File.33 首無しのカラス
クレイバードが完成したのは日が完全に沈んだ頃だった。アレンの後ろにクリスタの席を作り、前後どちらからでも操縦できるようにシステムも弄ってある。
外側ではアリオールの鮮やかな赤も、スノースピアの透き通るような白も剥がれ落ち、黒い地肌が露わになって夕闇に溶け込んでいた。
そして何よりも異様だったのは、キャノピーが存在しないことだ。正確にはキャノピーを装甲で代用しているので、コクピットのあたりが僅かに盛り上がっている。接続深度を上げれば透過して見ることができるとはいえ、正気とは思えない。
一見すると無人機のような風体だがパイロット用の空間を確保しているアンバランスさが、まるで首無しの怪物を見ているようだった。
アレンとクリスタはそのコクピットの中で縮こまっていた。十月のヨーロッパは最低気温一〇度を下回るため寒さが堪える。追われる身でのん気に焚火などはできないから、せめて風だけでも避けようと入り込んだが、当然暖房などは付いていない。
二人共通常用のパイロットジャケットを身に着けていたことに大いに感謝していた。戦闘用のパイロットスーツは伸縮性に優れていても防寒性能は下着よりマシな程度だからだ。
懐中電灯で不安定に照らされたコクピットで、エドガーから受け取った非常糧食を摘まみながらアレンが思い立ったように話を切り出した。
「なあ、俺にやりたいことがあるんだが付き合ってくれるか?」
「内容によります」
「目的の座標に向かう前に、俺の基地へ寄りたい」
クリスタは食べていたビスケットを喉に詰まらせ咽せた。なかなか収まらず、慌てて水を一口飲む。
「何のために? まさか、別れの挨拶だとか言いませんよね?」
「ヘクターに、俺達を墜とした男に会いたいんだ」
アレンの声は平坦だったが、以前とはどこか調子が違った。真っ当な意志がほのかに感じられる。
「復讐、ではありませんよね。曲がりなりにも助けて貰ったわけですし……一体なぜ?」
「真意を確かめたい。意味も解らず助けられたんじゃ気持ちが悪い。それに、言われっ放しなのも癪に障る」
「何て言われたのですか?」
「空っぽの人形、だとさ。あんたはどう思う?」
「昨日までの私だったら、言い得て妙だと思いましたね。今はちょっと印象が変わりました。少なくとも人形と言われて反発するんだったら、それは人間です」
「そうか」
心なしかアレンの声が弾んでるような気がしてクリスタは一人静かに微笑んだ。そのままアレンに続きを促す。
「もし、あんたが拒否するなら諦める。後で機会が巡ってくるかもしれないし。でも、できれば逃げずにあいつの所へ行きたいんだ」
どこまでも淡々と紡がれた言葉だったが、クリスタには温もりを求める赤子の泣き声にも聞こえた。胸を抉られるようで、無視することができない。
だが、答えたのは哀れみでも何でもない、クリスタ自身の意思だった。
「私は構いません」
アレンにとって意外だったようで、彼は目を見開き操縦席から身を乗り出してクリスタに詰め寄る。
「でも、死ぬ確率も上がるんだぞ? エドガーってやつとの約束はいいのかよ」
「約束を守るために行くんです。私はここで逃げたら死ぬ、そう考えていますから」
クリスタは毅然と返した。脳裏にあったのはカミラの言葉だ。クリスタのことを守れなかった時に自分は死んだ、そう言い残した彼女は、散った命と同じ数だけ何度も死んだのだろう。
それはクリスタも同じだった。
アレンは驚いているのか、ゆっくりと席に身体を戻しクリスタに背を向けた。
「とりあえず、礼を言っとく」
ぶっきらぼうに言ったアレンに、クリスタは付け加える。
「上手くいけば燃料や弾薬も補給できますからね。感情とか精神論だけで決めたんじゃありませんよ」
クリスタはそう言って満足すると、懐中電灯の電源を切った。アレンが戸惑って声を上げているが気にせずにそのまま瞼を閉じる。
「明日は早いんです、さっさと寝ましょう。あ、念のため言っておきますけどくれぐれも変なことはしないように」
「するわけがない。銃はそっちに預けてるし、そうでなくてもあんたの方が強い」
アレンはあっさり言い切った。拍子抜けしたクリスタは釈然としない思いで言う。
「じゃあ、おやすみなさい」




