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群青の軌跡  作者: 花 影
第3章 2人の物語
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閑話 サイラス2

やっぱり終わりませんでした。

「お気をつけて行ってらっしゃいませ」

 ルーク卿の家令となって1ヶ月後、奥様となられるオリガ嬢の花嫁衣装が仕上がり、お2人は婚礼を挙げられる為、アジュガへと向かわれた。本来であれば家令として立ち会うべきなのだが、ようやく所領の片づけを終えたと連絡が来たので、妻子を迎えに行くことを優先することにしたのだ。

 主を見送った翌日、フーゴとリタに屋敷の管理を任せて自分も皇都を出立した。川船と乗合馬車を乗り継いで3日、ようやく目的地のカペル領に着いた。

「サイラス!」

「ガブリエラ!」

 以前に比べて随分と寂れた門をくぐると、妻のガブリエラが迎えてくれた。胸に飛び込んできた彼女を抱きしめる。会うのは実に半年ぶりになる。嬉しくて抱き合ったままその場でくるくる回る。

「フリッツは?」

「お昼寝中。来て」

 ガブリエラは手を引いて自分を領主館の中へと連れて行く。以前に来た時と比べ、中は人の気配がなく静かだった。彼女の話によると、半数以上の使用人に辞めてもらったらしい。大半の領地を失い、収入が激減した状態ではこのくらいしないと家を維持できない。使用人には紹介状を書き、退職金も渡して辞めてもらったので、ほとんど不満は出なかったと彼女は胸を張る。

「小父さんたらひどいのよ。このまま私をここに置いてこき使うつもりみたいなのよ」

「それは……酷いな」

 妻はさらりと言っているが、聞き捨てならいない事態だ。自然と眉間にしわが寄っていたのか、彼女がそっと指で触れてくる。

「だからね、このまま皇都へ帰っちゃおうよ」

「それは構わないけど……」

 このまますんなりと帰らせてくれるのだろうか? 一抹の不安を抱きつつも息子が寝ている部屋へ2人で向かった。

「かわいい……」

 子供部屋のゆりかごの中で初対面となる息子は健やかに眠っていた。元々皇都で産む予定だったのだが、産み月間近でしゅうとが反乱計画に加担していたことが発覚して妻は所領に戻っていた。もちろん、1人での移動は危ないから休暇を無理やりとって同行して送り届け、自分は皇都へとんぼ返りしたのだ。

 その後、無事に出産したが、下された処分に従い今まで引き継ぎの作業を行っていた。ほとんど休む間もなかったのではないかと心配したが、こちらには彼女の乳母や乳姉妹がいて何かと手助けをしてもらったらしい。

「ガブリエラ様、準備が整いました」

 そこへ妻の乳姉妹が荷物を運んできた。子供のものもあるのでかなりの量だが、農場主をしている彼女の夫が途中まで送ってくれる手筈まで整えてくれているらしい。

「助かるわ」

 妻はそう言うと寝ているフリッツを抱き上げる。泣かないかハラハラしたが、息子は妻の腕の中でスヤスヤと眠っていた。一安心したところで、荷物を預かり共に玄関へと足を向けた。

「ガブリエラ!」

 外へ出ようとしたところで、妻を呼び止める声がする。振り返ると、中年の男が階上から駆け下りて来ていた。名前は憶えていないが、この男がカペル家の新しい当主だ。実は他の一族の有力者達から押し付けられる形で新当主に決まった経緯がある。幾度か顔を合わせた事があるのだが、彼からは格下だと思われているらしく、自分にはよく横柄な態度をとられている。

「あら、いかがなさりましたか?」

「どこへ行くんだ?」

「引継ぎが終わりましたので、皇都へ帰ります」

「それは困るよ!」

 息子を腕に抱いたまま背筋を伸ばして立つガブリエラに、当主殿はすがりつかんばかりに迫って来る。大事な家族を守るため、スッと進み出て彼女を庇った。するとあからさまに彼は狼狽うろたえた。

「な、何でお前がいる?」

「自分の妻を迎えに来たのがそんなに不思議ですか?」

「彼女にはまだ仕事をしてもらわなければならない! 勝手な真似はするな」

 相変わらず自分に対しては強気な態度をとる男だ。この様子だと、親族の誰かにガブリエラを手元に置いて領地経営させればいいみたいなことを吹き込まれている可能性もある。何かを言い返そうとするのをガブリエラは制し、堂々と一歩踏み出して新当主殿を見据える。

「私をこき使えばあなたでも当主が務まると誰かに入れ知恵されたのかしら?」

「そ、そんな事は……」

 思いっきり動揺しているから図星だろう。領地の大半を召し上げられてしまっては、苦労ばかりで良い思いは出来ない。当主になりたくなかった他の候補者からそう言ってそそのかされて引き受けたのだろう。

「国の方も試算して、贅沢さえしなければちゃんと経営が成り立つように領地を残してくれているから心配いらないわ」

 彼女はそれだけ言うと、もう用はないとばかりに踵を返して玄関を出て行こうとする。驚いたことに、周囲でこれだけ騒いでいるのに息子のフリッツは一向に起きる気配がない。将来、大物……になるのか?

