篝火の娘、開かれた闇
よんどころない事情により一部キャラ改名です。よろしくお願いします。
『痛いッ! 暗いッ! お前も、エスリア姉様も、許さない!』
闇色の噴出がアルマから広がる。微かな光をも閉ざされて周囲は完全な暗闇が視界を奪わんとしていた。
アルマの姿は勿論、近くにいるエスリアも目には映らない。
「自分で暗くしているんだろう、困った妹君だ」
私は記憶を頼りに、左腕をかかげて赤雷の魔法を撃つ。狙うは片方の足枷。
……しかし一瞬の後に聞こえるはずの、金属が壊れる音は幾ら待っても訪れなかった。
「む。闇の出力が上がったらしいな。……やはり足枷から壊すべきだったか?」
もう一度、今度は前方広範囲に赤雷を解き放つ。しかしやはり手ごたえが無い。
闇が強まったことにより、遠くの攻撃を無効化する何等かの特殊なチカラが働いていると見るべきだろうか。恐らく力任せに闇を払おうとしても無理があるだろう。
「……アルマちゃん、ごめんね! でももう少しだから!」
エスリアの声と同時だったのは、仄かな灯りが闇の中でぼうっと浮かび上がった光景。
『エスリア姉……様……』
「暗いよね、怖いよね。でも大丈夫だよ。エスリアはここにいるからね?」
篝火のように光を放っていたのはエスリアの身体。
声を上げる、揺らめく灯火。暗闇の殻を閉ざした妹へ、彼女は声を届けようとする。
「今、助けてあげるから。もうすぐその足枷も壊してあげるから――」
しゅるる、と、影が擦れて蠢く音が纏わりつく。魂が怯むような感触に、エスリアの声が、足音がぴたりと止む。
姉の言葉に応えたのは、凶大な暗黒の爪。鋭利な暗黒は前触れなく彼女の肩に食い込み、細い首筋を引き裂こうとする。
「そのまま続けるんだ」
エスリアは無事だった。
赤を帯電させた腕が闇を掴み、引き剥がす。闇は渦巻き、旋風となって暴れまわるが、今は私の膂力が僅かに勝り、エスリアを害することはできない。
「イベルス……!」
「この闇の中ではお前の灯火だけが頼りだ。焦らず一歩ずつで構わない。妹の元へ案内してくれ」
できれば迅速に、というのが本音だ。
十年前の頃には程遠い私の体力は無尽蔵ではない。この部屋いっぱいに注がれた暗闇の重量全てを抑えていれば腕も痺れる。均衡が崩れた暁には、傷ついた姉妹と正体不明の旅人の死骸が後に残るばかりだろう。
「……やってみるわ!」
揺れる炎はいっそう輝きを増す。彼女という日差しが、太陽の届かない部屋を、囚われのアルマへの道筋を照らす。
「上出来だ」
道を遮ろうと暗闇が押し寄せる。私は迫り来る黒き牙と爪の一切を赤雷で削り、腕力で抑え込む。苦難の道を往くように、その歩みは次第に重くなっていく。
『その男を近づけないで……勇者でも無い癖に、来ないで!』
「全くだ、私程勇者から遠い存在もそうはいない―――」
何かを救うことは、何かを壊すことよりも難しいと、十年前、勇者は言った。
私は今、そのことを身をもって実感している。放っておけばいいのに、いっそ殺してしまえば楽だろうに。勇者の真似事などなんと骨折り損なことか。
だが仕方ない。それが奴の望んだ優しい世界であり、私はそれに納得してしまったのだから、遅かれ早かれ向き合うべき課題だったのだろう。
「だが諦めるんだ。お前は私が解放する」
黒き槍の一閃が届く。
アルマの左脚を絆す魔鋼の鎖は断たれて、彼女の脚を一つ自由にする。
『―――来るなッ!!』
痛みは無い。ただ、自分の身体を伝った振動に怯えたアルマは反射的に衝撃のあった方へ暗闇を凝集させた。その圧力は先程の比ではなく、暗黒以外の一切の不純物を圧壊させる大顎が閉じられる。
「ははっ、危ない危ない。流石にその一撃は耐えられなかったな」
圧縮された空間に残ったのは、床に突き刺さった、折れることのない黒槍のみ。
私の身体は、既にアルマの右脚側にあった。目隠しをしている彼女は、その槍が単に投擲されたものだということが分からなかったのだろう。
「これで終わりだ、小娘。もう縛られる必要は無いぞ」
声に振り回され、彼女は咄嗟に私へ顔を向けた。だが既にこの腕は赤雷を纏い、最後の鎖へと手刀を繰り出している。
「――――――……あっ」
ばりんと、呆気なく鎖は砕けた。拘束が解かれたという事実を自覚した彼女は、操り人形の糸が切れたかのようにその場にへたり込む。