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File.9 意味のある将来設計

 頭の真上に昇ろうとしている太陽が、海上プラントのざらっとした床に白く照り付ける。


 こちらの時計で深夜〇時頃に前線の通信拠点が攻撃された、という報せは入っていたが、スノースピア隊には特にこれといった指示は与えられなかった。


 今日は誰にも仕事が無く、クレイバード用のプラントがまるまる自由使用可となっている。

 そのため、いつも大して気を張っているわけでもないパイロットや整備士達が青空の下、息抜きのサッカーを始めた。

 機体を脇に動かしたり、わざわざ整備プラントに運んだりしてスペースを空け、パイプを組み合わせて作った即席のゴールが配置されたコートだ。


 そして同じく整備班が設営してくれたタープテントの下でアレンはくつろいでいた。

 適当なバックパックを枕にしながら粗雑で力任せなサッカーを眺める。


 軍人だけに身体は頑丈だから、それで良いのかもしれないが、もし怪我でもしたら大目玉を食らうだろう。アレンには無邪気にぶつかり合う彼らの気が知れなかった。

 特に一回り二回りも体格差がある男どもに混じってプレーするカンナについては、正気を疑わざるを得ない。

 まあ本人が楽しければそれが一番だ。アレンは一人勝手に頷いて昼寝を始めようと目を閉じた。


 けれども頭上から笑い声が降ってきて阻害される。


「ったく、お前は暇さえありゃいつでも寝てるな」


 ヘクターが日に焼けた顔でアレンを見下ろしていた。空軍迷彩柄のズボンにオリーブドラブの半袖シャツという、お気に入りの軍人スタイルを決めている。両手にはコーラの瓶を携えていた。


「俺の勝手だろ。休みたい時に休むんだよ」


 アレンは眠たげに言い返しながらも、上半身を起こしてコーラと栓抜きを受け取る。


「体は動くうちに動かすもんだぞ。もうこの歳じゃあアレに入れないからな」


 ヘクターはカンナ達を顎で示しながらアレンの隣に腰を下ろした。


「そういえばアキ姉さんは? あんたと一緒じゃなかったのか」


 コーラの栓を外し、栓抜きを返しながら尋ねる。基本的にカンナかヘクターにくっ付いている彼女の姿が見えないのは珍しい。


「あいつなら食堂で記録官殿と仲良くティータイム中だったぞ」


「姉さんは随分とあいつが気に入ってるんだな」


 マイクが頭の回る男なのはアレンも認めるところだが、それを考慮しても有り余る変人っぷりだ。同じ空間にいるだけで疲れるというのに。

 人が考えていることは正直よく分からない。女だとなおさら。


「まあ、マイクってやつもあの歳で少佐だ。そこそこエリートだし物件としちゃあ……かなりいい。戦後のことを考えるなら正解だな」


「へえ……」


 以前は恋愛なんか全く興味ナシだったアキが最近色気付き始めたのはそういうわけか。アレンが抱えていた三ヶ月前からの疑問が解決した。


「意外とみんな色々考えてるんだな」


 純粋な感心の言葉を呟いて糖分たっぷりの液体を喉に流し込んだ。

 アレンのそんな様子を見てヘクターは低く笑った。


「生き残れるか分からないから先のことを考えるのは無駄だ、と考えるか、生き残れても野垂れ死んだら意味がない、と考えるか。俺は後者を勧めておく」


「そういうものか……」


「お前は寝ること以外に、何かやりたいことはないのか?」


 呆れ顔のヘクターにそう聞かれたアレンはコーラをまた一口飲み、考えてみた。何かあるだろうか。

 アレンが黙って頭を捻っていると、ヘクターがじれったそうに問いかけを続ける。


「別に今やりたいことじゃなくてもいい。昔やりたかったことや、これから先したいこととか」


 昔かこれから先か、正反対のようで全く一緒に感じる。どちらかが空っぽなら、もう片方も満たされることはない。


「俺はパイロットになるまで何もやってこなかったから……何も浮かばないよ」


 十年以上施設にいたが、何をしていたか全然思い出せない。一日の記憶と一年の記憶の境目が判別できなかった。


「それもそうか、そうだよな」


 ヘクターはこれといった感情は出さず静かに頷いた。と思ったらすぐにこちらを向いて口を開く。


「じゃあ、クレイバードで飛ぶのは好きか?」


「は?」


 突然何を言い出すんだこの老いぼれは、とまでは口に出さないアレン。


「飛ぶのは好きか? って聞いてんだ」


「どっちでもないよ。それしかやることがないだけだ」


 アレンの返答は意に介さず、ヘクターは、よしっと気合を入れて立ち上がった。


「お互い暇だ。久しぶりに一対一で勝負をしないか?」


「模擬戦か……まあ、いいけど」


 皺の目立つ顔に子どもっぽい笑顔を浮かべるヘクターに対し、抵抗する気力も失せたアレンは差し出された腕を力強く掴んで起き上がる。


「最初に戦ったのはいつだったかな?」


 眉間にしわを寄せて記憶の棚を漁るヘクターに、アレンは素っ気なく応える。


「一年半前、あんたの勝ちだ」


 訓練場の教官すら手玉に取って圧倒していたアレンには数少ない敗北の体験だった。


「その次は?」


「去年の年末……あんたの勝ちだ」


「三度目ってわけだ。いい加減老兵を超えてみろ」


「努力はするよ」


 二人は機体が収納されている整備プラントへ歩き出す。誰かがゴールを決めたのか、背後から血気盛んな歓声が聞こえた。


 連絡橋を半ばまで渡った辺りでヘクターが急に足を止める。


「模擬戦用のセッティングとか、司令部の許可とか色々忘れてた……」


「ブレントに俺から頼んでおくよ。あんたは許可を貰ってきてくれ」


「ああ、スマン。先に行って待ってろ」


 橋を元来た方向に走っていくヘクターを見送り、アレンは整備プラントへと歩を進めた。

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