第5話 町長の遺言 超々唯言
冒険者達は後を追う様にして出ていった。取り残された町長と爆炎の勇者は互いに見つめあって、爆炎の勇者から口火を切った。
「あー、解決したみたいだな。で、金はくれるのか?」
「うむ、残念ながら金はない。だが、多少は金目の物があるのでそれで多目にみてはくれないかのぅ」
「じゃあそれで」
「氷結の短剣と氷結の盾だのぅ。一応1つ50,000Gはするぞい。借金のカタに貰ったのじゃがまだ現金化して居らんかった。是非とも役立ててくれ。おすすめは現金化じゃがの」
「何故に?」
「目的あって持っておくのは良いのじゃが、氷属性が効果を発揮するのは火山だとかしかないからのぅ。重たいじゃろ?基本的に拠点や倉庫を持たない勇者は手に持てるものに限界があるからのぅ」
「荷物が沢山入る鞄とかポケット的な魔導具とかないのか?」
「まぁ、霊宿の指輪と言う魔導具はあるな。対象物を指輪に宿らせる事によって、少量の魔力で宿った物を再現する魔導具じゃ。しかし、再現出来るのはある程度の形だけであって、楽器の音色が狂ってたり、武器は思った威力が出なかったりする。まぁ注ぎ込むMPの量で再現力も上がるんじゃが……。
あとは1~5kg迄は殆ど重さを感じない肩掛け鞄なんてのがある。これは20,000Gから買えるので商人の必須装備になっておる。買っていく勇者様も多いのじゃが……爆炎の勇者様は武器に全振りしてしまったみたいじゃの!
本題に戻れば倒した魔物の輸送や長距離の引っ越し等に使う倉庫の指輪なる物もあるが、1,000,000G近くはする。これは上級冒険者でもない限り、使っている人を見ない物じゃ。
まぁ、暫くは鞄や背嚢、荷車やソリを使って荷物を運ばなきゃならんじゃろうな。魔導具はそれだけでかなりの値段がするのじゃ」
「そうか、ありがとう。……これからはトナリの村に向かってから稼ぐとするが……。生き残るための作戦が成功したら……何処で何をする予定か教えてくれないか?もし良かったら挨拶や報告に来てやらんでもない」
「ほっほ、まぁ拾った命だと思って好き勝手に生きたいと思うぞ、だから死んだと思って貰って構わんのじゃ」
「そうか、じゃあ、達者で、町長」
「それと、これは内緒の話何じゃが……。ごにょごにょ……。ごにょごにょ……。ごにょごにょ……」
「ほう、転生者や転移者には卵と言う未発動の能力と孵化なる便利な特殊能力があるのだな。成る程……。漆黒の勇者は……か、私が……で、他は……ほぅ、こんな便利な能力もあるのか……」
「まぁ、こんなもんじゃの。漆黒の勇者や他の勇者に会ったらサポートしてやってくれ、あとは頼んだぞ」
「任せとけ!だから何かくれ」
「……じゃあこれをやろう」
「指輪?……もしかして‼」
「確かに霊宿の指輪じゃが、これは既に幾らかの本が宿っておる」
「本?」
「この異世界の常識や……異世界の住人なら誰もが知っている魔法の使い方や、その種類。食べられる野草や、動物の解体方法。魔物の生態。その他役に立つ知識を集めて本にしてある物が一冊。これはこの異世界の住人にはほぼ無価値な情報になってはいるが、勇者様には有用な情報になるじゃろう。いつか勇者様のためにと書いたものじゃが、使い魔の精霊との連結が出来るようになったのでお蔵入りとなっとったものじゃ。
そして、異世界のアメリア周辺地図。これは異世界でもかなり有用な情報になる。地図は貴族か町長以上の役職に限りの販売で値段は300,000G程する。持ってる事は秘密にした方がいい。アメリア国内地図&アメリア周辺国広域の地図が一冊に纏められている。
あと、儂の若い頃に書いた小説と、書きかけの小説が一冊づつ。
以上計4冊が中に入っておる。本当はこれだけは持っていこうとしたのじゃが、自由になるってのは全てを捨てて身一つで行くと言う事じゃからな。役に立ててくれぃ」
「わかった。代わりにと言っちゃあ何だが勝手に小説を書き上げて出版してやるぜ!」
「楽しみにしておるぞ」
「さらば町長、嫌いじゃなかったぜ」
町長からの言葉はなく、笑顔のみの返答だった。
私は一礼して半開きのドアを軽く足で小突いた。
(相棒、ドアは開けてやれ)
「あっ、そうだ。日用品泥棒していっていいか?」
