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File.12 レコンキスタ作戦

 侵攻作戦を翌日に備えたクリスタ達は、束の間の休養を与えられていた。すぐ近くまで到達している陸軍に補給物資を届けるのでてんやわんやな基地の中では、少々居心地が悪い感じもするが、「休め」というのは命令なのだ。

 久々に満足な睡眠をとれたクリスタは、温度と水量の調節がピーキーな部屋のシャワーと格闘し始める。


「立派なのは見た目だけみたいですね」


 高級ホテルに匹敵する外観の部屋・設備であるが、実力はそこらの安宿レベルだった。取り繕ったところで中身は最前線の小規模な基地なのだ。

 クリスタは熱いよりはマシ、と冷水寄りのぬるま湯で体を洗い終えて、適当なジーンズと黒いTシャツを着る。数少ない私物の一つだった。


 鏡の前に立ってドライヤーで髪を乾かしながら、改めて作戦概要書に目を通し始めた。


「〈レコンキスタ〉なんて大層な名前貰っちゃって……」


 形勢逆転を狙った最大規模作戦などと銘打たれているが、侵攻後の補給ルートや反撃予想などまともに決定していない時点で作戦の体をなしていない。

 スワンを誘き出し、それを打ち破る。停戦するだけだというのにそこまでの理由が必要なのだ。一体どれだけ無為に死ぬだろう。

 髪をさらりと撫でて、ドライヤーの電源を切った。書類をベッドの上へ無造作に放り投げながら、ソファへ腰を下ろす。

 一息ついたところで部屋のドアがノックされる。しっかりと耳に届くが威圧感を抱かせない丁寧な叩き方からしてカミラではない。


「はい、今行きます!」


 扉の向こうに呼び掛けながらクリスタはジャケットに袖を通し、クローゼット横の鏡で身だしなみを素早くチェック、ドアを開けた。

 そこに立っていたのはバルテスだった。


「あ、バルテス中尉、お待たせしました。何か御用ですか?」


「ルアノ大尉がお話したいと、差し支えなければ来ていただけませんか?」


「大丈夫です。問題ありません」


 快諾したクリスタはバルテスと一緒に、カミラの待つ食堂へ向かう。

 クリスタは狭い通路を進みながら、何気なくバルテスの背中に話しかけた。


「中尉は私のことをずっと『大佐』とお呼びなさるんですね」


 彼の気質なのだろうが、少し近付き難い印象を持ってしまっている。モデルのような繊細な顔立ちも表情が少ないと、マネキンのようで微妙に怖い。


「大佐も私のことを『バルテス中尉』と呼んでいっらしゃいますよ」


「それは、えーと、申し訳ありません……シャルルさん?」


 至極もっともな指摘が返ってきてぎこちなく対応するクリスタに、バルテスは微笑を向けてきた。


「ご無理なさらず。私は真面目なのが好きで勝手にやっているだけです。それにルアノ大尉もエドガーも規律から縁遠いタイプですから、私が防衛ラインにならないと」


「たしかに、それはそうですね」


 カミラやバルテス、双方の種類の人間が揃っていなければ、最前線でここまでの士気は保てないだろう。いささかバルテス側が劣勢な気がしなくもなかったが。

 バルテスと並んで食堂に足を踏み入れた。山を掘って建設された基地だが、食堂には窓が存在している。残念ながら外は見えないものの、小さめなスペースの中に観葉植物や色鮮やかな花を植え、四匹の鳥も飼っている。


 一週間以上外出はおろか外を見ることすら叶わなくなる、ということも珍しくないため、ストレス緩和の配慮として設置されたという。他にもなるべく天井を高く設計するなど、様々な工夫が凝らされていた。

 そんな食堂の一角にカミラとエドガー、そして待機中のパイロットが数名、合わせて一〇人近くがテーブルを囲んで待ち構えている。

 クリスタに気付いたカミラは咥えていたタバコを灰皿に押し付けると、口を開いた。


「すまないね、休み中のところ呼び出して」


「いえ、大丈夫ですよ。それよりも皆さん集まって何を?」


 カミラの正面、ぽつんと空いた席に座った。

 集まったパイロットの顔を見渡す。クリスタは一応同僚の顔と名前は全員把握しているが、全く話したことのない者もこの場に居た。


「ああ、あんたに話しておきたいことがあるんだ。明日から忙しくなるし、今のうちにね」


 普段は明るく軽快に振舞っているパイロット達の真剣そのものな表情に、クリスタは戸惑い気味に頷く。

 クリスタの意思を見定めるような眼差しを送ってきていたカミラは、ぱっと笑って話を切り出した。


「たぶんスワンが現れるのは明後日以降だと思うけど、あらかじめ言っておきたいのさ。『スワンを倒す』それが第一の目的だということを忘れないでくれ」


「どういうことです?」


 思わず聞き返す。忘れたつもりなどない。


「スワンを墜とせばこの戦争は一時的にでも終わる。そうすりゃ誰も死ななくて済むんだ。私らだけじゃなくて、ライフル抱えて走り回ってる坊や達もね。まあ何が言いたいかっていうと、仲間を囮にしてでも、いや、盾にしてでも奴らに勝ってほしいってわけさ」


 カミラが言っていることは十分に理解できる。仲間を一人助けるために好機を逃し、戦いが長引けば、救ったそれの何倍も命が失われる。いかなる犠牲を伴ってでもスワンを早く撃墜することが、一番多くの命を救うことになるのだ。


 それぐらいは分かっているが、首を縦に振ることができない。

 そして、それこそがカミラがわざわざこんな機会を作って、クリスタを呼んだ理由だ。


「あんたはいいやつだよ。だから私らを見殺しにしようがしまいが、どっちにしろ後悔しちまうんだろ? だったら助かる命は多い方がいい」


「分かってはいます……ですが……」


「なぁに! こちとら簡単に死ぬつもりはこれっぽっちも無いよ。ただし、スワンに勝ってこの戦争を終わらせられるのは、クリスタ、あんただけなんだ。だから私達は命を懸ける。生き残るために、ね」


 なぜ自分なんかにここまで、その言葉をクリスタは飲み込んだ。クリスタに賭ける、そう覚悟し選択した彼らの意志を穢すような真似はしたくない。

 クリスタは勢いよく椅子を引き、立ち上がった。


「私が……絶対に、だれ一人失うことなく、スワンを倒してみせます!」


 カミラは少し笑って胸ポケットからタバコを取り出すと、鈍く光るライターで火を灯した。


「できるよ、あんたなら」


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