舟を漕ぐ
最近はまっている図書館を散策していると、
「返却された本」のコーナーに、三浦しをん産の『舟を編む』が置かれていた。
確か、辞書か何かを作る話だったような。
去年末、実家に帰省した際父がその本を図書館から借りてきて読んだみたいなことを言っていたような。
「面白かった?」
私は読んでいなかったので父に感想を聞いたんだけど、なんて言ってたっけなあ。
ちなみに父が三浦しをん産の本に出会ったのは多分『風が強く吹いている』からの流れによるものだったと思われる。
父は箱根駅伝が好きであった。
正月といえば箱根駅伝だった。今もそうだ。
私は子供のころはぜんぜん興味なかったので、それを見てるくらいなら、
「早くイオン行こうよ。御所野のイオン行こうよ。ヴィレバンとか見たいんだけど」
っていう感じだったけど、最近は面白さがわかるようになってきた。大体最長距離花の二区でその年の流れが決まる気がする。
そんなことを思いながら、なんとなく三浦しをん産のコーナーに行ってみると、そこに、
「なんだこれ?」
『舟を漕ぐ』
という三浦しをん産とはぜんぜん関係ない見たこともねえ知らない作家の本が入り込んでいた。おそらく舟を編むと間違えてここに返却されたか、あるいは誰かがどっかから適当に持ってきて入れたのか、ともかく失礼な話だな。と思ってそれを棚から引き抜いた。
「北上八三?」
誰だ?知らないぞ。名前はなんて読むんだ?
それでなんとなく開いてみると、
羽生河はよく図書館に通っているが、大体は席に座って本を開いてうつらうつらと舟を漕いでいる
と、書かれていた。
驚いて一度本を閉じて、あたりを見回した。誰もこちらを見てはいない。静かな図書館内だった。それに平日の午前中で、まだそんなに利用者もいない。
ためしにもう一度開いてみると、
奴は午前中にしか来ない。空いているからだ。そうしてまたうつらうつらと舟を漕ぐ。
と書かれていた。
今日も羽生河の奴は来た。また舟を漕ぎに来たのかと伺っていると、案の定窓際の席で本を開いてうつらうつらと舟を漕いでいる。
距離にすると相当の長さ舟を漕いでいる。うつらうつらと、気ままに好き勝手に舟を漕いでいる。その姿はまるで波や風、海、その日のコンディションを、自然との波長を合わせているようでもあり、それがなんともイライラする。
読んでいて自分のおでこからぬめっとした汗が出ているのがわかった。
さらには、
最近和委志千雅のほうで、即興バトルに参加できていないのも単に舟を漕いでいるからだ
秋口高瀬が日を跨ぐのも舟を漕いでいるからだ。それだけだ。それ以外の理由なんてない。なにかもっともらしい理由を書いていたとしてもそれは嘘だ。
「・・・」
僕が調べた限り奴は、ほぼほぼ舟を漕いでおり、そういう時何があっても奴は起きないので、家に入るのも容易で、
そこで私は本を閉じた。
それからその本を適当に棚に戻して家に帰った。
走って帰った。
急いで帰った。
泣きながら走って帰った。
後日、警察に相談しようと思って、再度図書館に行って、ちなみに午後の時間に行って例の本を探したが、どこを探しても出てこなかった。
館内のパソコンで調べてみても出てこなかったし、スタッフの人に聞いても誰も知らなかった。
三浦しをん産のコーナーにももちろんなかったし、き行にもそんな本はなかった。
次の日、私の家のポストに羽生河四ノ、和委志千雅、秋口高瀬、の名前が全部削り取られたその本が入っていた。