「感動的な場面が台無しじゃのう。好きに漁って行ってくれ。町長室の物以外は鍋でも皿でも持っていっていいぞよ」
「サンキュー!」
爆炎の勇者は勇者養成城の勇者よろしく町長宅を荒らし回って使いそうな物を片っ端から袋に詰め込んだ。更に使い込んで柔らかくなった革の背嚢まで探し出し、そこに着替えや蝋燭、尻を拭く端切れまで詰め込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
町長はいつもの町長専用の執務椅子に深く座って付き人を待つ。長年連れ添った夫婦並みに多くの時間を共有した付き人と町長はお互いの仕事速度や思考形態が分かっており、何となくいつ来るとか分かってしまうのだ。
そこに精霊祭の片付けを終えたであろう付き人がハジメの町人共通の3回・3回のノックをして入ってくる。
町長にとって、付き人のノックは同じリズムのノックでも他の町人のノックと違うように聞こえている。数十年一緒に過ごした時がノック1つで人の判別はおろか感情を読み取れる迄になっていた。
付き人はルシフエルの召喚時に共に居たから私が死ぬ事は知っている。しかし、ノックから感じ取れる感情は何時もの「町長!しっかりしてください!」の一言から始まるリズムだ。
ガチャリと音を立てて付き人が入って来る。
「町長、しっかりしてください」
「……付き人よ、声色までは操られないみたいじゃの」
私が付き人のノックを判るように、付き人も私がノックの音を読んでいるのを判っていたか。その上でノックの音色を操れるんだから大したものだ。声色迄は変えられなかったようじゃがの。最後の最後になってそれに気付くとはなぁ……。
「……町の人には今夜20時迄に荷物を持ってトナリの村に避難する様に使いを出しました。私と町長はここに残って住人避難までの時間稼ぎ……足止めです。最後まで宜しくお願いします」
「儂に付き合う必要はないぞ、付き人よ。儂にすれば付き人も町人の1人。残る事は町長として許す訳にはいかん……ただ……」
「ただ?」
「儂が儂としての最後を迎える迄儂の側を離れる事は許さん」
「お供します。町長」
◇ ◇ ◇ ◇
隣の部屋にて人妻の作ったお弁当をもっちゅもっちゅ食べつつ聞いていた爆炎の勇者だった。結論から言えば爆炎の勇者はこれ以降町長に会う事はなかった。
爆炎の勇者は徐々に慌ただしくなる町に別れを済ませる。解体屋は元々繁盛していないらしく、多少の解体道具を2往復でトナリの村に運ぶとか言っていた。魔導具屋はショーウィンドウごと引っ越しをした後だった。恐らく、あの町長に付き人の事だから避難先のトナリの村に予め避難の用意をして居たのかもしれない。下手したら疎開用の空き家すら用意していたのかも……と言うのは考え過ぎか。
◇ ◇ ◇ ◇
・竹の水筒×2
・柔らかいパン×2
・手鍋×2
・陶器の深皿×2
・木のコップ
・銀のスプーン
・銀のフォーク
・塩胡椒
・砥石
・インクの瓶
・老人服
・ランプ
・小瓶入り油
・端切れ
・革の背嚢
・革の小袋×7
◇ ◇ ◇ ◇
「しかし、この蟻の行列。異世界の人々ってのは逞しいねぇ。勇者要らないんじゃない?私の居た世界だったら隣の村に避難なんてしやしないよ」
(相棒、魔物がいる異世界と魔物が居ない世界の違いはここだと思うぞ。命がかかっているから渋々動く、みんな動いてるから私も動く。大体の人はこんな感じの惰性で引っ越ししているような感じもするしな)
「しかし、これだけの人が……ってか全町民が村に入るのか?一体どんな村なんだ?」
(まぁ、抜かりはないと言うか、町長もかなり無理してトナリの村に穀物倉庫を作ったり、空き家を10件ほど確保してたりしたみたいだから、それだけでも1,000人くらいなら何とかなるんじゃないかな?流石に5,000人は入らないと思うけど……民家に泊まったりバラック作ったりして対応するんだろうろうな。それでもあぶれそうなら更にその先北に20kmの集落に行く人も居るだろうな)
「ほう、じゃあトナリの村に行っても邪魔になるだけかな?」
(まぁ、立ち寄るくらいなら良いだ、わろうが……夜になったら人でごった返すだろうな。いっその事一緒に難民したらどうだ?)
