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File.2 スノースピア・ブラボー隊

 輸送機が司令プラントに着陸したのを見届けたアレン達はクレイバードを整備プラントに降下させた。たかが一基地のメカニックに扱える代物じゃないのはお互い承知の上だが、運用マニュアルに則って形だけの整備は行う。


 アレンはクレイバードを沈黙させた後、首からコードをゆっくりと引き抜いた。ほんの少しめまいがしたが、これは仕様だ。


「調子はどうです? スミス少尉殿」


 ブルーの作業服姿の若いメカニックが機体のすぐ横でいたずらっぽい笑みを向けてきていた。


「アレンでいい、ブレント」


 そう言いながらコクピットからひょいと降りた。


 ブレントとは軍に入る前、施設時代からの付き合いだが、アレンがパイロットになり階級が上がった時からこの調子だ。表面上だけの敬意というのが丸分かりで非常に性質が悪い。


「機体の調子はどうだった? 何度も言うがこいつは第二世代機との部品流用が限定的なせいで〈融合構成〉ができないんだから、壊さないでくれよ」


 こんこんとクレイバードの装甲を叩きながらブレントは苦言を並べたてた。

 流体金属を採用しているクレイバードは機体同士を物理的に接触させて、装甲等の機体を構成している物質をやりとりする〈融合構成〉が可能だ。基本的には整備場でコンピューターの制御下で行われることだが、熟練のパイロットならそうした補助無しでも現場で修理をできるらしい。

 しかし、第三世代機とその他のクレイバードでは機体の制御システムが異なり、必然的に構成物質を流れるパルスの波長もかけ離れているため、融合構成が不可能というわけだ。


「壊してねえよ。まあ、いつも通り好調」


「だろうな、前回の出撃から指一本触れてないし」


「お前なぁ……」


「まあ、そんなことより新しい軍務記録官を見に行くんだろ? お姉様方がお待ちだぜ」


 ブレントは親指を立てた右手で背後を指し示す。格納庫の外に小型のジープが停まっており、それに乗る二つの人影がこちらに手を振っていた。


「じゃあ整備頼むよ」


 アレンはブレントに適当な礼を言うと、ジープの方へ足早に向かっていった。

 人影の主は黒い長髪を潮風に揺らした二人の少女、レイカワ姉妹だ。鏡写しみたいに瓜二つの双子で、歳はアレンより二つ上。軍人なのは言わずもがな、二人共クレイバードのパイロットだ。


「アレン! 早く行こ!」


 片方は運転席でダルそうにハンドルを握り、もう片方は後部の荷台から手を差し伸べてきている。アレンはその手を掴むと荷台に飛び乗った。


「ありがと……アキ姉さん?」


 アレンは恐る恐る伏目がちに口を開いたが、二択を外したようだ。


「私はカンナよ! ちゃんと覚えて」


 カンナはびしっとこちらを指差しながら、額を寄せてきた。正確には髪を見せつけてきたのだ。アキもカンナも黒髪の中で一束だけライトグリーンに染めてラインを作っている。それが右側にあるか左側にあるかで見分けがつくようにしている、と本人達は主張しているのだが、いちいち覚えていられない。


「せめて色を変えてくれないと……」


「なんで女の顔も見分けられない男共のために妥協しなきゃならないのよ……あ、少佐!」


 カンナの視線を追うとヘクターが格納庫から歩いて来るのが見えた。何はともあれ彼女の標的から外れられて助かった。

 近付いてきたヘクターに対しカンナは同様に手を差し出す。


「今から司令プラントまで行くんですけど、乗っていきますか?」


「おう、ありがとう、アキ」


 満面の笑顔のヘクターに対し、眉をひそめ険しい顔のカンナ。


「もう! なんでみんな間違えるの?!」


 大西洋第四プラント基地は司令プラント、居住プラント、整備格納プラント、貯蔵プラントなど計九個のプラントで形成されており、その一つ一つが野球場より広い。さらに一部のプラントは地盤の関係上、隣接するものまで百メートル近い連絡橋があったりと、徒歩で移動するのは骨が折れる。


 司令プラントに到着し車両から降りた時には、丁度、軍務記録官の男と基地司令のサイラス・ギルグッド准将が話を終えたところだったらしく、司令室に戻る准将とすれ違った。GIカットの頭に筋肉質な大男で、パイロット最年長のヘクターと同じくらいの年齢だ。にもかかわらずこの基地で彼に徒手格闘で敵う者はいない。

 四人全員で敬礼の姿勢をとってギルグッド准将をやり過ごすと、遠目から記録官の観察に入る。記録官は迷彩服を着た士官から何やら案内を受けている様子で、首を振ってあちらこちら眺めていた。


