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62話 屋上

「こらこら雫、ちょっと待ちなさいって」

「……美和子」


 さえかに代わり、雫の手を引っ張り足を止めさせたのは、三島美和子。

 トレードマークである赤いフレームのメガネの奥から、雫に柔和な視線を送る。


「久しぶりにちょっと話そ。ね?」

「……うん」


 少し考えてから、雫はゆっくりと首を縦に振って見せた。

 

「よし、決まり! ほら、さえかも行くよ」

「ん、どこに?」

「どこって……三人で行く場所なんてあそこしかないでしょ」




 やってきたのは学校の屋上。

 創立五十周年を迎えた市之宮高校の屋上は、清掃が行き届いておらず、居心地がいい場所とはとてもじゃないが、言い難い。

 危険だからという理由で原則出入り禁止と決められているので、屋上へむかうドアにカギがかけられている――と、いうのはとうに昔の話で、今は人こそいはしないが、そんなに汚くもなく、出入りも禁止されていない。


「わーい! ひろいひろーい!」

「こら、さえか。あんまり走り回っちゃダメだよ」


 屋上へ来るや否や、さえかは子供のようにはしゃぎながら、屋上を縦横無尽に駆け回る。

 防護柵もないというのに、よくもあそこまではしゃげるものだと、雫はさえかに感心すら覚えていた。


「ほんとさえかは元気だねー。いやーにしても懐かしいねー。何か月ぶりかな、ここに来るの」

「三か月振りくらい、かな」


 天を仰ぎながら、雫はここに最初にきたことを思い出す。







 丁度、去年の今くらいだったか。雫は一人で屋上のドアの前まで来ていた。

 別に、屋上に強い憧れを抱いていたわけでもない。

 

 ドア越しにでも屋上の汚さは明瞭で、とてもマンガで出てくるような、男女のきらびやかなストーリーが紡がれる場所とは思えなかった。

 授業をさぼり、一人寝転んで空を見ながら黄昏るようなことができるほど、綺麗な場所ではなかった。


 では、なぜ来たのかというと――カギがかかって開かないはずのドアノブを、何度も捻ったのかというと、もしかしたらここに拓実がいるかもしれないと思っていたからだ。


 客観的に見て、その考えは滑稽に映るものとわかってはいたが、心の奥底にある根拠のない希望が、雫にこのような行動をとらせたのだった。


 なにかものを無くした時、あるはずもない場所をもしかしたらと思い、何度も探した経験はないだろうか。あれと同じに考えてくれれば少しは理解してもらえるかもしれない。


 数十秒ほどドアノブを捻ったが、もちろんそんなことでドアが開くことはなかった。


「なになに、屋上行きたいの?」


 屋上に行くことを諦め、ドアノブから手を離した雫の背中に、声を掛けられた。


 


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