星の鍵と勇者の家系、囚われの妹
よんどころない事情により一部キャラ改名です。よろしくお願いします。
「何故、私が魔王だと分かった?」
輝く赤髪を揺らして一歩前を往くエスリアに私は問う。
自分の父親の似姿には騙される割に、会ったことも無い私の正体を看過するのは釈然としない。理屈があるならば聞いておきたいところだ。
「【星の鍵】。たった一人で魔界を作り替え、魔獣を魔族へと深化させた魔王のチカラの源だって、お姉さ……オラトリアの者から聞きました。あなたの持っている黒い槍がそうでしょう?」
エスリアはくるりと振り返って答える。器用に危うげなく後ろ歩きを続けながら街道をまっすぐと進む。
「その通りだ」
十年前、私の【星の槍】を見たのは勇者ウィアムのみ。恐らく卓越した観察眼で秘匿された強大なチカラを見破り、仲間に言い残していたのだろう。と、すれば、今後この槍を気軽に振るうのは危険か?
……そうは言っても振るわざるを得ない理由があるのだが。
「【星の鍵】が本当はどういうものか、お前は知っているのか?」
「全然。とても強い魔力を帯びた槍だってことくらいしか私は分からないわ」
「それだけで私が魔王だと見極めたのだから大したものだが」
嘆息しつつ、私は背負った槍を手に持ち換える。
「―――【星の鍵】には全ての願いを叶えるチカラがある」
柄から矛先までをまじまじと見ていたエスリアの呼吸が小さく止まる。
「この【星の鍵】の本来のチカラは失われている。十年もの間に偶然と悪意が重なったのだろう、そのチカラは幾つもの欠片に分割された挙句、あのような匹夫に使われる始末だ。私はこれを回収するために人間の世界を旅している」
エスリアの目が少し険しくなる。先程味わった失意を思い出したのだろう。
「お前も見ただろう。【星の鍵】はその断片だけであってもヒトを弄ぶだけのチカラがある。魔王がかつてのチカラを取り戻していくことを差し引いても、この欠片の回収はお前達にとっても急務になると思うが」
「……そんな危険なものが、十年前から世界中に散らばっているの?」
「十年前かもしれないし、つい最近かもしれないが……」
「魔王の癖にそこは曖昧なのね、もう! あなたがしっかりしてないせいで勇者様が帰ってこないかもしれないのよ!」
「なるほど、【星の鍵】が勇者の帰還を妨げている、そういう考えもあるのか」
「……ごめんなさい。八つ当たりが過ぎたわ」
彼女は見るからに落ち込んだり振る舞いで再び踵を後ろに向けた。笑ったり泣いたり怒ったり、忙しい感情の持ち主だ。
「あ、到着。ちゃんと来てくれてありがとうね」
言っている傍から彼女は気丈な笑顔をこちらに向け、足を止めた。
辿り着いたのは赤い石の屋根の、小さな建物だった。郊外にある、見た目にはこれと言った特徴も無い民家だ。
「……むむ。これはどういうことだ?」
家まで来てほしい、というものがエスリアの要求だった。聞いた話と予想していた現実が食い違っていることに、私は疑問を口にした。
「オラトリア、と言ったか。ヒトの勇者の娘であるお前の家がこんなにも慎ましやかな小屋な訳が無いだろう?」
「ううん。……勿論、王都にあるオラトリアの本家はもっと立派。でも、ここが私の家で良いの」
「家というには少し陰気が過ぎるだろう。牢獄や墓所が憩いの場とでも言うつもりか?」
見た目にはなんら不自然な点は無かった。問題はその屋内から溢れ出る黒い気配だった。たとえ霊感や魔力が無く、その昏く粘質な気配を視覚で捉えられなくても本能的に近づくことを忌避するような、闇というものに満ち満ちた異界が渦巻いていた。
「魔王さんも、そう思う?」
「いや、これは事実を述べたまで。主題は肝試しとは別の部分にあるのだろう?」
精巧な笑みがその均衡を失い、困ったような微笑みに移り変わる。
なるほど闇に対して耐性が無いヒトが、エスリア達に手を差し伸べるには少々ハードルが高かったのだろう。彼女はずっとその者が現れることを、恐らく十年前から願っていたに違いない。
「ここに、私の妹が封印されているの。……お願い、アルマを、助けてくれませんか?」