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File.18 不本意な決着

 赤いクレイバードのパイロットと言葉を交わした後、ヘクター達との通信に戻った。特に何があったか聞かれなかったので、彼女とのことは話さなかった。

 そして、ユーラシア側がスノースピアの増援を探知したのとほぼ同時刻に、アレンらにも通信を受け取る。


『こちらスノースピア・ブラボーワン、ロジャーだ。状況を簡潔に説明してくれ』


 混成ブラボー隊の臨時隊長となったロジャー・イザード中尉だ。優勢を作り出しつつあったアルファ隊であったが、ブラボー隊の応援は素直に嬉しい。

 ヘクターがロジャーに戦況を説明している間、アレンはアキへ個人回線を繋げた。


「正直、助かったよ。八機いれば早く決着がつく」


『残念ながら応援じゃなくて、交替よ。この戦場は私達が引き受けるってこと』


 アキからそう返され意表を突かれるとともに、一抹の不安が湧き上がる。


「そうか……じゃあ気を付けてくれ。相手は全員手練れだよ。特に赤いやつはかなり強い」


『あんたにそう言わせるってことは相当みたいね。りょーかい、警戒しておく』


 その後、カンナも混ぜて数言交わしたあたりで、ヘクターから部隊に命令が下った。アキから聞かされたのと同様、この場をブラボーに任せて本来の任務へ戻る、とのことだ。


「それじゃあアキ姉さん、カンナ姉さん、気を付けて」


 不安の影は拭い去れなかったが、これ以上できることもない。


 凍えた手で素肌を撫でられるような心地の悪さを感じながら、アレンは戦場を離脱した。

 ユーラシアのクレイバードはこちらを追う素振りを数秒だけ見せたが、すぐに別の陣形を組み始めた。じきに到着するブラボー隊に備えているのだろう。

 その中心で赤いクレイバードは、あの少女は、飛んでいた。



 

 アレン達を見送ったアキとカンナは他の二人に先行してスノースピアの速度を上げる。のんびりしていてはアルファ隊が背中を叩かれてしまう。


 勢いあまって隊列を崩してしまい、ロジャーから制止の声が飛んできた。


『急ぎ過ぎるな、双子姉妹。あの殺人マシーン四人組でも三機しか減らせてないんだ。自分達の力量と役割を考えろ』


「分かってる。『足止めに専念』でしょ」


 アレンやヘクターとの実力差は身に染みて理解している。あの二人が苦戦した敵と真正面から戦えば敗北は必至だ。


『ああ、付かず離れずの距離を取って釘付けにする。格闘戦は最後の自衛手段だ』


 二分後、レーダーに機影が映る。予想よりもいくらか早い接触に四機は急速旋回した。なおもユーラシア側は追撃をやめずに加速する。目的通り釣れたのはいいが、このままでは追い付かれて飲み込まれかねない。


 カンナがいら立たし気に口を開いた。


『こっちの増援はいつ来るの!?』


『前線はただでさえ人手が足りてない。チャーリー隊も今頃泣き言吐いてるだろうな』


 増援は期待できず、アレン達が任務を終えるまでここで逃げ回らなければならない。通常なら簡単ではなくとも困難な命令ではないだろう。だがしかし、今回は敵の精鋭部隊が他の物には目もくれず、たった四機に明確な殺意を向けてきていた。


