70話 追伸
リビングに戻ってきた母さんは、右手に封のされていない紙切れを持っていた。
最初は手紙かどうか疑ったが、テーブルの上に置かれたそれには文字の羅列が見て取れて、父さんの手紙に間違いないと思った。
そこに書かれている文字はひどく醜いもので、大きさもてんでバラバラでところどころ誤字も見られる。
しかし、それが父さん特有のものであることを俺は知っていた。
家の物置に偶然あった父さんの使い古したノートなんかも、丁度こんな字で書かれていた。
日本を離れ、字を書く習慣もなくなっただろうにこうして手紙をよこしてくれたのは正直とても嬉しい。できれば毎月送ってほしいもんだ。
「じゃあ、読むわよ――えーと、『みなさんお久しぶりです。元気にしてますか?』」
テーブルに肘を乗っけて身を乗り出し、俺たちはテーブルに置かれている手紙を見ながら、母さんの声を聞いた。
『母さん、長い間家空けてごめん。寂しい思いさせてるよね。全然、あれだったら浮気しても大丈夫だからね? そんときはせめて連絡ちょうだい。できれば相手の顔と名前と連絡先送ってね……やっぱりダメ! 母さん他の男に取られるのイヤ~!』
「何言ってるのこの人――そんなことするわけないでしょ」
母さんはあきれた顔でそう呟いた。
我々子供からしたら気まずいことこの上ないんだが……そして父さんデリカシーとか持ち合わせてないのか? 冗談にしてもちょっと……。
母さんも、そんなデレデレした感じのところ声に出して読まないでほしかった。
『環と妙も今は中学生か。最後の会ったのは幼稚園生の頃だったから父さんの顔忘れてるんじゃないか? 父さんはお前らの顔は覚えてるけど、なにしろ双子だったからどっちがどっちかわからなくてなあ。今あっても見分けつかないだろうなあ。』
「「…………」」
環は胸、妙はお腹に手を当て少しだけ肩を落とす。
二人の頭では父さんの今の言葉が反芻されてるに違いない。
『そして最後に拓実。父さん不在の今、お前が家の大黒柱だ。しっかり母さんたちみんなを支えろよ』
最後にまともなこといいやがって。
最後にもってくのがかなり早い気がするが、まあ手紙をくれたのも初めてだったし、これからちょくちょく送ってくれるなら許してやるか。
「一応、読み終わったけど」
「みじかっ!」
「お母さんこっちからは送ったりできないの?」
「うーん、それがあの人いろんなところを転々としているらしくてね。送りたくても送りようがないのよ」
「そっかー」
「あ、ちょっと待って。そういえばまだなにかあったはず」
母さんはそう言って再び寝室へと向かった。
戻ってきた母さんの手には毎月送られてくるチョコレートの袋があった。
「それ、みんなで食べるの?」
「バカ。アルコール入ってるのよ。確かこの中に――あった。はい、拓実これ」
「え、俺に?」
母さんはチョコレートの袋を開け、中から首飾りのようなものを取り出し俺に差し出した。
「えーと、『追伸 拓実、これは俺が昔から肌身離さず持っている首飾りだ。いつ手に入れたのかは忘れたが、お前にやる』だそうよ」
「は、はあ……」
なにやら特殊な石を細長く研いだようなものが付いている首飾りだ。
地方のお土産屋さんとかに普通に紛れ込めそうな感じのやつだが……父さんからのもらいものなんてたぶん初めてだし、ここはありがたくもらっておくとしよう。
「さ、手紙も読んだことだし。ごはん食べてしまいましょうか」
パン、と仕切り直すように母さんは手を叩くと再び残りのカレーを食べ始める。
それに続いて俺たちも残りのカレーを口に運ぶ。
しばらく時間が経って冷めてしまったはずのカレーは、口に運ぶと思いのほか、温かく感じた。




