91話 映画
電車に揺られること十分。俺たちは目的の駅で降り、映画館へと向かう。
流石にもう手は繋いでいない。というかあれ以上は俺の身が持ちそうになかった。ただ、握った感触は今も残っていて、雫にバレないよう、それをかみしめるように開いたり閉じたりを繰り返す。
俺たちが降りた駅はショッピングモールの中にある駅で、降りてすぐにモールへと繰り出せるようになっている。なのでここまで来ればもう着いたようなものだ。
「えーっと映画館は」
「二階だよ。あのエスカレーター昇ってすぐのとこ」
「お、詳しいな雫」
念のため下調べをしていたので、雫の示す方が間違いでないことがわかる。
「いや……えっと、たまたま」
「なんだ、当てずっぽうで言ったのか? だとしてもすげえけど」
それにしては迷いなく言ったように見えたが……まあ割と地元だしわからなくは、ないか? でもここ最近映画館できたばっかりだしな。まあいいか。
雫は気持ち早めにエスカレーターを目指し歩いていく。結構混んでいて見失いそうになりつつも、その背中を必死に追いかける。手でも繋げればいいんだが、情けないことにそんな勇気は出なかった。
なんとか追い付き、エスカレーターに乗り一息付く。雫はチラっと俺の方を見てからすぐに目を逸らし、一階の踊り場でやってるよくわからないイベントを眺めていた。
俺もそうしようと思ったのだが、なにか特別な力でも働くように雫から目を離せない。別に身を乗り出していて危ないとかではなく、単に見惚れているのだろう。
雫の今日の服装は白のトップスにブラウンのパンツ。派手さをおさえつつも上品でかわいらしさもある最強のコーディネートだ。
白のトップスはふんわりとしていて袖の丈も眺めだが透けている箇所もあり、夏らしい爽やかな印象だ。それを引き締めているのがシンプルなブラウンのパンツ。少しだけウエストより高めに履くやつらしく、元から長い雫の足が更に長く見える。黒い鞄と黒いパンプスで統一感もあって尚よしだ。
「なに?」
とか思っていると雫に見つかってしまった。逃げようにも逆走などできるはずもなく、前には既にエスカレーターから降りた雫が待ち構えていた。とんだ詰みゲーである。
「すまん」
「……変、かな?」
「え?」
雫は自分の体に視線を下ろし不安げな表情を浮かべる。
「違うって! そうじゃなくて、その……似合ってるなって思ってさ」
言い終わって恥ずかしくなったので目を逸らそうとしたのだが、できなかった。雫が落とした視線を上に向けるにつれて、段々と表情を緩ませていったからだ。
太陽が昇るように明るくなっていく雫の顔に、釘付けにならずにはいられなかったのだ。
きっと、たくさん悩んで、あーでもないこーでもないと悩み倒してここにいてくれているのだろう。表情からそれらが読み取れて俺も思わず口元が緩んでしまう。
「ありがとう……」
しばらくして雫が絞り出した言葉が耳に届く。騒がしい行き交う人の声もお店の賑やかなBGMも比じゃないくらい、俺の心に大きく響いた。
「あ、そこのカップルの方、お水とかどうすか?」
「え、あ、結構です」
動けずにいた俺の体の硬直を解いたのはウォーターサーバーを売っているスタッフ。ウォーターサーバーの拠点を構えているのはだいぶ向こうの方なのに、わざわざここまで話掛けにきてくれたのだろうか。
「どう彼女さん? おうちにあると便利だよ~」
「……ないです」
「え、なになに」
雫はスタッフのお兄さんから逃げるように(というか逃げた)映画館の方へと向かった。
「あら、ごめんねケンカ中だった?」
「お兄さん、空気読めないとか言われません?」
「ええー言われる言われるっ! なに君すごい、もしかしてエスパー?」
「違います」
