お留守番は健気に4
涎で重みが増した服の裾を引きずりながら、庭の中をとてとてと適当に散歩する。
そのあたしの後ろをどすどすと足音を響かせながら付いてくるのは、魔獣ケルベロスのジョンとジョーイとジョニーの一頭だ。
以前、セーレにあたし一人で城の中をうろうろしないように、と言われたことがある。
何でも、あたしの存在を知らない魔族の誰かに見つかってしまえば、即座に食べられてしまうかも知れないので一人歩きは厳禁だそうだ。
ま、魔族ってなんてコワイ生き物なの……はっ!あたしも魔族じゃん!
……冗談にもならないわ。
だが今はケルベロスを引き連れているから、きっとあたしの身に何かあったら彼らが守ってくれるだろう。
「あ、ジョン!その木は食べちゃ駄目だってば!」
「くぅん?」
恐らく庭の観賞用である木を、上から丸ごともしゃもしゃしていたジョンが何で?どうして?と言わんばかりの目でこちらに訴えかけてきた。
そんな目で見つめてきてもお母さん許しませんよ?
「何でって……ええと、魔王様にあとで叱られるわよ?」
「くぅん?」
「セーレにも叱られるかも」
「ばう!」
「くーん……」
ジョーイがそうだぞ!と注意すると、ジョンは悲しそうにうな垂れた。
魔王様に叱られるから、というより、セーレに、と言った方が圧倒的に効果はあったようだ。恐るべしセーレ。
それにしても。
「着替えた方がいいよね、これ……」
あたしまでセーレに怒られそうだ。
うーんと端から見れば馬鹿みたいに唸っていたあたしは、ふとある音に気付いて立ち止まった。その音は、ずる、ぺたっとあからさまに何かを引き摺っているような不気味な音だった。
「あら、姫様。ご機嫌よう」
「あ、テシア!……とクレイド?」
ぽかんとあたしはそれを見て固まった。見に覚えのある衣服は傷一つなく綺麗な状態であるのに、その下は……まぁその、ほぼ原型を留めていない。
ジョンが興味深そうにそれを注視しているので、慌ててこれはおもちゃじゃないよーと注意しておくのを忘れない。
しかしまあこれがもし、あたしがただの一般人でさらに食事後であったならば、まず間違いなく床にリバースして気絶してるはずなんだけど、幸か不幸かあたしは魔王の娘である。そしてここは魔王城。
壁に謎のどす黒い血痕がべったり付着していたとしても!角を曲がったらいきなり目の前に新鮮な生首が現れようとも!もはや日常茶飯事過ぎて気絶すら出来ない。うう。
そしてその、粉うことなき“死体”はあたしの言葉に反応して、辛うじて繋がっている腕だったものを空中でふらふらと降ってみせた。
「……一体それ、どうしたの?」
あたしが若干引き気味に尋ねると、答えたのは彼のやはり足らしき部分をむんずと掴んだ、金髪碧眼の美少女だった。しかも黒地に白いレースがふんだんに使われたフリフリなメイド姿で。
「あーあのね。これはね。お城の庭にある、対人間用のトラップにお間抜けにも引っ掛かっちゃったせいなのですよ」
いやいや、馬っ鹿でしょー?と満面の笑みで同意を求められましても。
彼女の名はテシア。黙って座っていさえすれば、可愛いお人形のようにも見える美少女なのに、その中身は死体大好き猟奇マニア。元は人間だったのに、あまりにも死体が好き過ぎて、死霊魔術師にまでなってしまった魔界でも名の知れたド変人……というかド変態だった。
そもそも対人間用トラップなんて言ってるけど、仕掛けたのは当の彼女で、専ら犠牲を被っているのは当の足元の彼クレイドである。
彼の正体は、歩く死体こと“ゾンビ”。同族の中で極めて高い再生能力を持つ上、死霊魔術師のテシアのおかげで普段は生身の人間と変わらない姿をしている。
一見すると人畜無害そうな爽やか青年なんだけれど、ことあるごとにテシアの仕掛けた罠に次々とハマるせいで、スプラッターになっている姿の方が実は多かったりする。
「……え、なあに?クレイドったらちゃんと喋ってくれなきゃ分かりませんわ、もう」
テシアが足元を見下ろして不満そうに顔をしかめた 。
「この状態で喋れなんて無理だと思う……」
あたしのささやかな突っ込みに、ふらふらと彼がまたもや腕を振っている。どうやら“気にしないで”と言っているらしい。腕は続けて、何やら上下左右に振られた。
テシアは眉間に皺を寄せながら、動く死体クレイドさんの腕の動きに逐一相槌を打っている。
ほとんど身振り手振りと唸り声だけなのに、付き合いの長い彼女にはその意味を理解することが出来るらしい。
「ふぅん?“シェーラ様、こんにちわ。とても良いお天気ですね”だそうですわ」
「そ、そうだね」
「あと、“外で遊んでいたのかな?でも危ないものを見つけたら、決して触らないようにね”と」
はい。触りませんよー。近づきませんよー。
試したことはないけど、あたし不老ではあっても不死ではないと自負している。かと言って不死であってもさすがに目の前の実験例ーーつまり彼、クレイドーーのようになるのだけは是非とも遠慮したい。
ついでに動く死体に、“今日もいいお天気ですね”なんて爽やかに言われると、非常に微妙な気持ちになるのは何でだろう。
「あらあらぁ。姫様は鈍感でお馬鹿な貴方と違って、頭が良いのですよ。そんな忠告は無用というものですわ。ね、姫様?」
「……テシア、あんまりクレイドのこと虐めちゃ駄目だよ……」
うふふ、となぜか満面の笑みでおもむろに、彼の腕をもぎ取りに掛かろうとし始めた彼女からあたしは目を逸らしつつ、哀れなクレイドのためにそうお願いしておいた。