の体格まで戻っていないが、それでも堂々としたたたずまいは風格すらある。他家の御当主様と並び立たれていても遜色は無いと思っている。

「そろそろ、奥様のお支度も終わる頃です」

「じゃあ、行こうか」

 雷光隊の紋章が入った壮麗な長衣を纏い、最後の仕上げを済ませると、部屋を出て階下へ向かわれる。玄関には既に着替えを終えられたティム卿も待っておられ、旦那様のお姿に軽く息を呑んでおられた。

 それからほどなくして1階の客間でお支度をしておられた奥様も姿を現す。金糸と銀糸をふんだんに使った刺繍が施された白いドレスをまとった奥様は光り輝いて見える。今宵の式典は旦那様と奥様のお披露目を兼ねていると伺っていたので、婚礼衣装を意識したドレスになったのだろう。

「旦那様?」

 微動だにしない旦那様に声をかけるが、見惚れておられるのか反応がない。すると、ティム卿が見本だとばかりに旦那様を強く小突いた。

「ほら、遅れるよ」

「あ、ああ。綺麗すぎて見惚れていた」

 ようやく我に返った旦那様は奥様に近寄り手を差し出された。頬を染めてしばし互いを見つめ合われる。そして互いの手を取り合って歩き出し、玄関の外で待たせている馬車へと乗り込まれた。

「はぁ……旦那様も奥様も素敵だったわ……」

「そうだね」

 馬車を見送った後、ガブリエラがうっとりとした様子で呟く。確かに礼装を纏ったお2人のお姿は正に眼福だった。だが、ちょっとだけ妻が不憫に思えた。本当であれば、カペルの跡継ぎとして彼女も今日の式典に参加できるはずだったのだ。

「君も着飾りたかったんじゃないのか?」

「え? 私?」

 ガブリエラは少し驚いた様子で目を見張る。しかし、ポスンと自分の胸を小突いてきた。

「なーんかねぇ、やっと解放されたって感じなのよ。着飾るのは確かにいいんだけど、窮屈だし。夜会に出ても愛想笑い浮かべているだけで楽しくもなかったからこれっぽっちも未練なんか無いわ」

 そう言って胸を張るガブリエラは眩しいくらいに美しい。そんな彼女が誇らしく、抱きしめて頬に口づける。もう少しこうして2人だけの時間を楽しみたいが、フリッツの泣き声が聞こえる。顔を見合わせると、連れ立ってお屋敷の中へと戻って行った。



これにてサイラス編終了。

あともう一つ閑話を上げたら3章は終了します。

1話で終わるとは限らないけど……。

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