77話 高所
「おいエマ。あいつらずっと黙ったままだぞ。見てるこっちが気まずい」
後ろの二人に聞こえぬようエマに耳打ちする。
「大丈夫大丈夫―。心配性だねタクミは」
「いや、でもそろそろ話し掛けてもいいんじゃないか。それか魔法とかでどうにかなんねーのか」
「ダメだよーそれじゃ意味ないし。それにもうすぐ順番回ってくるしねー」
前を見るともうアトラクションへの入場ゲートはすぐそこまできている。
人気のアトラクションということもあって一度に乗れる人数も多いのか、あっという間に自分たちの番が回ってきそうだ。
そしてこの待ち時間の間、後ろのアリアと雄牙は一切の会話をしていない。
それどころか互いにそっぽを向いて目線も合わせずにいる。
俺が二人に話しかけて会話を弾ませようとも思ったが、エマにそれはしないようにと言われたので、ここは黙って応援することしかできない。
「それで調子乗って後ろ向きながら走ってた拓実がコケて泣いちゃってさー、あの時は笑いをこらえるのが必死だったよ」
「もう、ダメだよーそんなこと言っちゃ」
前からは修とセインの会話が途切れることなく聞こえてくる。
どうやら俺の話をしてるっぽいがあんまりいい話じゃなさそうだ。仕返しに後で修が小三の頃に失禁した話でもしてやろう。
「ていうかお前ら、遊園地来るの初めてなんだよな? ジェットコースターとか大丈夫なのか?」
「ジェットコースター? ああ、今から乗るやつのことだね。私は大丈夫かな、高い所とか好きだし。セインも大丈夫だと思うよ」
「……じゃあ、アリアは?」
「…………」
俺の言葉に返答することなく、エマは不気味に微笑むばかりだ。
しばらく沈黙した後、俺は恐る恐る質問を投げかけた。
「おい、もしかしてなにも言わないで連れてきたのか!」
「だってー、アリアが『セイン様の為ならどこへでも!』とか言ってたし」
「だからって、お前なあ」
そういえばアリアは高いところが苦手だった記憶がある。
冒険の際、木に登って降りられなくなったり断崖絶壁に執拗なまでに怯えていたりしてた気がする。
「こういうのってダメなやつはほんとにダメだからやめさせた方がいいんじゃないか」
「えー、じゃあ一応止めてみる?」
仕方ないなあ、と付け加え、エマはアリアに向き直り声を掛けた。アリアと雄牙に話しかけるのは避けていたが、今回ばかりはやむをえまい。
「アリア、今から乗る奴すっごく怖いらしいからアリアじゃ無理だってー」
「なんだと、見くびるな。お前らに乗れて私が乗れないわけがないだろう!」
「でも、見て。すっごく高いところまで上がるんだよ。しかもすっごく速いんだよ。今回はやめときなよー」
「ば、バカにするな! あんなもの、あんなもの取るに足りぬわ!」
「そっかー、わかったー」
間近で見るジェットコースターの恐怖を感じながらも、最初に大口を叩いてしまったアリアは引くに引けない状況に自らを追い込んでいった。
「だってさー」
「いや、お前の言い方」
ため息をつきながらアリアを見ると、その顔は目に見えるほどに青白く染まっていった。




