脅迫と違和感、閉ざされた屋敷
よんどころない事情により一部キャラ改名です。よろしくお願いします。
「―――嫌だと答えたらどうするつもりだったんだ?」
生者を拒む陰気が立ち込める家を探索する。入り口は施錠されることなく開け放たれていたが、それ以外のあらゆる通路は塞がれていた。窓は厳重に打ち付けられており、風も光も通らない。空気は淀んでいたが生物の気配はまるで感じられず、廃屋に巣食うネズミ、蜘蛛の姿一つ見えなかった。
「勿論、あなたを異端者にします。王国とオラトリアに背くあなたを地の果てまで追い詰めてみせます」
エスリアは答える。ここが家だと答えただけあって、物怖じすることなく慣れた様子で軋む階段を上る。
「ははっ。実家の意向に逆らい、家を出ることしかできない娘が賢しいことだ」
「い、家出なんてしていないわ!」
「隠さなくたっていい、私は部外者だからな。実家の意向に反発し、オラトリアの名前を隠してこの街、妹の封じられたこの家に住み着いているのだろう? 麗しい姉妹愛、私は評価する」
今できることをやろうとし、そこに妥協を挟まないのは流石勇者の娘と言ったところか。
とは言え、残念ながら彼の一族の全員が彼のような精神性を持っているという訳では無さそうだが。
「だが手段は赤点だ。大体改めて異端者認定したところでヒトの敵である魔王は痛くも痒くも無いんじゃないのか?」
「……いいえ。オラトリアに異端者認定を受けた人達は絶対に逃げきれないわ。そういう風にできているの」
「……む?」
言葉と理解が食い違い、思考が止まる。
オラトリアとは、勇者ウィアム・オラトリアの名字のことを示すはずだ。彼は伝説的な勇者だったのだから、その一族がチカラを持つこと自体、決して可笑しくは無い。
だが、エスリアは同時に『異端者』とも言った。辞書通りの意味であれば、教会の教えに背く者、破門を受けて然るべきものということになる。当然、認定できるのは教会、ということになるはずだ。
あの能天気で破天荒な男が神官だった? いやいや、馬鹿も休み休み言ってほしいものだ。
「……どうしたの?」
「いや。後にしよう。……ついたのだな?」
エスリアの足は、鎖と錠で厳重に閉ざされた両扉の前で止まっていた。
扉の周りには、深い切れ込みやクレーターのような孔、瓦礫が散乱していた。
「ずっと一人で妹を宥めていたのだな」
「……鍵を開けたらすぐに襲い掛かってくるかもしれないわ。気を付けて」
「言うまでもない」
エスリアは錠に鍵を差し込み、鎖を取り払う。
ギィ、と、私は闇色の空気が染み出るその重い扉を片腕で押し開けた。
「―――っ」
咄嗟に私は身を屈めて室内へ転がり込む。その少し後に、扉を砕こうとする勢いで、何か巨大な紫色の腕が部屋の中央から飛び出してきた。
「イベルス!」
エスリアも遅れて大広間へと入室する。彼女に怪我は無かったようだ。
「心配無用。だが、相当に鬱憤が溜まっているらしい。さては今年こそお父さんを連れてくるとでも言ったか?」
「……言ったわ。でも嘘じゃない、私だって今年こそ帰ってくるって―――」
「良い、その話はもう聞いた」
昏き瞳で中央に渦巻く闇を見据える。
『話が違うよ、エスリアお姉様』
両手両足を枷と鎖にて拘束され、目隠しで視界を閉ざされた小さな少女がそこに立っていた。
銀色の髪は埃を被って、しかしそれが却って妖しい艶を輝かせていた。
『ようこそ初めましてさん。アルマ・オラトリアだよ。じゃ、早速で悪いんだけど、死んでくれる?』