勇者の真似事
よんどころない事情により一部キャラ改名です。よろしくお願いします。
「アルマちゃん!」
エスリアが駆け寄り、アルマを抱き寄せる。
室内を覆っていた暗闇が、ほんの少しだけ薄くなる。窓の無い部屋であるため光が入り込まないことには変わりないものの、アルマが操っていただろう深い闇の気配は跡形もなく消え失せていた。
「苦しいよ、エスリア姉様」
「ごめんね、何もできなくて。傍にいることしかできなくて。でももう大丈夫。暗い思いも寂しい思いもさせないわ」
「……お母様がアルマを許してくれたの?」
エスリアの表情が僅かに曇る。
私を頼ってアルマの枷を取り払ったのは独断。彼女達が自分達の家の方針に逆らい罰を踏み倒したのであって、決して許された訳では無かった。
「……そうじゃないの。あの人が助けてくれたの」
エスリアは私の方角へ振り返るが、はっとするとすぐにアルマへと向き直った。目隠しをしていてはその人物の人となりは分からないだろうと、急いで彼女は妹の最後の闇を取り外した。
エスリアと同じ、そしてかの勇者と同じ茜色の瞳が開かれる。私の像を映す。
「……へぇ、あんな顔だったんだ」
「ええ。私達を助けてくれた人だから、しっかり覚えておきましょう」
彼女は妹の頭を撫で終えると、改めて私の方へと向き直った。
「本当にありがとう、イベルスさん。私、今とても嬉しくて……」
「礼は要らないさ。やるべきことをやったまでだ」
さもなくば私は異端者とされてしまう。ヒトの世界とは実にまだるいものだが、自由に探索できなくなるのは何としてでも避けたい。
「…………もしかして、お父様なのかな?」
あどけない瞳は姉以上に、自分の父親の影を知らなかったのだろう。勇者と似ても似つかぬ見た目の私を見るなり、彼女はそう呟いた。
「否、違う。私は勇者ではなく―――」
「勇者様! お父様! エスリアお姉様、いつか勇者様がアルマを助けてくれるってずっと言ってたし、あの約束は本当だったんだね!」
「え、えっと、このおじさんは、イベルスさんは勇者じゃなくて魔王なのよ!」
「でも魔王が人間を助ける訳がないじゃん。エスリアお姉様、変なの」
「本当に違うのよアルマちゃん!」
闇を纏っていた間は幾つか聡明そうに見えたものだが、なるほどやはり思い込みの激しい娘だったらしい。それでも幽閉され続けた割には素直に成長した方か。
「当人がそう思うならそれでも良いだろう。好きにするといい、お前達が私をどう見ようと構わんさ。……それにしても私が勇者か。ハハッ、悪くない響きだ」
「絶対嫌です。お父様以外の勇者なんて有り得ないんだから」
エスリアは目に角を立てて抗議する。誰よりもウィアムという勇者を信じているであろう彼女の言葉は幾らか重さを感じるものだった。
「すまない、悪い冗談だったか」
「ううん、よろしくね、アルマのお父様!」
「アルマちゃん!?」
その一方で、もう一人の開かれた紅瞳に宿った輝きは止まない。実の姉が父親である勇者ウィアムを認識している以上、時間の問題だろうが。
「さて、いつまでも窓の無い部屋にいる訳にもいかない。妹に早く外の世界を見せてやるといい」
「それも、そうよね」
エスリアは妹の身体を支え、アルマは姉を頼りに立ち上がる。
私はその姿を見届けると、一足先に出口へと向かう。
「行きましょ、アルマちゃん!」
「うん、エスリアお姉様。勿論、アルマの勇者様も一緒に」
「勇者様は人違いなんだけど……そうね。イベルスさんとも一緒が良いわね」
「―――む」
立ち止まり、姉妹の方へと振り返る。
……今回の私はあくまでも不当な条件で雇われた身だと理解していた。麗しき姉妹愛の美しさは確かに報酬としては上等なものかもしれないが、そんなことで誤魔化される私ではない。
「用が済んだ以上、最早私は不要のはずだ。私の正体を脅しに使うにせよ、次回は少しレートを上げさせてもらう」
「大丈夫。今度はあなたにも関係があることだと思うの」
なるほど、脅さずとも私が興味を持つ自信がある、ということか。
ならばと私は頷く。聞くだけは聞いてやろう。いずれにせよ、私は次にやる行動を変えるつもりは無い。もし、彼女と私の考えが一致するのであれば、或いは―――。
「偽勇者。【星の鍵】の欠片をどうしてアイツが持っていたのか、どうしてよりにもよって勇者の姿になって現れたのか、話を聞きに行く必要があると思わない?」