「ま、待ってくれ! ど、どうせ皇都へ戻ったところでこいつはクビになって仕事が無いのだろう? ならば、ここにいた方が良いじゃないか」

 諦めが悪いらしく、更にそんな事を言い出した。あわよくば自分もこき使ってやろうという魂胆なのだろう。

「生憎と、次の仕事は決まっております」

「フン、どうせどこかの下働きだろう。クズには似合いの仕事だ。それならどこでやっても一緒だ。ワシが使ってやるからさっさと辞めてこい」

 もう呆れるしかありません。それでもここでいたずらに時間を費やしても無駄なだけです。改めて背筋を伸ばして当主殿に向き直る。

「自分は今まで己の仕事に誇りをもって取り組んできました。今回は残念ながら辞めざるを得なくなりましたが、仕事ぶりをきちんと見て評価して下さる方はいらっしゃいます。今回、その方々のご紹介で新たな職を得ることが出来たのです」

「召使い風情が偉そうに……そんなところ辞めてしまえ」

「そこを辞めるとなると、ご紹介下さったサントリナ公とブランドル公の顔に泥を塗ることになりますが?」

「な……に……」

 ここで大公家が出てくるとは思わなかったのだろう。そもそも、彼等は一様に私の仕事はただの召使だと思い込んでいる。侍官にも階級があるので間違いとは言い切れないが、自分は努力の甲斐があって高位に位置し、国の重鎮方からも直接ご指名頂けるほどに信頼されている。その辺を彼等は分かろうとしていない。

「あなた達、私が何を言おうと信じないでサイラスを見下しているけど、彼はすごいのよ。そもそも、彼がいたからカペル家の家名は残してもらえたのよ。感謝しなさい」

 ガブリエラが誇らし気に自分を褒めてくれる。嬉しいけど何だか照れ臭い。自分達が諫めたおかげかどうかは分からないが、家名が残ったのも舅が最後まで踏ん切りがつかずにあの謀略に深くかかわらなかったのが功を奏したのだ。

「だ……だったら、サントリナ公とブランドル公に援助を頼んでくれ!」

 今度はそう来ましたか……。呆れてため息をつくと、自分の良い様に解釈したのか期待の籠った眼差しを向けてくる。気持ち悪いんですけど……。

「するわけないでしょう? これまで散々おとしめられた相手をそう易々と助けるとでも思っているのですか?」

「ワ……ワシはカペル家の当主だぞ! 命令に背くのか!?」

「あら、私達は既にカペルの家から籍は抜いてあるの。あなたの命令に従う義理は無いわ」

 新たな当主が決まった段階で自分達はカペル家から籍を抜いてある。こういった事態を想定しての事だったが、どうやら正解だったようだ。

「陛下や大公家の方々に認めていただきたいのでしたら、自力で家を立て直すことです。そうすれば自然と援助を受けられますよ」

「さすがサイラス。よくわかっているわ」

 妻が褒めてくれるので自然と笑顔になる。当主殿はとうとう心が折れたのか、その場に力なく座り込んだ。最初から自分でどうにかしようと言う考えがないからこうなるのだ。カペルの家が今後どうなるか分からないが、籍を抜いた自分達にはもう関係のない話だ。

 座り込んだ当主殿をそのままに2人で手を繋いで寂れた館を後にする。そして随分と待たせてしまった馬車に乗り込み、カペル領を後にした。




 皇都に戻り、新たな生活が始まった。留守中はセバスティアンさんがそれとなく気にかけて下さっていたのもあり、お屋敷の方は特に大きな問題は起きていなかったようだ。ただ、故郷に戻られていたルーク卿は結婚式の前夜に火災があり、随分と大変な思いをされたと後から知らせが届いた。力になれなかったことを後悔したが、同行していた場合、妻のガブリエラも無事にカペルを脱出出来ていたかは疑問が残る。

「後悔するのはやめましょう」

 そう言ってガブリエラが励ましてくれる。反省は必要であるが、彼女が言う通り起きてしまったことをいつまでも後悔していては前に進むことが出来ない。幸いと言っていいのか、アジュガに立ち寄られた陛下の采配により、復興の手配も結婚式も無事に済んだらしい。そしてその場でアジュガ領主に任命されてしまい、困惑している様子が手紙からもうかがえた。

「お戻りになられたらお祝いしなくちゃ」

 ルーク卿が宿舎としてこのお屋敷を借りていた頃から仕えているリタが提案する。妙案だと思う。お戻りになられた日にささやかながらお祝いの席を設けようと話がまとまった。

 ルーク卿の慶事は瞬く間に広まったらしく、国の内外からお祝いの品が届くようになった。純粋に祝って頂けるのなら構わないが、中にはルーク卿を利用するためだけに近づこうとする輩もいる。お祝いの品一つを受け取るにしても、なかなかに神経を使う作業となったのだった。



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