File.31 融合構成
二機のクレイバードを繋げて、二人乗りの一機に再構成する。
原理は融合構成と一緒だ。ちょっとした弾痕を塞ぐのとは桁違いの難易度だが、想定範囲内の運用である。もちろん安全な整備場で大勢のメカニックや制御装置のサポートがある前提だ。パイロットが単独で、それも野外でやるようなことではない。
それでも前例が存在しないわけじゃなかった。東南アジア戦線では墜落した輸送機を、生存したパイロットが戦闘用クレイバードの残骸を使用して修復した事例がある。そのパイロットは元の機体データに集めてきた残骸を適合させると同時に、修復プログラムを即席で作成し修理に成功したのだ。
しかし、その前例は同じ陣営で同じメーカーのクレイバードだったからこそ成立し得た。
敵陣営で素材もシステム回りも一致しているか不明な機体同士で可能なのかはほとんど賭けだ。それが上手くいかなければ、延々と続く無謀な道のりのスタートラインにも立てない。
「いけそうですか?」
アリオールの機首をこつんとスノースピアの側面に当てて停めたクリスタが、心配そうにアレンの顔を覗き込む。
「分からない。少し集中させてくれ」
安全な範囲で接続深度を上げ、目を閉じた。呼吸はゆっくりと長く浅く。機体に意識を注ぎ込む。
アリオールと接している部分がどろりと溶け出し、赤い装甲の上を這うように覆い始めた。
アレンの思考と意志が侵食を始める。
そして、繋がった。
意識の及ぶ範囲が急激に拡張される。システムからの反発は多少あるが、二機のクレイバードを同一制御下に置くことができた。
「成功だ」
アレンは目を開き胸を撫で下ろしながら言った。クリスタも安堵の息を漏らす。
「良かった! でも、ここから正念場ですよ」
「ああ、何時間かかるか分からない。周囲の見張りを頼んでいいか?」
「もちろんです」
クリスタはそう返事をするとてきぱきと装備を整え始めた。三分も経たないうちにスノースピアに用意してあったPDWを携えて、どこかへ歩き去っていった。
エースパイロットだとしても生身じゃ素人に毛が生えた程度、小隊規模での襲撃を受ければ一たまりもない。気休めなのはお互い承知の上だ。一刻も早く機体を完成させなければ。
クレイバードのアーカイブには複座式戦闘機のデータも入っている。これをベースに構成していけばいい。
非常用の水を飲んで喉を潤し、融合構成を再開した。
二時間後、ユーラシアの気高き紅の鷲は原型を留めてはいなかった。
構成物質の三分の一ほどをこちら側に引き込み、スノースピアのコクピット部分を拡張、それに伴って主翼などの各部も微調整していく。
損傷の少ないアリオールをベースにした方が効率は良いかもしれなかったが、単独で第三世代機を運用していたクリスタにこの手の経験は無いはずだから任せられない。それに、アレンが操縦するには馴染みのあるスノースピアの操作系統を引き継ぎたい。
アレンには、まだクリスタに話していないもう一つの目的があった。
「なんで俺を生かしたのか……ヘクター」
虚空に向かって呟く。
アレンやクリスタが生存していることは、いずれ判明してしまうことだ。そうなれば必然的にヘクターの立場も危うくなる。
空っぽの人形だ、その言葉に嘘は無かった。そう言って突き放したアレンを、危険を冒してまで助けたその理由を聞かなければならない。アレンはそう確信していた。
自分でも意味の分からない衝動に、無意識に口元を歪める。
その時、アレンの耳はクレイバードのエンジン音を拾った。明らかに接近して来ている。
アレンは機体との接続を解除すると、そのままクレイバードの陰に転がり込んだ。パイロットが見つからなければ多少の時間は稼げるかもしれない。
身を隠してから数秒で上空にクレイバードが姿を現した。ユーラシアの汎用機だ。ほぼ真上で、主翼下のジェットを器用に使ってホバリング、対地攻撃モードに切り替えた。
対抗手段は無い。万事休すか、と諦めかけた瞬間、上空のクレイバードは見当違いの林の中に機銃を撃ち込み始めた。
クリスタが見つかったのかと背筋が凍る。しかし、林の中からは強烈な砲火が空に放たれた。小火器などではない、スティンガーや車載対空砲による反撃だ。
ユーラシアのバードはそれをひらりと躱して、今度は対地ミサイルも織り交ぜた容赦のない攻撃に及ぶ。地上からの反撃は無かった。
状況に頭が追い付かず唖然としながらその光景を眺めていたら、そのクレイバードがアレンの近くに降り立った。
銃は全てクリスタに渡してしまっている。アレンはサバイバルキットからナイフを抜き取り、機体の陰で息をひそめた。
着陸した機体から姿を現した大柄な男は右手に拳銃を提げながら、少しづつアレン達のクレイバード、二つの機体が混ざり合った出来の悪い現代アートに向かって歩いて来る。
男はアリオールのコクピットを覗き込んでいた。今襲い掛かればチャンスはある。
アレンはナイフを握り締め、飛び出した。
その結果、三秒後には鉄塊のような重さで地面に抑えつけられた。ナイフを持った手も締め上げられてびくともしない。
やっぱり近接格闘は向いてないのだ。




