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File.8 ファースト・ファイア

 先行した二人のクレイバードは背後の敵をどうにか振り切ろうとしていたが、かろうじて射線から外れるのが精一杯の様子だ。


『すいません、大佐。結局世話を焼かせてしまって。先にバルテス中尉の方を援護してください』


 クリスタ機の接近に気付いたエドガーから申し訳なさそうな声が届いた。たしかに彼の言う通りバルテス機の状況は芳しくない。

 クリスタはバルテスを追っている敵の後ろを取ろうと距離を詰めた。だが相手は素早く離脱し、クリスタへ応戦してくる。


 敵がこちらに向いたのを認めると同時に、左翼下部の側方ジェットを噴射し機体を高速でスライドさせた。一秒も経たず、元の位置を寸分違わずAAMが通り抜ける。

 その隙に体勢を整えたバルテスから切羽詰まった通信が入った。


『大佐、こいつらかなりの手練れです! 気を付けて!』


 機体が遅くなっているとはいえ、エース級のバルテスとエドガーに一方的な戦いを展開できているのだ。かなりの腕の持ち主なのは容易に想像可能だった。


「この敵は私が引き受けます。バルテス中尉はエドガーさんを助けに行ってください!」


『了解』


 回避と牽制を繰り返しながらバルテスがエドガーの方へ向かうのを支援する。


 しかしこのまま続けていてはジリ貧だ。他の敵部隊が応援に駆け付けるのも時間の問題だろう。

 クリスタがどう動いても相手の対応は完璧だった。殺意の無い牽制射撃には最小限の反応しか見せず、背後を取ろうと近付こうとすれば弾幕を張られそのルートを潰される。


 攻撃ヘリのような機動もできるクレイバードの戦闘は、実力が拮抗していると膠着状態に陥りやすい。今がその典型だ。


「どうすればっ!」


 一瞬も気が抜けないストレスにクリスタは思わず吐き捨てた。


 敵は最前線に配備されているパイロットだ。弱いわけがない。現状、相手は「防衛」と「増援が来るまでの時間稼ぎ」という役割を忠実にこなしている。


「私は、こんなところで止まるわけにはいかないのに!」


 スワンを倒さねばならないというのも、こんな敵に足止めされるようでは土台無理な話だ。


 だが焦りが禁物なのも理解している。クリスタは戦闘に思考リソースを割きながらも、プランを練り始めた。セオリー通りで倒せる相手ではない。

 浮かんだのは少々危険な作戦だった。こうしている間に仲間が助けに来てくれるのが理想だが、期待はしないでおこう。クリスタは操縦桿を握る手に力を込め、深呼吸をした。


「さあ、行きますよ!」


 ミサイルを二発撃ち、回避のために敵の注意が外れた瞬間、機首を真下に向け地上へと急速落下を始める。


 さて、どう出る。


 クリスタの想定通り、相手もこちらを追って急速落下、などという愚かな真似はしなかった。ゆったりと高度を取ってこちらの動きを追っている。

 こちらが地面にぶつかる前に方向を変えて低空飛行に移るのを予想し、そこに照準を置くつもりだろう。


 常識的な高度で衝突を回避すればこちらの負けだ。敵の想定からタイミングをずらすしかない。


 その間にも地面はどんどん近付いてくる。

 不思議とクリスタの心は凍てつくほどに冷静だった。


 国の威信をかけて作った第三世代機とパイロットが勝手に墜落したと知ったら、あの男はどんな顔をするだろうか。


 そういうのも悪くない、が、


「そこまで安くないんですよ、私の命は!」


 機首を思いっきり引き上げながら全力でジェットを作動させる。さすがの最新機でも悲鳴を上げる挙動だ。


 クリスタは地面すれすれで何とか止まるだけに留まらず、そのまま機体を空に向けた。

 完全に意表を突かれた形となった敵機の無防備な腹が見える。


 機銃の連射を叩きこんだ。相手の機体は火を噴いて揺らめくように墜ちていく。パイロットの脱出はない。


 クリスタはクレイバードを上昇させ、機体を安定飛行させると大きく息を吐いた。

 まだ任務中で他では戦闘が行われてるかもしれなかったが、こうでもしないと精神が持たない。


『休憩かい? クリスタ』


 不意に声を掛けられびくりと体を震わせた。慌てて辺りを見渡す。

 気付かぬうちにカミラの機体がすぐ近くにまで来ていた。その奥からエドガーとバルテスの二機も接近して来ているのが確認できる。


「カミラさん、ご無事で」


『まあね、楽勝さ。それとエドガーに張り付いてたやつは逃げたみたいだ』


 カミラは余裕を装っているが、疲労が声に滲み出ているのをクリスタは聞き逃さなかった。

 いくら数的不利があったとはいえ、相手は一般部隊だ。この様子でスワンと戦うことができるのだろうか。そう思わずにはいられなかった。


 クリスタが顔を曇らせていると、バルテス機がすぐ横に並んだ。


『先ほどは本当に助かりましたよ、大佐』


「当然のことをしたまでです。次は中尉が私を助けてくださいね」


『努力します』


 バルテスは小さく笑って答えた。

 その二人の間をカミラ機が勢いよく通り抜けて、隊の戦闘に躍り出る。


『一息つくにはまだ早いよ。とっとと任務を片付けちまおう』


「了解!」


 その夜、クリスタらの部隊は無事に通信拠点の破壊任務を達成し、敵が追撃隊を組織する前に空域を離脱、基地へと帰還した。

 その後に続く、欧州戦線最大の戦い、その始まりとしては非常に小さな火花であった。

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