68話 本音
妹たちが俺の存在に気付いたのは、母さんが帰ってきてからだった。
複雑な気持ちで妹たちの様子を見ていると、ガチャッと玄関のドアが開く音がした。
時計を見ると六時前。母さんがパートから帰ってきたに違いない。
案の定、リビングのドアを開き現れたのは、買い物袋を右手に提げた母さんだった。
母さんの「ただいま」に俺は「おかえり」と応えるが、俺の時同様、妹たちはゲームに没頭しているため、玄関のドアの音にも無反応で母さんが帰ってきたことなんて気付いていないだろう。
「こら、あんたたち。『おかえり』くらい言いなさい」
「ああ、お母さん見えないよー」
「あー落ちちゃった……」
母さんは二人とテレビの間に割って入り画面を遮る。
咄嗟に文句がこぼれる二人だが、その後しっかり声を揃えて「「おかえり」」と言ったので、母さんは満足げに台所へ向かった。
「全く……ゲームはいいけど挨拶くらいしなさいよー。その感じじゃお兄ちゃんにもしてないんじゃない?」
「え、お兄ちゃん? まだ帰ってきてないよ?」
「まあ、いたとしてもしなくていいと思うけど」
「こら、環。一応お兄ちゃんなんだから挨拶しないとダメよ」
やっぱり俺が帰ってきたこと気付いてなかったか。
にしても環、いるの気付いてないからってそんなこと言っちゃう? 母さんも「一応」ってなんだよ……俺の扱いって普段そんなかんじなのね。
二人は母さんのいる台所を向いて喋っているため、俺に背中を向けている状態だ。だから、まだ俺に気付いていない。
だから環は、急に真剣な顔になり、俺に対する本音を吐露し始めたのだ。
「だって、お兄ちゃん去年帰ってこなかったじゃん。私の『いってきます』にも『ただいま』にも何も言ってくれなかったじゃん。相談だってすることたくさんあったのに……その日にあったことも、他愛のない話もたくさんしたかったのに……」
「環……」
妙も環の気持ちがわかるのか、同調して寂しそうな顔をする。
こんなどうしようもない俺でも、環、そして妙にとってはたった一人の兄貴なんだもんな。
普段中々本音を言わない環の言葉だけに、俺の心はズキズキと痛んだ。
帰ってきてから俺は、妹たちになにかしてあげられただろうか。いや、なにもしていない、むしろ助けて貰ってばっかりだ。
「だってよお兄ちゃん。妹にこんな顔させちゃダメでしょ」
「……いつからいたの?」
母さんが俺の方を見て言うと、バッとこっちを振り向いた環と目が合う。
「けっこう、前から。その、ごめんな。そんな思いさせてるって気付かなくて。去年には戻れねーけど、これからはなんでも相談乗るから。だから……『ただいま』」
「……『おかえり』」
「『おかえり』、お兄ちゃん」
環はそれだけ言うと、再びテレビに向き直り、ゲームを始めた。その環の耳が真っ赤になっているのを、俺は見逃さなかった。
妙は涙目でニコリと俺に笑いかけると、環に続いてコントローラーを握る。
「ただいま」と「おかえり」――普段何気なく使っている言葉だが、今のはとても深みのあるものに感じられた。
アルガルドから帰ってきて、成り行きでここまで来ていたが、環の言葉を聞いて俺は、本当の意味で家に帰って来れたのかもしれない。
――全く、良い家族を持ったもんだ。幸せ者だな、俺。
「ところでさっきから思ってたんだけど、あんたたちの使ってるその、きゃらくたー? 全然見た目と違うわね。それってわざと?」
途端、リビングの空気が張り詰める。
「ええ、なにが?」
「き、気のせいだよお母さん。なにも理想の自分をゲームのキャラクターに投影してるわけじゃないよ!」
「いや、そこまではいってないけど。まあいいわ、夕飯できたらやめてね」
母さんはそれだけ言うと、鼻歌交じりに夕飯の支度を始めた。事の重大さがわかってないようだ。
母さんの言葉に動揺し、二人はさっきと格段に腕前が下がりきってしまった。
でも、まあ本音を言えるのって大事だよな。
その後、初心者並みに落ちてしまった二人のプレイを、俺は夕飯ができるまでスッキリした気分で眺めていた。




