表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/37

File.24 結果の意味と予測性

 既定路線をなぞるだけの会談は滞りなく進み、両陣営の首脳がカメラの前で休戦の意義を長々と語って終わった。


 二一〇五年九月六日、四年間でおよそ七万人の戦死者を計上し、第三世代クレイバードの実用性を鋭く示した欧州戦線は、パシフィックの勝利という形で終焉を迎える。

 実質的な内容としては旧フランス地区南部のガロンヌ川が軍事境界線として定められ、イベリア半島はパシフィックに移譲することで休戦合意がなされた。

 人はおらず地下資源も見つからないような土地を貰うメリットは特に存在しない。ただ得たこと自体が重要なのだ。勝って領土を拡げたという事実が。



 その翌日。記録官室を訪れたアレンに、マイクは熱く語った。


「この戦いは、近代以降で最もルールを順守し、正々堂々と行われた戦争として記録されるでしょう。同時に最も不可解な戦争としても。利益や資源獲得のためではなく、ましてやナショナリズムやイデオロギーのぶつかり合いでもない、ただ勝敗を決するためだけの戦争です」


 コーヒーの入ったマグカップを片手に、身振り手振りを交えて熱弁している。アレンは心底鬱陶しそうに唸った。


「俺はそんなことを聞きに来たんじゃないです」


「そうでしたね。カンナさんについて、いやアキさんについてでしょうか? いずれにせよ君が自分から私に会いに来るなど――」


「カンナ姉さんは死んだのか?」


 アレンはマイクの言葉を遮って、尋ねた。


「……ええ、君も見たでしょう」


 マイクは整理整頓された机の上に腰掛けて頷く。


 休戦会談から帰還したアレン達が最初に目にしたのは、大破したカンナのクレイバードだ。そしてその傍らにはアキがいた。

 彼女は得ることのできない温もりをどうにか掬い取ろうとするように、機体に頬を付け、寄りかかっていた。表情は窺えなかったが、朧げで風が吹いたらかき消されてしまいそうな背中だったと記憶している。


 何かがあったのだと肌で感じ、彼女に声をかけようか迷っている間にアレンとヘクターはギルグッドに呼び出されてしまった。

 そして、カンナの死は事務的に告げられた。


 五日の昼頃、ずっと意識の戻らなかった彼女の容態が急変し、そのまま息を引き取ったという。


 その日の夜にはアキの希望でカンナの遺体は火葬され、残されたクレイバードは他のスノースピアを修繕するための素材として、ここに輸送されることが決定されたらしい。

 報告書を読み上げたギルグッドはヘクターに、アキの精神状態を注視するよう忠告し、また、隊の編成は元に戻ったと言ってきた。


「准将の説明した通りですよ。彼女の尊い命が失われたことは非常に残念に思います」


 マイクの目は本当に悲しみをたたえていた。アレンにはできそうもない目だ。だから彼にこれからのことを訊こうと決断した。

 カンナの死を知っても眉一つ動かさなかったヘクターではなく、極小の可能性を信じて、この変人のもとを訪ねたのだ。狂人と変人なら後者の方がまともだろう。


「俺はどうすればいいんですか?」


「彼女の遺体は故郷に帰されるまでアキさんがあの壺で保管するそうですから、弔いに行ってあげては?」


「そういうことじゃなくて」


 アレンは頭を振る。もっと何かのためになる行動が必要な気がした。

 しかし彼はその考えをぴしゃりと否定する。


「いいえ、今すべきなのはそういうことですよ。君は人との関わりに物的な『結果』しか求めていない。求めるべきは『意味』です」


「意味?」


 相変わらず回りくどい言い方をする。


「はい。君がすぐにアキさんに声をかけることができなかったことの『意味』、今からでも彼女のもとへ向かうことの『意味』です。もちろん全ての行動に結果は生じますよ。ですが、それを予測し最良の選択をできるほど人間は賢くないし、他者を理解できるわけではない」


 マイクはすらすらと話しながら部屋の中をぐるりと歩く。コーヒーメーカーを載せた小さなテーブルの前で足を止めた。


「考えるよりも動け、と?」


「まあ、そういうことです」


 彼は口元に笑みを浮かべながら、別のマグカップを手に取って指し示した。アレンは伏し目がちに拒んだ。


「遠慮します。苦いのは苦手なので」


「そうですか、今度は紅茶も用意しておきましょう」


「何かが分かった気がします。ありがとう……ございました」


 ぎこちなく礼をして部屋を後にしようとしたアレンを、マイクが呼び止めた。


「ちょっと待ってください」


 マイクはデスクの引き出しを漁ると、アレンに歩み寄ってくる。手には腕時計タイプの情報端末を持っていた。


「君が私のもとへ来た意味を考えてみました。これを持っていきなさい。どう扱うかは任せますが、役立ててくれると嬉しいですね」


「はあ……」


 困惑するアレンの手を取り、無理矢理端末を握らせてきた。持ってみるとずしりと重く、砂色の塗装が剥げていたり、細かな傷も多い。


 中心に小さいタッチパネルがあり、側面には二つのボタンが付いている。海兵隊が着けているのを見たことがあるが、それよりも古いタイプの物だ。


「君もこんな物を貰うという結果は予想できていなかったでしょう? そういうものです」


「はあ……」


 アレンはもう一度ため息をついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