「もしかして、あいつらは私達を殺すのが目的?」


 そんな想像を思わず口にした。


『馬鹿な、何の得がある』


『ロジャーの言う通りよ。全速力で逃げ回ってる私らを墜とすより、後ろで基地の防衛でもしてた方が楽だし、意味がある』


 ロジャーとカンナに相次いで否定された。アキ自身も二人と同じ考えを抱いているが、それでは現状の説明がつかない。

 じりじりと縮まる敵との距離に歯噛みしていると、コクピットに警報が鳴り響いた。


「後方よりAAM接近!」


 ニ十発以上だ、技術で躱せる数ではない。叫びながらフレアを焚いて回避行動に移る。

 大きく側方に機体を逃がしてミサイルを避けた。周囲に目をやると全機無事に回避できたようだ。

 しかし喜んでいる暇は無かった。


『っ! 喰らいつかれた!』


 カンナが忌々しそうに吐き捨てる。敵クレイバードに機銃の届く距離まで接近を許してしまった。


『仕方ない、自由戦闘を許可する! チャンスがあったら離脱しろよ、勝てる状況じゃない!』


 ロジャーの指示はひどく弱気だったが、アキ達にしてみれば当然の話だった。これまで一機も撃墜されずに、輝かしい戦績を誇っているスノースピアとはいえ無敵でも不死身でもないのだ。

 一部のエースを除いて、倍の敵に囲まれれば苦戦するし三倍の敵には殺される。そういう運用をされてこなかっただけなのだ。基本的に撤退の許される出撃しか経験が無く、危険は避ければよい。その結果が不敗神話だ。


 そこでアキは一つの仮説に到達した。


「やっぱり、狙いは私達ってことね」


 やけくそで短絡的な大規模侵攻も全ては神話を崩すため。それも件の赤いクレイバードによって遂行することで、新たな物語が打ち立てられる。

 だとすれば離脱のチャンスなど巡ってくるはずはない。

 腹を決めて操縦桿を握りなおしたアキに、カンナの声が届いた。


『赤いのをやる! アキ姉、援護お願い!』


 カンナの野性的な勘の良さに思わず笑みが零れる。ただ単に功を焦っているなら感心はできないが、どちらにせよ好都合だ。


「オーケー!」


 アキは機体の高度を上げ、敵陣に一直線で向かっているカンナ機の斜め上についた。


『お、おい! わざわざヤベえのを相手にするな!』


 ロジャーが驚いて甲高い声を上げている。


「私達が生き残るにはこれしかないの、信じて!」


 彼はアキの言っている意味を測りかねていたが、無理矢理納得したようだ。機体を反転させ、アキの後方についた。


『お前の頭の良さだけは買ってるからな、とりあえず信用するぞ』


「ありがと! 後ろは任せる」


 ロジャーはヘクターやアレンほどの実力は備えていないが、その分、思考が柔軟だ。こういう状況では案外頼りになる。


 アキは左翼側の機銃を真下に放ち、カンナを追っていた敵機に弾丸を浴びせた。数発が命中したようで、ユーラシアのクレイバードはバランスを崩し高度を大きく下げた。

 あの程度の傷では自己修復で十分もすれば復帰するだろうが、深追いする必要は無い。

 既にカンナは赤いクレイバードと壮絶なドッグファイトを繰り広げていた。急停止に急反転、最新機の性能をフルに使い、見ているだけで具合の悪くなる戦いをしている。


『この赤いのっ! すばしっこくて……しつこい!』


 カンナの声に疲労が混じっていたが、アキとロジャーはカンナに近付く敵を振り払うことに注力した。二人の背中はニールが守っている。口数少なく手堅い仕事をやってくれる男だ。

