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90話 発車

 ――手を繋いでいる。俺は幼馴染みと手を繋いでいる。俺は幼馴染みである東雲雫と手を繋いでいる!


 頭の中で気色の悪いほど反芻し、なんとか現実を受け止めることに成功。あと数秒もしないうちに発狂するところまで来ていたので安堵する。危ない危ない。


 それにしても、だ。これは本当に心臓に悪い。心臓がうるさいほどに高鳴っている。握っている右手に意識が全て持ってかれていて今まっすぐ歩けているのも不思議なほどに、他のところの感覚がない。


「なんか、今日暑くないか」

「だね。もう夏だし、太陽照ってるし……そのせいかも」

「だよな、夏だし太陽もあるしそうだよな!」


 体温の急激な上昇を季節と太陽のせいにしてやった。今日は雲に隠れておとなしめなのにごめんな太陽。あと夏も。お前のお陰で俺たちは長期休みをいただけるから感謝してるぜ、欲をいえば宿題少なめにしてほしいけど。


 そんな意味のわからないひとりごとでなんとか平常心を保ちながら、なんとか最寄りの駅まで辿り着く。


 休日で駅は割と混んでいて、流石にこの繋いだ手は離さなければなるまい。ただこう、なにもいわずパッと離してしまうのは気が引ける。


「そろそろ電車乗るし、な」

「……だね」


 みなまで言わずとも理解してくれたようで少しだけ握られた手の力が抜ける。しかたのないことではあるが、それがなんだか寂しく思えた。


「……拓実?」

「え、あ、あれ?」


 そのまま離れていくかに思えた手はまだ繋がれていて、なにごとかと思い、見ると無意識に離れる手を俺が逃すまいと掴んでいた。


 俺のバカな右手め全く……。


「ごめん、すぐ離す」

「……いい」


 今度は力を抜いた俺の手を雫の手が引き留めた。


「えっと……ほら、まだ時間あるから」


 雫は目を伏せてこっちを見ようとしない。しかし、確かに手は握られたままだ。俺は代わりに電車の発車時刻を確認し、時計と照らし合わせる。


「……まあそうだな」


 俺たちは改札を通ることはせず駅のロータリー近くのベンチに腰かけることにした。

 ベンチに座って一息ついたころ、ホームの方で電車が停まる音がした。音を掻き消そうとするでもなく、お互いそれを聞こえない振りをしてやり過ごす。


 予定では今のに乗るつもりだったけど、余裕持ってスケジュール組んだしまあいいか。

 

 手を繋いでいるのか添えているのかわからないくらいの力を保ちつつ、俺たちは十数分後にやってくる電車を待った。


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