「ねえ、新しい記録官ってどんな感じの人なの?」


 隣から唐突に尋ねられた。右に緑のラインがあるからカンナだ。


「コクピット越しに見ただけだから何も分からないよ。変人なのは間違いないけど」


「ふーん」


 あんな悪意のある「歓迎」に拍手で返してきたやつは初めてだ。腰を抜かして血の気の引いた顔になるのが大概で、たまに顔を真っ赤にして血管浮かせるのもいるが、あの男はどちらでもない。

 アレンを挟みカンナの反対側でアキが呟いた。


「まあでも優しそうで良いカンジじゃない?」


 この発言は他三人に理解されることはなく、


「アキ姉さん、ああいうのが好みなの?」


「趣味悪いよ、アキ姉」


「そうだぞ、アキ。男はもっと豪快じゃねえと」


 集中砲火を浴びる結果となった。


「う、うるさい! 私の勝手でしょ!」


 アキは耳を紅潮させ、きゅっと口を結んで顔を逸らす。それを見たヘクターは愉快そうに大きく口を開けて笑った。

 そうこうしている内に記録官はこちらの存在に気付いたようだ。革靴でこつこつと地面を鳴らしながら歩いてきた。


 記録官といえば佐官クラス、最低でもアレンやアキ達より階級は上だ。姿勢を正し敬礼して迎える。


「敬礼はいいですよ、そのままで。それより、あなたはもしかしてブラウン少佐ですか? お会いできて光栄です。私はマイク・オズワルド、一応少佐となっていますが形式だけの不相応な階級です。お気になさらず」


 マイクはヘクターに右手をすっと差し出す。いかにも事務方らしい日焼けしていない青白い腕が軍服の袖から覗いていた。ヘクターはズボンで右手を拭くと、戸惑い気味にその手を握り返した。


「ああ、俺がヘクター・ブラウンだ」


「現役の軍人で唯一のアフリカ戦線経験者とお話できるのを楽しみにしていました。そういえばさっきのショーはあなたが?」


「俺と、そこのアレンがやったんだ」


 ヘクターが俺の方を顎で示すと、マイクはまじまじと俺の顔を見つめてきた。


「随分と若いですね。クレイバード乗りの平均年齢は二十七歳くらいだったと思うのですが」


「第三世代機のパイロットに限れば二十ちょっとだ。全部で十二人しかいないのに俺が平均を引き上げてるから実情はもっと低い」


 その中であってもアレンは十五で、まだ体つきも細く周囲より若いのが一目でわかる。


「なるほど、接続ポート構築も若い方が色々と好都合ですからね……また時間がある時にゆっくり話しましょう。では後ほど」


 マイクはにこりと微笑むと踵を返して去っていった。

 ある程度離れたあたりでカンナがぽっと切り出す。


「アレンの言う通り変な人ね、アキ姉のことはやっぱり理解できないわ」


「いい加減しつこい」


 姉妹が小言で言い争っているのを何となく見ていたら、不意に背後から野太い咳払いが飛んできた。


「ご歓談中のところ申し訳ないが」


 振り返ると大木のような巨大な男。姉妹は声を揃えてたじろいだ。


「じゅ……准将……」


「私は『ショー』という単語について説明をもらいたいところだが、まあいい。客人にちょっかいを出すくらいの余裕があるようだから、新しい任務をくれてやろう」


 任務、と聞いてパイロット達の目の色が変わる。准将は満足した表情で続けた。


「一週間前からピレネーに張った警戒網にユーラシアのクレイバードが多数かかり始めた。頻度も敵の数も以前の倍に跳ね上がったらしい。ここらで一度牽制して追い払ってくれ、とのことだ」


 〈ベルリン条約機構〉、通称ユーラシア。欧州各国とロシア、アジアのほぼ全域が加盟する軍事同盟で、欧州と極東アジアを主戦場にパシフィックと対峙する陣営だ。欧州戦線における劣勢を理由として、現在はベルリンにあった本部をサンクトペテルブルグに移している。


「ユーラシアによる何らかの作戦が展開されているということでしょうか?」


 アキの質問にギルグッドは毅然とした調子で答える。


「現在調査中だ。それは我々の領分ではない」


 パイロットは黙って命令に従っていろ、ということなのか、もしくは准将も知らされていないのか。しかし、アレンにとってそんなことはどうでもよかった。


 何を知って何をしようが、自分にはどうにもならないと分かっているから。


「准将、戦闘は許可されているのですか?」


 アレンの口からほとんど無意識に飛び出たその言葉に、准将は小さく笑う。


「本任務において、全武装使用による自由戦闘を許可する。力の差を見せつけてやれ」


 スノースピア・ブラボー隊の四人は揃えて声を張り上げた。


「了解!」


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