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File.32 生き残るための戦い

 銃声や爆音を聞きつけたクリスタがアレンのもとに戻ると、彼はユーラシア軍のパイロットらしき男に取り押さえられていた。

 クリスタは急いで銃を構えながら駆け寄る。今やユーラシアも味方ではないのだ。


「そこのあなた! すぐに少年から離れなさい!」


 一〇メートルくらい離れてクリスタがそう言い放つと、アレンの上にのしかかっていた男は顔をこちらに向けた。

 見覚えのある男だった。


「エドガーさん?」


「大佐! ご無事でしたか!」


 エドガーは拘束していたアレンを放り出すと勢いよく走ってきた。クリスタも銃を下ろす。緊張から解放された反動で体が崩れそうになるのを踏み留めた。


「事故で死んだ、というのは間違いだったんですね!」


 エドガーの開口一番の言葉で、クリスタはだいたいの事情を察する。兵士達にはそういう筋書きを伝えたらしい。


「事故……ですか」


「はい、パシフィックのEMP兵器が誤作動したと聞いて、各地の仲間と一緒に捜索に出てきました。まあ、無断ですが」


「それでは皆さんが命令違反に!」


 それだけで済めばいいが。知らなかったとはいえ、抹殺対象の捜索を勝手に行うなど、下手をすれば殺される。


「ご心配なく。前線のパイロットほぼ全員が参加しています。ルアノ大尉と大佐のファンは多いですから。さすがにあれだけの人数を処分はできませんよ。そんな俺の心配よりも、この状況……。何か裏があるみたいですね」


 エドガーも伊達にこの戦場を生きていない、命が関わることには勘が働くのだ。

 尋ねられたクリスタは事実を打ち明けるのを躊躇した。話してしまうと必然的に彼を巻き込むことになる。ここで出会えたことは言葉では言い表せないほど嬉しかったが、それは好ましくなかった。

 だが、もはや出会ってしまった時点で既に事態の渦中に足を踏み入れているとも言えた。下手にはぐらかして彼が意図せず不用意なことをしてしまっては結果は同じだ。


 エドガーを信じて、これまでの経緯をできるだけ詳細に話した。

カミラに下った命令のことや、ダブルタップに全員撃墜されたこと。そして自分達がこれから何をしようとしているか、を。

 その間、アレンは体のあちこちをさすりながらクレイバードの融合構成を続行していた。

 黙って全てを聞き終えたエドガーは、腕を組んで唸る。


「お偉方が腐ってるのは承知の上ですが、ここまでとは」


「こうなってしまったからには、生き残るために行動するしかありません」


「俺に何かできることは?」


 クリスタは微笑を作って首を横に振った。これ以上、自分の仲間を失いたくはない。


「その気持ちだけでも本当にありがたいです。あの部隊で生きているのは私とエドガーさんだけになってしまいました。どうか、命を粗末にしないでください」


「俺が基地に戻って輸送機を奪って来れば、あのゲテモノで飛ぶより確実でしょう」


 エドガーがちらりとスノースピアに視線をやると、アレンが眉をひそめる。


「ゲテモノで悪かったな。こっちは必死なんだ」


 エドガーは肩をすくめると、クリスタに向き直った。


「大佐のおかげで休戦まで生き長らえた身です。この命、大佐のために使ってもいい」


 真剣な顔でそう語ったエドガーのことをクリスタは真っ直ぐ見つめる。


「では、私のために生きてください。エドガーさんにはそのチャンスがまだある」


 人の命を自分のために消費する資格など、誰も持ってはいないのだ。それを勘違いするから戦争が起きる。


「こりゃ一本取られましたね。大佐の倍近くは生きてるはずなんですが」


 首のあたりを掻きながら笑うエドガーに、クリスタは絞り出すように付け加えた。


「ただ、一つだけ……お願いを聞いてもらえますか?」


 現状の解決には一切寄与しない望みだが、どうしても無視できない心残りがクリスタにはあった。


「……もしカミラさんの亡骸を見つけたら、弔ってあげてください。それと、ありがとう、と伝えておいてください」


「分かっています。俺も大尉には返し切れない借りがあるので」


 それから、まだ話したいことは数多くあったが、エドガーは離陸の準備を始めた。あまりここに長居していては怪しまれる。


 彼が機体に満載していた水や食料を得られただけでも十分過ぎる幸運だった。だが、エドガーは今日の間、定期的に墜落地点を周回しに来ると言って譲らず、最終的にクリスタが折れた。これで掃討部隊に襲撃される可能性も大幅に減る。


 エドガーはコクピットに乗り込むと、親指を立てた右手を突き出した。


「お互い、生きてまた会いましょう! そうすりゃ俺達の勝ちですよ!」


 そう、まだ負けが決まったわけではないのだ。


「ええ、私達は絶対に生き残ってみせます」


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