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オラトリアの姉妹  作者: らせん
第一章 魔王は人間界へ赴いた
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魔王と勇者の娘、強引な勧誘

よんどころない事情により一部キャラ改名です。よろしくお願いします。

「―――待って」


ヒトの目を厭うように、私は歩みを早めた。何人かは今回の私の『成果』を称え、或いは咎めようとするだろうが、それでも私は無視を決め込む。

ここにいるヒトと何ら変わりのない見た目の存在が十年前に世界に弓を引いた魔王の成れの果てと知られては、この探究は暴力の後に潰えてしまう。そうはいかない、再び勇者と相見えるまで、私は魔王であることを隠し通さなければならない。

……先程戦った偽者相手には魔王だと口が滑ってしまったが、恐らく奴自身が真に受けないだろうし、奴の言葉が信用されることは二度と無いだろう。


「待ってってば!」


私は足を止めた。ただ一人勇者が偽者であると見抜いたヒトの娘が、私の腕を華奢な両手で掴まえていた。


「あぁ、お前か。ケーキはどうした。家族と一緒に食べるつもりでは無かったのか」

「……もう無いわ。さっきの騒動で潰れちゃったし、竜と一緒に浄化魔法で還されたから」

「そうか。残念だった。その手を離してくれたら駄賃をやろう、それで買い直すんだ」

「あ、ありがとう―――」


少女の指から僅かに力が抜ける、


「って、そうじゃなくて!」


が、再び服の袖を掴まれてしまった。先程よりも強固に、決して離すまいとする意志すら感じられる。


「……悪いが、私は急いでいるんだ。別にお前達の為に偽者を暴いた訳じゃない。誉も礼も要らないし、私の為を思っての行動なら速やかに立ち去らせてほしい」

「できないわ。だってあなた、イベルス・サエクルムでしょう?」


私は初めて少女の姿をしかと見下ろす。己の名前がバレていることについて些かの疑問はあったものの、私の関心は別の部分にあった。


「十年前にウィアム・オラトリアを、……私の父を殺したと言われる魔王イベルス。それが、あなたでしょう? なら教えて。本当に勇者は死んだの? あなたの手で息の根を止めたの?」


果実色の赤い瞳は夕焼けのように透き通り、私の深淵を覗き込もうとするかのようだった。

その空の輝きは、どこかで見覚えがあった。


「そうか。お前は勇者の娘か」


少女は切実だった。

死んだと伝えられながら、生きているかもしれない、という希望を捨てることができない。無意識に蓄積された心の疲労に今回の騒動が追い打ちしたのだろう。ひび割れて砕けるには十分だった。


「昔から偽者は沢山現れた、でも今回こそはって、皆そう思った。……十年待ち続けてやっと現れた姿はまやかし、街の人々は誰もそれに気付かない。次の年からは気を付ける? どうして家族の帰りを疑わなきゃいけないの? ……こんな惨めな思いするなら希望なんていらない。だから教えて。私に真実を教えて」

「……殺した、と言えばお前は満足するか?」

「違う! 私は真実が知りたいの! あなたが嘘ついたらそんなのあの偽者と同じ! 許さないから!」


袖を掴む少女の手が震える。今にもその場に崩れ落ちそうな身体を、私に縋ることで少女は辛うじて支えているようだった。


「すまないな。真実は教えられない。私にも分からないからだ」


私は身を屈めて、涙で頬を濡らした少女と目線を合わせた。


「この十年、私には記憶が無い。勇者との最後の戦いの後、気付けば私と魔界は力を失い、巷では勇者は死んだことになっていた。だから、私よりもお前の方が、真偽はともかくとして知っていることは多いだろう」

「……そんな、でもあなたは、アイツが偽者だって看破したはず。あなたなら勇者が生きているかも分かるんじゃないの?」

「そうだ。つまり私にできることは真実を教えることではなく、探すことでしかない。勇者ウィアムの生死を探ることもまた、私の旅の目的の一つだ」

「……探す?」


私は少女の腕を掴むと、ハンカチと幾つかの硬貨とその掌に持たせた。


「私とぶつかった時のお前は実に楽しげだった。まずはその笑顔を思い出して、今日というお前達ニンゲンにとっての特別な日を無事に過ごすことだ。何せ、あの勇者はどんな状況でも笑ってみせる底抜けの楽観主義だったからな。勇者を称えるのなら、泣くよりは笑っている方が良いだろう。その後、お前がどうするも自由だ。明日からは希望を待つだけでなく、自分から希望を探しにいっても良いだろう。……分かったらもう行きなさい。私などに感けている暇など無いぞ」


少女を諭し、その頭を軽く撫でてやる。

彼女が呆然となっているのを見届けると、踵を返して私はその場を去ろうとした。


「……ありがとう、イベルスさん」


声が後方から……いや、すぐ傍で聞こえた。


「でも逃げようったってそうはいかないから!」

「な」


あまりの切り替えの早さに、私はただ愕然とした。

がっしりと腕を掴んで離してくれそうにない彼女の涙は既に拭われている。目こそ腫れてはいたが、その表情に憂いの色は見えず、嬉々としたものだった。


「私はスティア・オラトリア、勇者の娘よ! たとえお父様を直接死なせていなくても、人間に敵対した魔王を見逃すことはできないわ!」

「…………私は魔王だぞ。お前の首をこの一瞬で刎ねることなど造作もな―――」

「お好きにどうぞ。でも私が死んだらあなたは異端者。十年前程の力も無いんでしょう、王国の最強の戦士達があなたを討伐しにくるんだから!」

「………………要求を聞こう」


私は肺の底に淀んだ十年分の空気を吐き尽すかのような嘆息をした。やはりニンゲンと関わってロクなことにはならない。いや、勇者に感情移入してしまった時点で既に避けられなかった定めか。

挿絵(By みてみん)

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