第8話 ザルドレイク火山の分岐点
「おい、相棒、起きろ。長い長い1日の始まりだぞ」
「ああ……おう。結構寝たな。身体が軽い」
「夕方から月が真上に来るまで寝ていた。多分6時間は寝てる筈だ」
「そりゃあスッキリしてる筈だ。で、何か変わった事は?」
「見張りの最中暇だから相棒の周りに気を配りつつこの先を見てきた。鳥女の巣がある。しかしまぁ、今は寝てるから物音を立てずに迂回すればどうにか無傷で行けるかな」
「恐らくパンツミルカは迂回して鳥女の居ない道から向かったと思う。山の向こう側から迂回するなら多分半日くらいは遅れる筈だ、此処を突っ切れば間に合うかもしれない。行けるか?」
「まぁ、そう言われちゃあ行けないとは言わないわな。任せろ、会話は脳内で行うぞ」
(分かった、ライフリート)
(オッケー、相棒。まずは50m進んで10時の方角から迂回しろ。岩場に鳥女が4匹、その上に10匹程の塊があるから今度は3時の方向に60m、抜けたらひたすら登れ)
(頼りにしてるぜ相棒)
爆炎の勇者はライフリートのサポートを受けて薄暗い中を音を立てずに進んでいく。月が雲を隠すほんの僅かな暗闇の間に、鳥女のすき間を縫うように進み、戦闘を回避した。
(ここまで来ればまぁ大丈夫だろ。火口も近くなって少しづつ熱くなってくるから、そのハイドレザーコートは脱いだ方がいいぞ)
「いや、念のために濡らして着ておく。氷結の盾と氷結の短剣も念のために装備しておく。いつ赤竜とやらが来るか分からんからな……」
「くれぐれも戦うなんて馬鹿な事は言うなよ」
爆炎の勇者は休憩がてら梅おにぎりを食べて荷物を軽くして先を急ぐ。鳥女の居住区は過ぎたが、火口はまだまだ先だった。昨日夕方のおにぎりに続いての梅おにぎりの余韻を味わいつつ進むと、ライフリートの動きが下の方に向き始めた。
「相棒、多分ここの反対側、下の方に微かな反応があるが……多分寝ている人だ。喜べ、計算通りパンツミルカ嬢を追い越したみたいだぞ」
「怪我とかしている訳でなく寝てるだけか?」
「もう少し近寄ったら分かるかもな」
「行こう」
「……そうだな。多分寝てるだけだ。多少疲れてるみたいだが体温は安定している」
「そうか、じゃあ先を急ごう」
「どうしても行くんだな……」
「ああ、この世界では生け贄は普通の事でも私の常識ではない事だからな」
「……」
爆炎の勇者が暫く歩いて居ると……、噴煙が昇る火口の真下500m程の所に巨大な口の洞窟を発見した。ライフリートは諦めた様に言い放つ。
「恐らくこの奥に居る。巨大な熱反応がある。……やっぱり50mはある。多分ブレスで一撃だろうが、多分、爪で引き裂かれても死ぬ。10mは射程だと思え」
「ああ、一世一代の大仕事だ。此処を踏ん張れたら一仕事分肩の荷を降ろせるな」
爆炎の勇者は洞窟の中を進んでいく。100m程進むと、ふわりと壁面が明るくなった。
「何用だ人間よ、武装して此処に入るとは、殺されても仕方の無い事だぞ」
赤熱の鱗に覆われた姿はまさに竜そのものだった。地獄の底から出てくる様な声は、喉から火花と共に沸いてきた。赤竜は正に鉄を溶かすが如く赤く光る竜だった。ライフリートの言うとおり全長50mはありそうな面はしている。
「相棒……後は任せたぞ」
「赤竜よ、今日は話を聞きに来た。どうか質問に答えて欲しい!」
「良いだろう。答えられる質問であれば答えてやろう。しかし、質問によってはこの爪か火炎のブレスが返ってくるだろう事を心しておけ」
「わかりました。ではまず……生け贄の少女達は貴方が望んで出させているのですか?」
「生け贄……あの子らか。いや、我は望んでは居ない。話はそれだけか?」
「では……その娘達は食べたのですか?」
「その質問は答える訳にはいかんな。そしてそれは我を怒らせる質問のひとつだ。とりあえず炎を吹かせて貰う。その盾で防ぎきる事が出来るかな?」
(相棒……!ヤバイぞ!逃げるか!?)
