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File.20 敗北の延長

 大西洋に日が沈み、薄暗くなった海上プラントに照明が灯りだす。


 アレンは居住プラントの甲板で海を見つめ佇んでいた。隣にはヘクターもいる。


 カンナのクレイバードが墜とされた後、スノースピア隊の全員に退却命令が出され、有無を言わさずこのプラントに帰らされた。アキだけは身内だということでグラナダに残ることが認められたものの、行動をかなり制限されているようだ。


 昨夜、ユーラシアの地上戦力が撤退を開始したのに呼応し、クレイバード四機と通常の履帯型戦車三両を含む一個中隊で捜索隊が組まれた。捜索隊は反撃のための主力部隊とともに進軍し、深夜十一時頃、まだ息のあるカンナと彼女のクレイバードを発見・回収したという。


 その報告が来てから時計の短針は一周半回った。現時点で続報は無い。

 アレンが今ここで何もせず突っ立っているのも、ヘクターと共にギルグッドへ掛け合って徒労に終わった後だからだ。


「カンナ姉さん、生きてるかな」


 ぽつりと足下に向けて呟く。


「さあな」


 ヘクターは黒く染まりつつある空を眺めながら返した。そこに込められた感情を読み取れず、アレンは後悔を口にする。


「俺達が赤いやつを殺っておけば、姉さんは無事に帰って来たと思うか?」


「さあな、IFの話は好みじゃないんだ」


「……そうだよな」


 既に確定してしまった過去だ。今更どうしようもない。


 それでもアレンは、手の届かないところで仲間が死にかけていることに悔しさを抑えきれなかった。

 こいつのせいだ、と拳を叩きつける相手でも存在すれば幾分か楽だったのかもしれないが、あいにく今度の事態にそんな都合の良いものは無い。ギルグッドの采配は混成アルファが任務を達成できたことを考慮すれば正解だったし、敵の目的がスノースピアの撃墜そのものであるという可能性など誰一人として考えつかなかった。


 強いて言えば自分自身だろうか。アレンは皮肉っぽく口の端を上げる。

 直接カンナを傷つけたのは赤いクレイバードだが、そのパイロットに責任を押し付けたって仕方がない。敵が引き金を引くのは水が上から下へ落ちるのと同等に自然だ。


「ま、俺達にできるのは祈ることと、敵に仕返しをすることぐらいだ」


 ヘクターが固い決意を顔に浮かべ、低い声で言い放った。

 アレンも頷いて同様の決心を抱えようとしたが、不意に背後からかけられた言葉に水を差される。


「そうもいかないみたいですよ」


 若干くたびれた軍服姿のマイクが物陰から現れた。


 またあんたか、とうんざりして首を振るアレンに代わり、ヘクターが尋ねる。


「『そうもいかない』ってのはどういうことか聞かせてもらおうか」


 マイクはにやりと笑うと、まるで他人事のように淡々と語り出した。


「今日の正午あたりでしょうか、ホワイトハウスにユーラシアのドーフライン最高議長から停戦の申し入れがあったそうです。本国ではそれに応じるという意見が主流になっていますね」


 これにはアレンも目を見開く。それほどに「停戦」という言葉は思いもよらなかった。

 ヘクターは困惑を誤魔化すように何度か咳払いし、やっとのことで話し始める。


「停戦の申し入れだけならまだしも、それに合意するとはな。このままいけばベルリンだって陥落させられたろうに」


「案外、財政面は芳しくなかったみたいですよ。戦時国債が売れる時代でもありませんし、増税にも限度がある。個人的に、一年以内には決着をつけるだろうと予想していましたが、思ったよりも早かったですね」


「いつの時代も戦争は金ってことだな。無理に続けてしっぺ返し食らうよりはマシだ」


 ヘクターは豪快に笑って、そのままどっかりと地面に胡坐をかいて座った。


 数分前にはカンナのことで報復を決意していたのが嘘のようだ。それぐらい自然と態度を切り替えたヘクターに、アレンは違和感を覚えた。

 いつも鬱陶しいほどに仲間の面倒見がいい彼らしくない。

 もしこれが兵士として生き続けるための処世術なのだとしたら、あまり愉快に思えなかった。

 だが、それを責める権利は自分には無いだろう。


 アレンは、自分一人ではカンナの容態を漠然と心配するだけで、それを知ろうとか様子を見に行くために交渉したりだとか、そんなことはしなかったに違いないと分かっていた。


 そのため、何かもやもやしたものを胸に詰め込んだままこの場を離れようとした。二人に背を向け歩き始める。


「大事なことを忘れていました。カンナさんについても情報が得られましたよ」


 マイクがアレンにも聞こえるようわざとらしく大声で言った。


「意識は戻っておらず安心できる状態でもないですが、今はまだ生きているそうです」


「……そうですか、ありがとうございます」


 アレンは足を止め、振り返らず簡潔に礼をした。ヘクターも心底ほっとしたような声で続いた。


「そうか、それが聞けて良かった。ありがとう。しかし、記録官殿はそんな重要そうなことを我々に話しても大丈夫なのか?」


 マイクは頭を少しかいて、短く笑う。


「大丈夫ではありませんよ。ですから、明日あたりの正式な発表までどうか内密にお願いします」


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