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File.3 ユーラシアの紅い鷲

 スノースピアが大西洋から出撃した三時間後、アルプス山脈西部の上空へ一機の赤いクレイバードが飛来する。


 欧州戦線の開戦前から開始された欧州全域での民間人の避難はとうの昔に完了し、今やほとんどの街は無人となっていた。

 そんな空っぽのヨーロッパを単機で横断してきたために、機体の燃料はほぼ空になりつつある。


 クレイバードは沈みかけた控え目な夕日を深紅の機体に反射させながら、山肌ぎりぎりの高度を躊躇なく飛行すると、山の中腹に開けられた穴の中に飛び込んだ。

 岩壁をくり抜いて建設されたユーラシアの最前線基地である。

 深紅のクレイバードはその進入速度からは考えられない制動を見せ、優美な着地を成功させた。


 コンクリートが剥き出しで照明も足りているとは言えない薄暗い格納庫に降り立ったのは、ユーラシア唯一の第三世代クレイバード〈E-221〉――機体名〈アリオール〉――とそのパイロットだ。


 キャノピーが開きパイロットが姿を現す。酸素マスクとヘルメットを脱ぎ、軽い身のこなしで地面に飛び降りた。

 嫌というほど体のラインが浮き出る青いパイロットスーツに身を包み、赤毛の長髪を後ろでゆったりとまとめた少女だ。

 クリスタ・ドーフライン。ベルリン条約機構最高議長の養女で、十四歳にして空軍大佐の地位についている彼女の到着に際し、基地司令官イワン・アレニチェフ大佐が直々に出迎えるという最大限のもてなしが行われた。しかし、これは決して自主的なものではなくサンクトペテルブルグからのお達しで、アレニチェフは口元を歪め、いら立ちを露わにしている。


 クリスタにとっても余計な反感を買うのは面白くない。彼女は機先を制し自分からアレニチェフの前まで進み出て右手を突き出す。


「手厚い歓迎、感謝します。クリスタ・ドーフライン、ただ今到着いたしました」


 アレニチェフは意外そうな表情ででクリスタの手と顔を交互に見ると、肉付きのよい顔を綻ばせた。すぐさまロシア系らしい大きな手ががっしりとクリスタの手を包み込む。


「お待ちしておりました。こんな所で立ち話もなんですから一度部屋で着替えた後、司令室までお越しください。部下に案内させます」


「ありがとうございます、大佐。それと、ここでは私はあなたの部下ですので、そのように接して頂けるとありがたいです」


 アレニチェフは明らかに困惑して動揺を見せたが、一度大きく咳払いをすると落ち着き払った威厳のある声色を作って答えた。


「……そうか、そう仰られるのならそうしよう」


 同じくクレイバードのパイロットだという背の高い女性に連れられ、入り組んだ基地の通路を進んでいく。


「私はカミラ・ルアノ、ここでのクリスタ様の生活をサポートするように言われています」


 カミラはほんのり褐色の混ざった肌、若干カールしたボリュームのある黒髪に彫りの深い顔立ちで、いかにも魅力的な大人の女性だ。

 そんなカミラがぎこちなく自身にへりくだるのにクリスタは耐えられなかった。


「『様』なんてやめてください。最高議長の養子と言ったってただのプロパガンダ用ですし、階級だってぽんと与えられただけです」


 クリスタがそう不満を織り交ぜつつ言うとカミラは勢いよく振り返り、にっと笑った。


「そりゃあ助かるよ。私こーゆーの苦手だからさ」


 やっぱり彼女にはこっちの方が似合ってる、とクリスタは心の中で頷きながら笑顔で返す。ここまできっぱり切り替えてきたことには少なからず驚いたが、それよりも嬉しさの方が勝った。

 道中、ランドリーや食堂までの行き方や非常時の移動ルートなどを教えて貰い、割り当てられた部屋までたどり着いた。


 最前線の秘密基地といえど大佐という階級、それ以上に最高指揮官の威光は無視できないようで、クリスタには一般の兵士のそれとは比べ物にならない上等な部屋が用意されていた。

 地中という制約上あまり広くはないが、高級ホテルに備わっているようなふかふかのダブルベッドに、どこから持ってきたのか無駄な装飾の施された豪華な家具が並んでいる。


「ここはお偉いさんが来た時用の部屋らしくてさ、たぶんアレニチェフ大佐の部屋より贅沢だと思うよ」


 開け放した扉に寄りかかったカミラが半笑いで教えてくれた。

 こういう待遇は申し訳ない、というより非常に面倒だ。慣れていないからリラックスできないし、それでいて周囲から反感を買いやすい。クリスタはうんざりしながら、無駄だと分かっていても抗議した。


「別にこんな部屋じゃなくていいんですけど」


「大人の都合ってやつさ。貰えるもんはありがたく貰っとかないと損だよ」


「そういうものですか……」


「そうそう。じゃ、着替え終わったら声掛けて」


 小さく手を振って出ていったカミラを見送ると、もう一度部屋を見渡す。無意識に右手が首の後ろへと伸びた。


 きめ細やかな肌の中に冷たく埋め込まれた接続ポートに触れ、そっと撫でる。


 自分がここにいるという事実自体がひどく不快で、悔しかった。思わず血が滲むほど唇を噛み締める。


 ユーラシアの最高議長、ハイナー・ドーフラインが更なる求心力を得るために選んだのが、クリスタだった。

 身寄りのない子ども達から、第三世代機のパイロットとしてふさわしく、かつ指導者の養子として「見栄え」が良い者を選抜し英雄に仕立て上げるプロジェクト。生死は関係ない、多少の結果があれば後は脚色次第でどうとでもなるのだ。最悪、自らの子どもを敵に殺された悲劇の主人公というストーリーも用意されているだろう。


 数多の試験を知らず知らずのうちに突破したクリスタが実際に養子となったのは一年前。記録上は十二年前ということになっている。どちらにせよ養父の顔など二、三度見たことがあるだけで、家族として共に過ごした時間など無い。


「絶対、あいつらの思い通りになんかならない」


 クリスタは血の混じった唾を飲み込んだ。

もともと なろう投稿用に書いた作品ではないので一話ごとの区切りは上手くできていません……

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