否定はしたが、一応むこうの世界の魔力の名残があるのであながちお兄さんの方がエスパーかもしれない。
「すいません、もう行きますね」
「うん、もう満足したしいいよ」
「は?」
疑問に思いつつも雫を追いかける。チラリとウォーターサーバーのスペースを見ると、さっきのスタッフのお兄さんがウキウキとスキップしながら戻っていくのが見えた。
他のスタッフも全員男性。ホームランを打って戻ってきたベンチのようにグータッチやハイタッチで歓迎されていた。
なるほど、邪魔しに来たのが目的か。だからあんな嬉々とした顔で。
俺と雫のそれっぽい雰囲気を察して駆り出されたのがさっきのお兄さんというわけだ。ちょっとモヤっとしたが、あそこから自分達の力だけでは動けそうになかったので映画の時間に遅れずに済んだのはお兄さん達のお陰といっておこう。帰ってから虚しくならなければいいが。
「すまんすまん、お、ちょうどいいくらいだな」
柱に持たれていた雫と合流し、チケットを発券。トイレを済ませ、ドリンクを購入するべくまあまあ伸びた列に並ぶ。
「楽しみだな、映画」
「うん、だいぶ」
目をパチパチさせ、チケット上映時間と時計を交互に見ている。本人は平静を装っているつもりだろうが、明らかにそわそわしている。よっぽど楽しみなんだな。
今回、俺たちが観に来たのは有名なミステリー小説を映画化したものだ。そもそも観に行くつもりはなかったのだが、原作者の名前が雫がよく読んでいる小説の作家と一緒だったので、じゃあこれにしようとなった。
ちなみに今の情報は全てLINEでのやり取りによるものだ。雫はLINEだと割と饒舌になるのでだいぶ作品愛のこもった長文を送ってきたりもしていた。なぜだか次の日見たら削除されていたのでもう見れはしないが。
順番が回って来て店員さんから注文を聞かれる。事前に決めていた注文を言おうとすると、先に雫の口が動いていた。雫には伝えてなかったが俺の注文しようとしてたドリンクも当たり前のように頼んでいて、驚いている間にお会計は済み、「持って」とポップコーンを渡された。
「あれ、俺の頼むのなんで知ってるの?」
ポップコーンを落とさぬよう気をつけながら歩く。もう上映案内がされていてこのまま受付へと向かう。
「知ってるよ、そのくらい」
ドリンクで両手がふざかっている雫の分も俺がチケットを見せ、中に入る。
チケット番号と照らし合わせながら自分の達の席を見つけ、着席。後ろの端の席にしたのですんなり座ることができた。
「ていうかお金。忘れるところだった」
「いい」
「おおありがとう。でもそうは言ってもお前」
財布を出そうとする俺の手をドリンクを渡すついでに妨害してきた。
「暗いし。あともう始まる」
「わかったよ。後でな」
雫の言う通り、もうすぐ真っ暗になり上映が始まりそうだ。それに、あまり私語するのもよろしくない。
俺はスパッとこのことは忘れ、映画に集中しようとスクリーンに視線を移す。
「知ってるって、そのくらい」
横に座る雫の声だ。俺にしか聞こえないくらいの声でボソッと呟いた。顔だけ雫の方に向ける。
「幼馴染み」
人差し指を自分に向け、淡々とした口調で放たれた5文字。その短い言葉で納得させられる。雫もこれ以上は語るつもりがないようで、ストローをぶっ刺しドリンクを飲む。
どんな顔をしていたのかは暗くて見えなかったが、声と仕草だけでこの破壊力だ、見えなくてよかったとさえ思う。
上映前の予告が終わり、いよいよ映画が始まると言ったところ。真ん中に置かれていたポップコーンをつまむついでに容器をちょんちょんと触る。たぶん食べていいよということだろう。
お言葉に甘えて一つ口に入れると、塩のしょっぱさが口いっぱいに広がりそれはそれはおいしく感じられた。