「耐えるしかないだろうよ!」
赤竜は軽く息を吸い込むと、炎の吐息を吐き出した。数千度となる炎の吐息は咄嗟に全身を覆う盾として纏ったハイドレザーコートを焼き付くし、ハイドレザーコートの内側で全開した氷結の盾から出る冷気は虚しく散り、氷結の盾は粉々に砕け散った。僅か10秒程の炎のブレスではあったが、盾の冷気で覆われた所以外、つまりは両足付近に火傷を負いつつも何とか命は助かった。
「危なねぇ……。ハイドレザーコートの内側を濡らしてなかったら今頃真っ黒焦げだぜ……」
「今のは加減した。次はない。そして今度は此方が質問をする番だ……お前は何をしに此処まで来た?」
「私は爆炎の勇者と名乗っている。生け贄の少女を助けに来つつ、炎の宝珠をいただきに来た。炎の宝珠は持っ……、持っていますか?」
「ふははははは、この程度のブレスに耐えられない者が爆炎の勇者だと、お前はなかなか勇気のある者のようだな。その勇気に免じて質問に答えてやろう。
生け贄の少女は食べてはおらぬ。それどころか裏側の洞窟で養っておる。村からの捧げ物の手前、帰す訳にもいかず困っておった位じゃ。お前がもし、あの村の関係者で食べられた筈の娘達の事を探りに来たのならばエサになって貰う所じゃった。そして炎の宝珠はある。あるがタダではくれてやらん」
「では、どの様にすればいただけるでしょうか?」
「お前は爆炎の勇者を名乗ってはいるが、私の吐息だけで火傷を負う位に弱い。それではこの炎の宝珠は預けられん。せめて我の攻撃を受け止めるくらいの力をつけてからまた来るが良い」
「わかりました、では私にもう一撃攻撃を加えてくださいませ」
(正気か!?相棒、もう切り札は使いきっただろ!?)
「良いのか?みすみす命を散らす事になるが……?」
「ああ、言い訳の無いように一撃で頼む」
「分かった……ではこの爪で引き裂いてやろう」
広い洞窟の中ではあったが、赤竜は壁と見紛う程の巨体を展開して一面はその顔と両手で塞がれていた。少なくとも爪を含む手の大きさは1m程あり、それを腕回り5m全長8m程の筋肉質な腕が支えていた。これが一撃を加えるとなると、鋭利な鉄骨を積んだ10トントラックの激突位の威力はあるだろうか、人間よ、止められるものではなかった。
「もう一度聞く、本当に良いんだな?」
「ああ、一思いに頼むぜ」
「では行くぞ……人間……!」
ヒユッ……。赤竜の太い腕が壁際まで移動すると、その巨体は姿を消した。目にも止まらぬ一撃は爆炎の勇者の頭と頭を守っていた氷結の短剣を粉々に砕き、肉片となった肉体を壁に叩き付けた。
ゲーム オーバー
パキィン……。爆炎の勇者の意識は遠い遠い彼方へと旅立った。
「勇気がある者を勇者と言うが、勇気だけでは真の勇者足り得ぬだろう。残念だったな。少し鍛えれば或いは宝珠の主たる力を得たかも知れん。真に無念だ」
赤竜が肉片と化した爆炎の勇者を食べようと顔を近付けると……。
「約束だ、炎の宝珠をいただこう」
無傷の爆炎の勇者がそこに佇んでいた。
「お前……何を仕込んでいた?」
「卵かな。さぁ、その宝珠を貰おうか」
無傷の爆炎の勇者は笑顔で炎の宝珠を請求する。
「ブはハははハはは‼愉快だ、実に愉快だ。その身に力は無いが、何かの小細工でこの炎の宝珠を掠め取るか!実に愉快だ……まぁ良い。持っていけ」
「ありがとうございます」
爆炎の勇者は赤竜の喉から出てきた炎の宝珠を手に取って懐に仕舞う。
「しかし、魔王は手強い。力を付けて決戦の時が来たら我を呼ぶが良い。では、それまではここで眠りについておこうぞ……」
赤竜は笑顔のまま眠りについた。狭い洞窟なので、見た目は穴にハマっている様に見える。その上見えている部分が休み時間に机に突っ伏して寝ている状態そのものだったのが、洞窟内に奇妙な安堵感を出していた。
「はは……相棒、此処地獄じゃないよな?俺達、生きてるよな……?」
「ああ、生きてる。死神の鎌で髭剃りしてきたぜ。あれは便利だよ」
「地獄ならそれ閻魔じゃね?」
「かもな、どっちでも良いが今は生きてるって事よ。大事なのはそれだけだ」
「相棒……。確認するが、1回死んだよな?」
「詳しくは帰りの道程で話してやろう……」
「お……おう」
爆炎の勇者は震える足を引き摺って洞窟を出る。そして、山を降る。途中寝袋で夜営しているパンツミルカを起こす事なく下っていく。
「相棒……で、何がどうなってこうなったか説明して貰うぞ」
「まず、ライフリートには謝っておく。死ぬ危険がかなり大きかった。あれは偶然そうなっただけの話だ」
「ほう、なるほどな。続けろ」
「まず、火口に向かった理由だが、この炎の宝珠を手に入れるためだ。これの奪取が第1の目標だった」
「まぁ、おかげで魔王討伐しなくちゃならなくなったがな」
「いや、魔王討伐はしない。取り敢えずこれが欲しくて火口に向かったんだが、実は食べられても良いと言う覚悟で向かった」
「食べられても良いとは……?」
「魔王討伐のための力になるなら、食われてもまぁ、この世界のためになるだろうと言う軽率な理由だ。話してる最中に、赤竜は生け贄の少女をあの子達と言った。だから食べられてはいないと思って、逃げようともしたのだが……僅かな可能性に掛けてみたんだ。何とか命は助かったが、多分次は無いだろう。卵は使いきったみたいだからな」
「土壇場で孵化になって、使いきってただの人間になった訳か。その能力は何だったんだ?」
「分からない。完全に記憶から抜け落ちている。多分、私が確信を持って居たからにはあの危機を乗り越えられるモノだったのだろうが、本当に記憶がすっぽり消えてるんだ。ほら、覚えてないだろう?」
「本当だ……卵の部分だけ何もなかった様に記憶が消えてる。しかし……と言う事はこれから一切ギフト無しで旅を続けるって事か!?勇者がギフト無しならあんまり利点ねーぞ!」
「その代わりこの炎の宝珠がある……。これさえあれば、今後の活動に支障はきたさない筈だ」
「……」
「……」
「相棒」
「ん?」
「一発殴らせろ」
「分かった」
「顔を下に降ろせ」
ライフリートは胸よりぬるりと出てきた。岩肌に音もなく着地して逆向きにとぐろを巻く。尻尾を勢い良く振り回して爆炎の勇者の頬に容赦ない一撃を加える。
バチーン!
