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File.16 混成アルファ隊、接敵

 アレン達の混成アルファ隊はグラナダで補給した後、前線の敵機が一部撤退したとの報告を受け出発した。


 ユーラシア側の策略だとしても敵が少ないに越したことはない。力で切り抜けるだけだ。

 夏の太陽がまだしぶとく浮かぶ中、粛々と戦線の上空を突っ切る。眼下には点々と爆炎が煌めいていた。


「そろそろ共振周波通信に切り替える。チャンネルはどうする? 希望があるやつは五秒以内に言え」


 ヘクターがざらざらとした無線で全員に呼び掛ける。特に希望のないアレンが黙っていると、ダリルのやかましい声が入ってきた。


「066にしましょう、少佐。その方が気分がいい」


 後で知ったことなのだが、これはかつての大戦で行われた最大規模の作戦が決行された日付らしい。


「なるほど、そうだな。全員、チャンネルは066だ」


 指示に従って共振周波通信を作動させる。機体が生き物のような唸り声を上げた。クレイバードの鳴き声は地上の士気にも影響がある、そう誰かに聞いたことをアレンは思い出す。


「そういえば、少佐と飛ぶのも随分久しぶりですね。おかげで俺のスコアは上がりましたけど、部隊全体だと微減しましたよ」


 感慨深そうに、それでいて本心ではどうでもよさそうにダリルが言った。


「対空砲火が尋常じゃないんだから集中しろよ、ダリル」


 口数の多いダリルにアレンが苦言を述べると、結局ぺらぺらと返答が来る。


「お前には言われたくないな。しょっちゅう黙りこくって下らねえ考え事してるだろ。俺は出来がいいから喋ってたって集中できるんだよ」


「はいはい、分かったよ」


 スノースピアのパイロットはほぼ例外なく戦いに関して現実感に乏しい。それがある部分で強さに繋がっているというのはあっても、「自分だけは死なない」と思っている節があるのをアレンは快く思っていなかった。


 現実としてスノースピアは誰一人墜とされたことがないのだから、そう勘違いするのも無理はない。


 けれども、最初の一人目は一秒後に出るかもしれない。

 自分の死は見えないからまだマシだ。

 味方のクレイバードが火を噴いて落ちていく光景は見ていて気持ちの良いものではない。

 そんなアレンの心配など知ってか知らずか、本来のアルファ副隊長ジェフが何かを思い出したようで、緊張感無くゆったりと話し始めた。


「そういや、さっきグラナダで聞いたんだが、ユーラシアの新型機がちょっと前から配備されてベテラン二人が餌食になったらしい。真っ赤でド派手な機体だとよ」


「その話は俺も聞いたぞ。第三世代機かもしれないってな」


 ダリルも頷くように加わってきた。


 パシフィックの独壇場だったクレイバード開発で追いつかれたとなるとかなりの一大事だが、アレン達には何の報せも無いというのは気がかりだ。同じ疑問をヘクターも口にした。


「確定情報じゃないにしても、ちょっとくらいは教えてもらいたいものだな」


「モルモットが知る必要は無いってことでしょうよ……ん?」


 冗談めかして応えたダリルの声が微かに張り詰めた。他の三人もすぐにレーダーを注視する。


 アレンは画面に続々と映し出される点が増えていくのに、戸惑いを隠し切れない。全身の筋肉が無意識に強張るのを感じた。


「二時の方向に十機以上いる。ヘクター、どうする?」


 ヘクターは隊長らしく、まるで朝食後のコーヒーを注文するかのような冷静さで指示を出す。


「豪勢な歓迎を受けるのは面倒だ。相手にせず進路を北側に変更しよう」


「追ってきたら?」


 敵の数はこちらの三倍以上だ。半分で来たってお釣りが出る。

 アレンの問いにヘクターは吐き捨てるように笑った。


「後悔させてやれ」


「了解」


 今の会話で他の二人の士気も上がったようだ。相変わらずヘクターの手腕には感心してしまう。彼が求められているタフな老兵を上手く演じることの効果は、本人が考えているよりも絶大だ。


 機首を進行方向から三十度ほど左に向け加速したところで、全員に動揺が広がった。


 事態はアレンの懸念を悪い方向に上回り、敵クレイバード全機がこちらを目標に定めたようだ。

 戦線に向かう部隊とすれ違ってしまっただけ、とアレンですらそう予想していたにもかかわらず、結果はこの状況。


「やるしかないみたいだな。射程内に入ったら俺とアレンで突っ込む、ダリルとジェフは援護を頼む」


 勝手に突撃のお供を任命されたアレンは苦々しく笑った。とりあえず信頼の証だと思ってありがたく受け取っておくことにする。

 四機は一糸乱れぬ急旋回を見せて、迫りくる敵と向かい合った。レーダーに映っている敵影は十八。滅多にない戦力差だった。

 ヘクター以外の三人は接続深度を上昇させる。無駄口の多いダリルでも事の深刻さは理解しているようだ。アルファの二人が安全範囲内での最大値に設定したのに対してアレンはさらに一割ほど高く、許容値の五〇%にまで上げた。


 電流が走ったかのように四肢が震え、猛烈なめまいと吐き気に襲われたが、すぐに治まる。


 顔を上げて強化された目を凝らすと、それは見えた。


「赤いクレイバード……あいつが……」


 ユーラシアの新型、スノースピアと同じ第三世代機。


 鮮血のように艶やかな深紅は嫌でも目に焼き付いた。空気を切り裂く有機的なフォルムは皮を剥がれた鳥を連想させる。

 静寂が空を支配し、誰のものかは分からないが、息をのむ音が聞こえた。


「お前ら全員ビビってるのか? らしくないな」


 ヘクターが飄々とした調子で煽り気味に言葉を投げてくる。


「何言ってるんですか、少佐。久々に骨のある相手と戦えそうでうずうずしてるんですよ」


「右に同じく。第三世代機を墜とせる機会なんて今まで無かったですからね」


 ダリルとジェフが続けざまに武者震いだと弁明し、必然的に皆の関心は残ったアレンに注がれた。

 自分はあのクレイバードをどう感じているのだろうか。


 同世代機としてのライバル意識なんて持ち合わせてはいない。憎い敵だとも認識していない。


 ざっと頭の中をさらってみても答えは浮かんでこなかったが、結論はいつも決まっている。


「赤も白も関係ない。絶対に勝つだけだ」


 アレンは自分へ命じるように宣言した。命が懸かっている以上、誰であろうと負けるつもりはない。


「その意気だ、俺達の本気を見せてやろう。さあ行くぞ!」


 満足げに笑ったヘクターは先陣を切って飛び出す。アレンも躊躇なくその後を追った。

 恐怖なんてものは微塵も無い。これまで過ごしてきた時間の中で最も生を実感し、頭が澄み渡っている瞬間だった。


 今なら天使だろうと蜂の巣にできそうだ。


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