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5話 日常

 時が経ち、気がつけば五月。俺が高校二年生になって早くも一か月が過ぎた。

 

 以前にも増して何故か勉強ができるようになっていた俺は二か月の猛勉強の末、進級テストに合格することができたのだ。すげえだろ。


「お兄ちゃん、朝だよ。今日から学校でしょ」


 俺の体をゆするのはどっちの妹だろうか。

 妹たちは声も似ている為寝起きの頭ではどっちか判別できない。寝ぼけ眼をこすると丁度胸のあたりが目の前に現れる。


「ああ、環か。わかったわかった」

「おい貴様、今胸で判別したろ」

「ぐへっ……」


 俺の腹にワンパンかますと環は不機嫌に部屋を出て行った。相変わらずのテレパシーだ。


 腹の痛みに耐えながら部屋から出て階段を降りると、普段と何ら変わらない光景が目に入る。


 ソファに寝そべる母さんにテレビの占いを真剣に見る妙、牛乳をイッキ飲みする環。

 遂に戻ってきたのだ。平和な日常が。

 

 ご飯を食べ終え、未だ着慣れない制服に着替えると「いってきます」と言い玄関を出た。


「……おはよう」

「おう、おはよう」


 一足先に支度を済ませ、雫は家の前で待ってくれていた。

 

 雫とは同じ高校に通うので、これからも以前と同じよう並んで歩いて学校に行くことになるだろう。学校は中学と近いところにあるので通学路もほとんど同じだ。

 

「今日世界史自習らしいなー」

「……うん……ちゃんと自習、するんだよ?」

「まあぼちぼちな」


 雫とこうして一緒に通学するようになったのは小学四年生の時起こったある事件が関係している。

 当時から家が隣ということから仲が良く、それまでも何度か一緒に返ったりはしたが、待ち合わせして帰るということはなかった。

 雫は今とさほど変わらない様子で、当時の俺にはすごく大人に見えたのを覚えている。


 そんなある日、学校が終わり家に帰る途中で傘を振り回しながら一人帰っていると、雫が黒い服の男性に引っ張られ車に入れられそうになっていた。

 男性は俺に気付いている様子もなく背中はガラ空き。俺が持っている傘で攻撃し怯ませることができれば雫を助けることができたかもしれない。

 

 だが、体は動かない。助けたいという気持ちよりも恐怖心が勝ってしまっていた。

 連れ去られる雫と目が合ったかと思うと、そのまま雫は引きずり込まれ車は走り去ってしまった。あの時の雫の目は今でも忘れることはできない。

 

 俺は車のナンバーを覚えて母さんに報告することが精一杯で、そのあとは布団にくるまりただただ頭の中を後悔が駆け巡らせた。

 その後、犯人の詰めの甘さに救われ、無事雫を救出し犯人を捕まえることができたと母さんが教えてくれた。「あんたのお陰だよ」と頭を撫でてくれた母さんに、俺は愛想笑いをすることしかできなかった。

 

 その数日後、すっかり元気になった雫は、親と一緒に俺にお礼を言いに家にやってきた。

 雫の親から何度も何度もお礼を言われ、その度に俺の心は矢に刺されるようにチクチクと痛みを増幅させる。

 結果的には俺のお陰かもしれないがあの時、俺は動けず一度雫を見捨ててしまっている。褒められる権利なんてない、誰でもいいからそこを咎めてほしかった。


 俺のそんな自分本位な願いも届かず、雫たちは帰っていった。雫は終始俺の顔を見ようとはせず、一言もしゃべることはなかった。

 

 次の日俺はある決意を胸に家を出て雫の家へと足を向けた。

 昨日、登下校は車で送迎するといっていた雫はちょうど車に乗るところだった。


「あら、拓実君おはよう。ほんとにありがとうね。拓実君も乗っていく? 」

「いえ、その……俺、これから毎日雫と一緒に通学するんで……次は絶対守ってみせるんで……雫、一緒に学校行かないか?」


 昨日の夜どうしたらいいか自分なりに考えに考えて出た答えだった。今度こそ雫にとっての勇者になると、もう辛い思いはさせないと――。

 自分勝手な考えなのはわかっている、雫は俺の顔なんて見たくないだろう。だけどどうしても言わずにはいられなかった。


「ええ……でも拓実君だってまだ子供だし車の方が安全に、って雫!?」

「……行こっか……」

 

 雫はおばさんの言葉を待たずに俺のいる方へやってきた。そして俺の横に付けると


「行ってきます、お母さん」


 そういって俺の手を引っ張り、学校へと向かった。


 もしかして雫は俺のことを許してくれたのだろうか……いや、そんなわけはないか。昨日目も合わせてくれなかったし。

 助けてくれたお礼に仕方なく俺の思いを汲み取ってくれたのだろう。雫は誰にでも優しい奴だからこんなどうしようもない俺にも気を遣ってくれているのだ。



 そしてあれから数年が経った今、一年のブランクはあったが雫は今もこうして俺と並んで歩いてくれている。


「……なに?」

「いや、なんでもない」


 無意識に横顔を見つめていた俺に首を傾げる雫。真っ白な肌に対照的な赤い頬、長い黒髪に凛とした瞳。

 雫の横には俺以上に相応しい相手がきっといるだろう。

 だけど居心地がいいこの場所を誰にも明け渡す気にはなれない。

 

 とりあえずはいつまで続くかわからないこの関係を――この時間を今は大事にしよう。






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