「次から命は大切に扱え」
「分かった、すまん。ライフリート」
下りの山道は来た道の反対側を使った。パンツミルカの登山ルートだ。行きは時折月に曇りの陰る夜ではあったが、降りる際は雲ひとつなく、何処か遠い空へ風によって流れていった様子だった。爆炎の勇者は格好つかないなと思いつつ、赤竜に会う前に予め濡らしていてまだ湿っている学生服の上から町長から貰った服を重ね着して山を下る。
夜が終わり、空が白む頃には木々に囲まれた麓が見えてきた。遥か東の空が光に満ちて来た時に、遥か北の方角に大きな道のようなものが見えた。町長の遺した地図によると、この麓の森を真っ直ぐ北に抜けるとアメリアの首都があるらしい。しかし、この森はかなりの密度で魔物が出るらしいので、取り敢えず山を降りきる前に野宿をする事にした。両者とも疲弊していたが、ライフリートが汚名を変化させるために見張りを買って出た。
爆炎の勇者は数時間寝て、その後ライフリートと交代した。森の中は魔物の巣になっていると町長の地図には記されているので、爆炎の勇者は森に入らないようにして食料を集めた。
◇ ◇ ◇ ◇
「さて食事だ。ライフリート、今日のご飯は木の葉丼だ」
「木の葉丼…?」
爆炎の勇者はライフリートの疑問に対して笑顔のみで答える。
「……木の葉…………丼?」
「そうだ、丼だ」
「これ葉っぱじゃねぇか」
「葉っぱのご飯に葉っぱのおかずがのってるんだよ」
「……前から思ってたが相棒は牛かなにかか?これ迄ずっと人間の食い物を見てきたが、相棒の食うものはどう見ても人間の食い物じゃねぇぞ?」
「まぁまぁ、心頭滅却すればマイナシーボもプラシーボ、無いもんは仕方ないだろ。あるものを食うしかない」
「…………そうだな。わかった」
「おいおいおい、ライフリートさんよ!諦めた風に言ってくれるな!納得してくれよ!」
「だからクソ高ェ武器なんて買わずに残しとけって言っただろ!無いもんは仕方ないじゃなくて無いもんになったのは相棒のせいだろが!」
「落ち着けライフリート、この鋼鉄の剣がなかったら炎の宝珠も手に入って無いし、私だって死んでただろ?これが最適解なんだよ、けーいーさーん、計算!」
「うるせぇ!この牛野郎!」
「仕方ないだろ!森に入らずに食える物といったらこの草しかないだろ!」
◇ ◇ ◇ ◇
爆炎の勇者クッキング
・木の葉丼()
「もぐもぐ……」
「どうだ相棒」
「これサラダだ」
「だろうな。……ってサラダ?この葉っぱ食えるのか?」
「ほれ、食ってみろ」
「食えるな……」
「クレソンか何かに似てない?これ」
爆炎の勇者は霊宿の指輪から町長の本を取り出してライフリートと見詰める。
「まぁ、似てるが……相棒の出した本は絵が精密じゃなくて分かりづらいわ」
「いやいやいや、これクレソンでしょ?まぁクレソンじゃなくてもこれで良いんじゃない?美味いよコレ!」
「野生のクレソンか?んなもんあるかよ……」
爆炎の勇者はクレソンとおぼしき草を幾つか抜いて森の中を進んでいく……。
因みに、クレソンは赤竜の裏の洞窟に住んでいる村の少女達が密かに栽培している物だったのは言うまでもない。
この卵の秘密は暫くあとになってかなり長く時間を使って説明されますので、それまでは忘れていて下さい。