214話 校長室
天羽先生への聞き込みを終え、俺と雫はその足で校長室へと向かった。
エリの転校に校長先生は間違いなく関与しているはず。校長にそれとなく探りを入れておかしな点がなかったかを聞き出そうという算段だ。
職員室の隣にある校長室のドアは既に閉まっていて、中に誰かいる気配はなかった。ドアについている小窓ごしに見える室内には誰の姿も確認できない。
「誰もいなさそうだね」
「放課後だしな」
一応ドアをノックして声を掛けるが、予想通り中からの返答はなかった。仕方ない、と踵を返そうとすると、「どうかしたかい?」と声を掛けられた。
「あ、校長先生」
振り向くと、不思議そうな顔の校長先生が立っていた。
「先生、実は聞きたいことがあって」
「聞きたいこと? 私に?」
「はい、転校生の折上さんについてなんですが、」
「ああ」
校長はどこか合点がいったようで、立ち話もなんだから、と校長室のドアノブを捻り中に入りなさいと手招きする。
校長室なんて掃除の時間で入った程度なので、俺と雫は緊張しながら失礼しますと恐る恐る入り、促されるまま横並びに置かれた一人掛け用ソファーにそれぞれ腰を下ろした。
革でできたソファーは見た目からもその高級さは伝わったが、座ってみるとフカフカでそれでいて座り心地抜群で、更にその質の良さを思い知ることになった。
テーブルを隔てて対面に座る校長はさて、と両手を組んで話を切り出した。
「君たちは折上さんと親しくしていたと聞いているよ」
「聞いている……誰にですか?」
「保健の天羽先生からだ。大変助かっていると言っていた」
先生は嬉しそうに笑い掛けてくれる。
「変な時期に転校してきたし、彼女の体調も考慮して保健室登校と心配していたんだが、クラスメイトの子達や君たちがいてくれて大変助かったよ。彼女も有意義に楽しく過ごしていたように思う」
先生は若干目を伏せ、もう一度手を組み直した。
「だが、事情が変わってね。聞いていると思うが彼女はもう学校には来れなくなってしまった」
「そう、ですか」
雫の言葉に一つ頷いてみせると、先生は顔をゆっくりと上げる。
「詳しい事情を聞きたいから、私のところに来たんだろう?」
「ええ、その通りです」
図星をつかれ、俺はまっすぐに肯定する。変にごまかすのはこの際逆効果に思えた。
「わかった。全てを話そう、と言いたいところだが、プライバシーを保護する立場にあるのでそう易々と全てを話せる立場にないんだよ。悪いね」
先生は苦笑してソファーに座り直す。そして、ポケットからメモ帳とペンをつかんでテーブルでなにやら書き始めた。
なんだろう、と雫と二人でしばしペンを走らせる校長を黙って見ていた。ペンが走り終えると、そこには住所らしき文字の羅列が書かれていて、その少し上に「折上家」とあった。
「これは、絵里の家の住所……」
「でもこれ、いけないんじゃ……」
先生は住所の書かれた紙をしばらく放置してから、思い出したように紙を懐にしまった。
「いけないいけない。生徒の個人情報は教えていけない決まりだからね。君たち、何か見たかい?」
俺たちは顔を見合わせてから、ふるふると横に首を動かした。
「そうか、それならいいんだ」
「先生、あの……」
「話しちゃいけないって決まりだからね」
先生は念を押すように言った。
「多弁は銀、沈黙は金というだろう。これ以上は会話は不要だ」
先生はさあ、と立ち上がって、ドアを開けて出るように示唆した。俺たちはそれに従い校長室を後にした。