 カンナは機動力だけならアレンに匹敵するはずだ、周囲への警戒を一切捨てればの話ではあるが。その彼女でも赤い機体を仕留め切れていない。


 これが続けばこちらは物量差ですり潰される。

 アキが状況打破のための策を考え始めた時、カンナの短い呻きが聞こえた。


「カンナ! どうしたの?!」


『ちょっとミスった! 後ろに付かれたみたい!』


 アキは僅かに集中を怠った自分を心の中で罵る。


「今引き剥がす!」


 機首を下に向け、カンナ機に近付こうとした瞬間、ミサイルがすぐ前を横切った。


『すまん、二機に抜かれた』


 ニールが静かに言い放つ。考えられる限り最悪の状況だ。

 アキは機体を回転させ敵に向き直る。他のクレイバードと何ら変わりないはずなのに、気圧される。

 AAMと機銃の牽制弾で振り切ろうとしたものの、敵機はいとも簡単にそれをすり抜けた。


「ごめん、カンナ。すぐには行けそうもない!」


『大丈夫、こっちで何とかする』


 アキは舌打ちし、再度敵のクレイバードに向けてミサイルを撃ち込む。当てるつもりで、だ。

 相手は翼のブースターを巧みに使い、平行移動するようにアキの攻撃を躱し、同時にミサイルを放ってきた。

 相手に倣い、アキも横に避けたが、マズい回避だと自分でも分かった。回避先を予想されている可能性が高い。

 敵機に視線を向けると、その銃口は今のアキの位置ではない、おそらく数秒後の。

 止めようのない物理法則に身を任せ、死を覚悟したが、AAMも機銃用の大口径弾も飛んでこなかった。

 そして、呆然としているアキの耳に短く、鋭い悲鳴が入り込んできた。


『クソっ、これじゃあ……きゃっ――!』


 生まれてから一番身近に聞いてきた少女の声が、ぶつりと不快な音と同時に途切れた。


「っ――!」


 声が出ない。言語化のために現出した一瞬の隙間に、あらゆる記憶が、思いが雪崩れ込んでくる。

 その分、選び取った行為は単純だ。


「殺してやる!」


 この場から離れようとしている赤いクレイバードに追い縋る。でたらめに機銃を乱射し、銃身保護のストッパーが作動したらミサイルに切り替え全弾を撃ち尽くした。


 全ての殺意は空を切って、敵の影はあっさりと遠ざかる。もはや追い付くことすらも叶わない。

 それでもなお諦めないアキの前にロジャー機が立ち塞がる。


「どいて! 邪魔をしないで!」


『冷静になれ、今追ったところで死ぬだけだ』


「うるさいっ!」


『ったく、こんな時こそ少佐の出番でしょうが』


 面倒な時に責任者となってしまったロジャーが、この場に居ない老兵への文句を吐き出す。


 アキはその横をすり抜けようとしたが、機体はがくんと揺れ、前につんのめった。

 頭を振って何が起きたかを確かめた。両翼から上にワイヤーのようなものが伸びているのを見つける。物資運搬用のアンカーが上方に位置づいたニール機から撃ち込まれていた。

 稀に輸送ヘリの代わりを務めることもあるクレイバードには頑丈なワイヤーアンカーが搭載されている。それはクレイバード同士での構成素材の授受にも使用されるため、射出されたアンカーは流体金属の機体に「埋まる」のだ。

 そして御覧の通り拘束という用途もあり、このように接続された機体は任務権限の大きい側によってコントロールを握られる。混成ブラボー隊の隊長はロジャーで、副隊長はニールだ。アキは操縦権を奪われ、沈黙するしかなかった。


「……救助隊をすぐに出してください」


 カンナのクレイバードは墜落したものの、空中で四散したわけではない。生存の可能性は少なからず残されている。


『分かってる、あいつはそう簡単にくたばらないだろう。全機、直ちに帰還する』


 アキは操縦桿から手を離し、狭いコクピットの中で体を丸めた。

 パシフィックとしてもスノースピアとそのパイロットは何としても回収したいはずだ。即座に救助隊及び捜索隊が組織されるだろう。

 しかし、その要素のどれもこれもがカンナの生存を裏付けるものではないことを、アキは理解していた。


「ごめん……カンナ……」


 嗚咽しながら漏らした言葉に応える声はなかった。


 戦う、という選択は本当に正しかったのだろうか、アキは自問する。

 おそらく正解だっただろう。しかし正しい選択が最良の結果をもたらすとは限らない。

 多少の損害を無視して離脱を図れば、負傷はすれど撃墜されることはなかったかもしれない。ユーラシアの部隊は矛先をアレン達に向けるだろうが、彼らが何とか切り抜けることも十二分にあり得る。


 だが、どんなに考えを巡らせたところで時計の針は戻せない。目の前の無機質な現実を進むしかないのだ。


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