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File.4 敗北のプロジェクト

 パイロットスーツから適当なジャケットに着替えたクリスタは、カミラと一緒に司令室の扉を叩く。


 通された司令室の中はまるで野戦基地のようだった。雑多に配置された高さや幅のバラバラな机に、無造作に電子機器が置かれ、そこから伸びたコードは取り返しのつかないほど絡み合って床を這っている。

 部屋の奥側は一面ガラスになっていて、クリスタが到着した格納庫を見下ろせるようになっていた。その窓辺にアレニチェフは佇んでいる。


「大佐、お待たせいたしました」


 クリスタが声を掛けると彼はひどくぼんやりとした様子で振り返った。


「……ああ、君の任務について説明せねばならなかったな。だが、その前に伝えることができた」


「何でしょうか?」


「数時間前に偵察へ出したクレイバード二機が撃墜された」


 アレニチェフの放った言葉にカミラが目を見開いて鋭く反応した。


「ジェシカとカルロスが?! そんな馬鹿な!」


「最後の通信記録から推測するに、彼らが遭遇したのは〈白鳥スワン〉だ」


 スワン、パシフィックの第三世代機部隊で、輝くような白い機体からそう呼ばれている。ユーラシア側は未だにこれらを一機も撃墜できておらず、攻略が急務とされていた。


「でも、あいつらの腕なら逃げ切るくらいはできたはずだろ?」


 カミラが語気を荒げながらアレニチェフを問い詰める。彼は苦い顔で戦闘の経緯を説明し始めた。


「スワンの出現と同時に地上からの強力なジャミングが行われたせいで、遭遇が困難になっていた。パシフィックも我々の計画に薄々勘付き始めているのだろう。本格的な対応に移り出したようだ」


 クレイバードにとって最大の脅威であるレーダーホーミング誘導式対空ミサイルを無力化するために、戦闘空域一帯にジャミングを施すのは近年のセオリーだ。これは同時に味方の索敵や通信の阻害にもなるので、作戦行動には近距離の中継拠点が必要となる。

 そんなことよりもクリスタの耳に引っかかったのは「計画」という単語だ。そもそも彼女は自分がここに来た詳しい理由を把握していなかった。


「計画というのは、私が呼ばれたことと関係あるのですか?」


「やはり何も聞かされてはいなかったか……。上層部はこのズタボロな欧州戦線を切り捨てたがっている。そのための計画が進められているんだ。そしてその要は大佐、君だ」


 アレニチェフはこちらを真っ直ぐ見据えたが、クリスタにはその言葉の意味が半分も理解できなかった。


「どういうことでしょうか?」


「我々ユーラシアはアフリカでの戦いこそ優位を保って終結させたが、それから二年後の欧州戦線では開戦から一か月足らずでリスボンへの上陸を許し、さらに三週間後にはジブラルタルも占領された。この大敗の主な原因はクレイバード次世代機開発の遅れだと言われている。これを覆さない限り勝ち目はない」


「私がスワンを倒さなければならない、ということですか……」


 クリスタの消え入りそうな呟きにアレニチェフは首を横に振った。


「必ずしもそうではない。『一機だけでも撃墜できればいい』そうだ。ユーラシアの第三世代機……アリオールと言ったな、あれがパシフィックの第三世代機を墜とせるという事実が本国の政治家には重要らしい」


 一機だけでも。その言葉は重くクリスタにのしかかる。


 強くなるために体に穴を開けてよく分からない装置を埋め込んだし、脇目も振らず訓練に打ち込んできた。

 だが「できる」はおろか「やる」と言うこともできなかった。無論、断る権利などハナから存在していないのだが。


 口を開くことができない彼女の隣で、カミラが手近な椅子に勢いよく腰を下ろした。


「まったく、上はいつも無理難題を言うね。最近じゃ人も物資もマトモによこさないってのに『スワンを誘き出せ』だとか抜かしやがる。おかげでジェシカもカルロスも死んだよ」


 政府の耳に入れば粛清されかねないようなことを平然と言い放つ彼女に、クリスタは目を見張った。しかしアレニチェフも特に咎める様子は見せない。

 ユーラシアでは大っぴらに不満を口にする人間は行方不明になって半分は帰ってこず、残り半分は大人しくなって家に帰ってくる。市民も軍人も関係ない。が、ここでは事情が違うようだ。


 初めて目の当たりにする前線の現状だったが、不思議と戸惑いは少なかった。そこでクリスタは一つ、確かめていないことを思い出した。


「もし私がスワンを撃墜したとして、その後は?」


 クリスタの問いにアレニチェフは肩をすくめる。


「さあ? 詳しいことは知らんよ。ま、議会からしてみれば、旧フランス地区を差し出してでも停戦に持ち込みたいだろうな」


「そんな……」


 現時点で東欧に避難している多くの市民が帰るべき故郷を失うことになる。到底受け入れられることではない。


「このまま続ければ一年以内にベルリンも陥落する。それを避けるには必須の選択だろう」


 アレニチェフは大して興味が無いのか、達観しているのか、ひどく投げやりな調子で答えてきた。

 その時、カミラが大きく伸びをして眠たそうに口を開く。


「政治の話はそこまでにして、仕事の話に移らない?」


 カミラは胸ポケットから取り出したタバコに、羽模様が彫られたオイルライターで火を点けると、クリスタに対し色々と質問を投げ始めた。


「あんた実戦経験は?」


「……シベリアでの訓練中にパシフィック側の民間(PMSC)機の襲撃を受け、応戦したことがあります」


「ってことはCB-88あたりの旧式機だろ。スワンと比べたらひよこみたいなもんだよ。じゃあ、私らとスワンの戦闘記録は見たかい?」


 分かってはいたが散々な言われようだ。とはいえ腹が立ったりすることはない。経験不足は厳然たる事実だ。


「ここに来る途中で半分ほど目を通しました」


「なら分かるだろ? 次元が違う」


「ええ……今の私では勝てません」


 膨大な予算をつぎ込まれ育てられたクリスタには、到底許されない発言だ。

 しかしカミラはにやりと笑い、満足げに頷く。


「その通り、だから私らが本気であんたを鍛え上げる。実戦の中でね。アレニチェフ大佐、しばらく腕利きのパイロットを二人ばかり貸してくれない? ちょいと喧嘩を売るのに私らだけじゃ心許ないから」


 成り行きを見守っていたアレニチェフは僅かに逡巡し、カミラの話を飲んだ。


「構わん。人選はお前に任せる。ただしスワンに出会ったら絶対に逃げるんだ。第三世代機を墜とされたら私のクビが飛ぶどころじゃ済まんぞ」


 最前線の指揮官として生き残ってきただけのことはある。思い切りの良い決断だ。


「了解、それじゃクリスタ、さっさと行くよ! メンバー集めさ!」


「え? あ、はい!」


 カミラの勢いに圧倒され、引きずられるようにして司令室を後にした。

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