お留守番は健気に3
会議があるというセーレを見送りーーと、言っても奴には瞬間移動能力が備わっているので見送りは一瞬だったがーー特にやることもないあたしは、現在魔王城の一角、私専用の部屋のベッドの上でごろんと横になっていた。
……暇だ。
大人二人どころか三人は寝そべることが出来そうな巨大なベッドはふかふかで、天蓋から降りたひらひらのレースのカーテンが視界の端に映る。無論、愛娘を溺愛するパパの趣味だ。
またごろごろと寝返りを繰り返しながら、あたしはもう一度呟く。
……暇だ。
先程の会話の通り、お城のことは全てセーレに任せておけばいい。というか今までも魔王滞在非滞在に限らず、全てを取り仕切ってきたのは彼である。
たとえ魔王の娘の身長体重スリーサイズを変態的に把握している奴といえど、実質ここでは影の魔王と言っても可笑しくはない。
よくもまあ七百年もの間、忠実にあの力だけはあるちゃらんぽらんなパパに仕えてきたものだと感心するぐらいだ。多分、一度や二度、ちょろっと反乱を起こしてやろうとか思ったはずだ。絶対に。
そんなセーレは今頃、魔族の長を集めて会議の真っ最中だろう。
何の話ー?と気軽に聞いてみたらにっこりと、「聞かない方が身のためですよ」と言い放ちやがった。
要するに非力でお子様なお前には聞いても無駄な話だと。くっ。
思い出して思わず眉間に皺が寄る。
大体セーレはあたしを子供扱いしすぎだ。いくら二百歳で一人前と見なされようと、生まれた瞬間から魔族は魔族である。力のある魔族の子でも瞬時に相手を殺せるし、空だって飛べる。大分昔の話らしいが、生まれたばかりの魔族の子がその場で親もろとも一族を消し去った、なんて話があるぐらいだ。だから魔族の間での子供扱いは実に稀であるし、お前には力がないと存外に言わしめる屈辱的な扱いになる。
……ってまあ力がないのは事実なんだけどね。でもせめてそこらへんの生まれたばかりの子供、どころか赤子同然に接してくるのはやめてほしい。
そう百と十四年の間、何度も考えたことをまた考えながら、あたしは三度目になる例の言葉を呟いた。
……ああ、暇だな……。
* * * * * * * * * *
「ジョン!ジョーイ!ジョニー!こっちおいでー!」
「わん!わん!」
とうとう暇を持て余したあたしは、わが魔王城で愛玩されているペット犬、ジョン、ジョーイ、ジョニーの三頭を召喚することにした。
召喚、といっても広大な庭先であたしと同じく暇を持て余している彼らを大声で呼びつけるだけなのだが。
どどどど、と何やら地響きが起こり、馬鹿でかい庭の向こうから愛らしい三頭の犬が、ではなく、一つの図体の上に三頭の犬の頭が乗った巨大な黒い獣が、涎を垂らし、鋭利な牙を覗かせ、遠目からでも分かる息遣いを大きく荒立たせながら、あたしに向かって遠慮なく突っ込んできた。
「え、ちょ、ま!?止まってーーーー!」
あ、やばい。このままじゃ潰される。
巨大な体は大人の背丈の二倍以上あるだろうか。無論体重もその比ではない。
そんな図体に非力なあたしが突撃されたらどうなるだろう。答えは言わずもがなだ。
確実に翌日の魔界新聞に、「魔王の娘、魔獣ケルベロスに踏みつぶされ死亡!」とかいう一面が載ってしまうに違いない。
それだけはごめんだ。
慌てて三頭(一頭?)に向かって、両手を突き出す。
「ま、待てー!!」
「わん!わんわん!」
「……ん?おお」
魔界最恐の生き物である彼らは、どうやら飼い主であるあたしの命令に従ってくれたらしい。
いや、別に彼らを信じてなかった訳ではないんですよー。あ、思わず目を瞑ったのは踏みつぶされる!とか思った訳ではなくて、そう!土埃が目に入るからでですねー。
べろん、と大きな赤黒い舌があたしの顔を不意に舐めた。
「わっ!?こらっジョン!ダメだってばー!」
「くーん?」
「ちょ、ジョーイまで!」
ちなみに左からジョン、ジョーイ、ジョニーという名前である。正式名称は一般的に魔獣ケルベロスなんだけど、三頭ちゃんと個性があるのに、それぞれ名前がないのは可哀そうだと判断したあたしが勝手に付けた名前だ。
ジョンは非常に人懐っこく、こうしてあたしの顔と体を涎塗れにするのが大好きだ。
ジョーイは頭が良くて、三頭のまとめ役。だがあたしを涎塗れにするというジョンの行為には大いに賛同しているらしく、止めるどころか参戦してくる始末。
一方のジョニーは二頭とは違って非常に大人しい性格をしている。二頭が傍若無人に振舞おうと我関せずな体の持ち主。しかし、自分も涎塗れ合戦に参戦したそうなそのひたむきな目はやめてもらおうかなっ!
「も、もういいよ。ジョニーもおいでー」
「わふっ」
凶悪な面をしている割に、純真な子犬のような瞳で見つめられてはひとたまりもない。
結局、三つの頭に一斉に涎塗れにされるという洗礼をあたしは浴びることになった。
しばらくして、興奮が落ち着いたのか三頭が離れたころには、あたしの体は上から下までべとべとになっていた。