File.22 大統領の護衛
『こちらエアフォース・ワン、各機、状況を報告せよ』
『こちらフェニックス、異常なし。スノースピア隊、そちらはどうだ?』
『スノースピア・アルファ、異常はない』
報告を終えたヘクターはスノースピア専用の回線を開いた。司令部にはマークされていない手製の秘匿回線だ。
『おいおい、いいんですか少佐? まともに索敵なんかしてないでしょ』
言葉だけは咎めてきたダリルにヘクターは笑って応じる。
『大統領機の方が目が良いんだ。あっちが確認してないもんは俺らにも見えんよ』
『そりゃそうだ』
少なくとも今日中はバレない回線だからと、好き勝手言いたい放題な仲間達のことは気にせず、アレンはじっと大統領専用機を見つめていた。
白地に青と赤のラインを走らせた巨大なクレイバードだ。中に詰めた人間を守るために対ミサイル防御装置を山ほど積んだ空の要塞。フェイクの同型機が一時間前に出発し、そろそろ現地に到着する頃だろう。
なんてことはない、ただの輸送機だ。墜とせと命令されれば引き金を引くのに躊躇が要るとは思えない。
数時間前、グラナダの基地で大統領の姿を見た。その時にアレンが抱いた感情は一般的に「期待外れ」と称されるものだった。
今年で六十一歳になるウィリアム・ブラックバーン大統領は、標準的で理想的な大統領であった。健康に気を使い、家族との時間を大切にしており、国民の権利を平等に保証する。最大公約数的な指導者だ。
しかし、世界の半分を掌握し、背負っているにしては平凡な男だ、アレンは率直にそう感じた。
『おいアレン、まーた黙りこくって考え事か?』
会話に参加していなかったアレンをヘクターが茶化してきた。
「いや、別に」
『ま、どうでもいいが、もうすぐアルジェリア軍の誘導部隊と合流するはずだ。一応気を引き締めておけ』
「ああ」
すぐにエアフォース・ワンから同様の指令が伝えられる。スノースピアを含めた護衛部隊は隊列を多少変更し不測の事態に備えた。
五分後、アルジェリア軍のクレイバードがレーダーに映り、次第に目視でも確認できる距離まで接近してきた。
ユーラシアの第二世代機、それも欧州では前線に出てこないぐらいの旧式だ。ただ、それよりもカラーリングや武装の仕様が微妙にズレた機体達が、息の合った規律正しい飛行を見せていることが目に付いた。
「アルジェリア軍にも腕の良いパイロットがいるんだな」
自前でクレイバードを開発できない国にパイロットを育てるノウハウがあるというのは意外だ。しかしヘクターが即座に否定した。
『PMSCに外注してるんだ。で、そこにはアフリカ戦争時の脱走兵やら最近の亡命軍人がうじゃうじゃいる』
ヘクターにとってはかつての同僚、他の者からすれば先輩達というわけだ。
『昔聞いた話だと、パシフィックとユーラシアの元軍人共が同じ釜の飯を食ってるらしい』
「そうなのか」
不思議なことなのだろう。アレンにも想像はできなかった。
『笑い話……ではないですね。明日は我が身だ』
ダリルが神妙に呟くとヘクターも深く頷いた。
『さあ余計な話はここまでにしよう。もうじき到着だ』
空港に着陸した一行のうち大統領や高官、シークレットサービスは用意されたホテルに向かい、護衛機のパイロット達はクレイバードもろとも空港内の格納庫で待機するように命じられた。
空港の周囲は急造の対空砲やミサイルで埋め尽くされ、勝手に飛び立てば木っ端微塵にされるようになっていた。アルジェリア側からすれば護衛機の同行を認めただけでも大き過ぎる譲歩だ。
とは言ってもせっかくここまで来たのに殺風景な空港に詰め込まれることには、少なからず不満を抱く者もいた。主にダリル。
最高クラスの軍事機密である最新鋭クレイバードを第三国の施設内に放置するわけにはいかない。
そう護衛部隊の隊長はしたり顔で説明に当たっていたが、格納庫のゲートが開いた時、それは大きな間違いだと全員が悟った。
スノースピアの面々にとっては忘れられるはずもない、あの赤いクレイバードが鎮座していたのだから。




