80話 不穏
「お疲れさまでしたー! 足元に気を付けてお降りくださーい!」
車両が失速し、やがてスタート位置で止まるとキャストのお姉さんの声が響く。
皆が一斉に降りてしばらくしてから腰を上げ、俺は出口の方へと向かった。
にしても未だに信じられない。あの雄牙が――異性への耐性ゼロの雄牙が、ジェットコースターに怯えるアリアの手を握って安心させてあげるだなんていう、英国紳士ばりの気遣いをするなんて……。
「ん、タクミ立ち眩み?」
出口へ向かう途中、足取りの重い俺に気付きエマは不思議そうに問いかけた。
「いや、違う。エマ、もしかしてお前あーなることがわかっててわざとあの二人をペアにしたのか」
「あーなること? ああ、アリアたちのことー?」
「ああ、雄牙の為になんだかんだ考えてくれてたんだな。ありがとな」
アリアも嫌がった感じもなかったし、ある程度は雄牙に心を開いたに違いない。
意外と案外、見かけによらず思いのほか、エマはやるときはちゃんとやるんだよな。俺はもちろん信じてたぜ。
「いやー違う違う。あんなのたまたまだよー」
「へ……?」
「あんなうまくいくなんて私も思ってなかったよー。いやーわからないもんだねー」
俺は足を止め、微笑ましそうに笑うエマを見る。
エマの目線は遠くに見える件の二人に向けられており、今は俯いて歩き会話こそしてないものの、さっきよりお互い心を開いているからか、その物理的な距離も縮まっている気がする。
「……じゃあ、なんで最初あの二人をペアにしようなんて思ったんだ?」
「そりゃー単なる思い付きだよー」
「いや、そんな堂々と言われてもな……」
腰に手を当て「えっへん」と付け加え、エマは誇らしげに言って見せた。
なら結局結果オーライってことじゃねえか……。そんなこったろうと思ったぜ全く。
「あーでも強いていうなら一個だけあるかなー」
「ん、なんだ?」
「あ、あのーすいません。次のお客様控えてますので……」
「あ、すいません!」
足を止め、一向に出口へ向かわない俺たちにキャストのお姉さんは申し訳なさそうに声を掛けた。その声を聞き、駆け足で出口へと向かう。
「タクミが立ち止まるからー」
「すまねえ……」
やや息を切らすエマに軽く詫びを入れる。
出口から出てあたりを見渡すと、修たちは四人で固まって俺たちを待っててくれていた。
「おーいタクミ早く来いよー」
「エマ! 次あれ乗るよ!」
修とセインはこちらに手を振り、次のアトラクションに乗りたくてうずうずしている様子だ。
その横のアリアと雄牙は声は出さないものの、どちらも口の端を緩め俺たちを温かい目で待ってくれている。
「ほら、理由! 似てるでしょ、どっちとも」
みんなの元へ向かう最中、エマはそう話を切り出した。どうやらさっきの続きみたいだ。
「セインと修君はどっちも社交的で感情が隠せないタイプだよねー。で、アリアと雄牙君は本音を隠して意地張っちゃうタイプ。似た者同士だと心開けるんじゃないかなーって。まさかこんなにうまくいくなんて思わなかったけどねー」
エマは言い終えると、走る速度を上げ、いち早くみんなの元へと辿り着いた。
「タクミ次行くよ!」
「早く行こーぜ!」
修とセインが目をキラキラさせ次のアトラクションを指差す。
「遅かったな拓実。もしかして腰抜かしてたのか」
「だらしないな全く……あんなもの恐れるに足りぬというのに」
雄牙とアリアは、遅かったのを心配してくれていたのかホッとした様子でそう言ってくれた。言いたいことは色々あるが今はやめておいてやろう。
「ほんとだな、言われてみると似てるなこいつら」
「でしょでしょー」
セインを筆頭に俺たちは次のアトラクションへと足を進めた。
その間、俺は周りに聞こえないよう、エマと小声で会話する。
「じゃあ、俺たちも似てるとこあったりしてな」
「いやーどうかなー。ないと思うけどー」
「なんだよつれねえなエマ。あっ、優しいところなんて似てるんじゃね?」
「優しい、ねー……タクミはともかく私は違うかなー」
自分のことを優しいと言ったところにツッコんで欲しかったが、エマは急に真面目な口調で素っ気なく返した。
「……そんなことねーって。お前はみんなにやさ――」
「しくない、優しくないよ私は」
「……エ、エマ?」
「ああ、ごめん。その、だから――えっと、」
「二人でコソコソ何話してるの!? 折角だからみんなと話そうよ!」
セインが割って入り、一瞬立ち込めた不穏な空気は去っていった。
「なにもないよー。ね、タクミ?」
「ん、まあそう、だな」
「えー嘘だ絶対なんか話してたー」
「はいはい、ほら、次のアトラクションまで競争しよー」
「あ、待ってよエマずるいー!」
エマはそのままセインと共に駆けて行った。まるで、俺から逃げるかのように。