「まぁ、ハイドレザーコートもあるし、パンもあるし、水筒もあるし、野宿でもしてみるさ」
(まぁ、何事も経験だな。まだ10月始まったばかりだからギリギリ野宿も可能だろうが、……?おい)
「そぉい!」
(何してんだ?)
「ここにこの跳び跳ねるのが居るな」
(ふむ、これは飛蝗だな。蜥蜴、つまり俺の餌だな。
「そおい!」
爆炎の勇者は荷物を放り投げて飛蝗を捕まえては小袋に詰め込んでいく。
(ふむ、俺は食わなくても大丈夫何だが…、いい心がけだな。流石相棒だな!食えん訳ではない)
「何言ってるんだ?お前の分はお前でとれよ」
(は?)
「取れたァーッヒーヤッホゥ!」
(まさかそれ……食うのか?)
「まぁ、脚が生えてれば大抵のものは食えるとお爺ちゃんが言ってたから間違いないだろう。ぐずぐずしてるとお前は夕飯抜きだぞ!ヒャーハーッ!」
(飛蝗を喰う位なら……いや、食うか)
「よっと」
ライフリートが爆炎の勇者の背中から顔を出し、ちゅるんと落ちる。昼間灼かれた暖かい草の上で飛び跳ねる飛蝗を追い掛けて、ライフリートと爆炎の勇者は地面をタッチ&ゴーが如く地面にて飛び回る。
「ふっふっふ……私は19匹、ライフリートはどうだ?」
「残念ながら17匹……。しかぁし!胃の中には4匹ほど入っているぅ!つまりこの勝負!」
「私の勝ち!」
(俺の勝ち!)
「……」
(……)
(…………あほらし、ばった喰お)
「じゃあ私も……鍋で虫を蒸し焼こう。おい」
(あ?)
「尻尾についてる火よこせ」
(ああ、いいよ)
◇ ◇ ◇ ◇
夕食
・飛蝗の木乃伊ソテー×19
◇ ◇ ◇ ◇
「今日はこの辺で野宿するかな」
(寝るんなら赤外線サーチで見張っとくぞ)
「すぐには寝ないが、見張りは頼むぞライフリート」
「ほいきた」
適当に集めた薪木がパチパチと爆ぜながら、赤外線サーチを使いつつ寝てるライフリートと小説を読む爆炎の勇者を照らしている。
爆炎の勇者は特に教えられる訳でなく、感覚で霊宿の指輪から本を取り出していた。それは召喚初日、ライフリートが炎に包まれていた魔法の体感情報を無意識のうちに共有して、その情報を記憶していたからだった。
爆炎の勇者はチリチリと指輪にMPを吸われていく感覚と共に本を読み進めていく。真っ先に選んだ本は常識や魔法の使い方の記された『異世界記』。少年はアメリアと言う国の政治的救済と言う難題を押し付けられては居たが、一切その達成手段を教えて貰っては居なかった。その糸口を掴むためにはまず情報が必要だった。
「アメリア首都では国王以外の執政機関として、政治的話し合いとその決定を下す貴族院と俗議院があり、その議員はアメリア国の男爵以上の叙爵者と町長によって選ばれる。――か。成る程。男爵の叙爵条件は――ふむ。一定以上の国家への貢献と忠誠と、金か。それを稼がないと政治には何の手も出せないのか……難題だな。それを高々(たかだか)高校生が2年にも満たない期間でやらねばならんのか」
爆炎の勇者は5秒だけ空を眺め、足を組み替えて再び本と向き合う。
「金の稼ぎ方は……適当な職業についてコツコツと稼ぐか……危険を犯しつつも冒険者を始めるか……か。これ迄の勇者職業リスト……詩人。僧侶。大工。発明家。魔法使い……ふむ。皆働くだけで時間切れか。……結局時間切れで町長に寄付?100万Gも寄付してやがる!あの町長何に使いやがった!……うーん。やっぱり普通のやり方じゃあ無理だよなぁ」
「まぁ、男なら冒険者だよなぁ」
「起きてたのかライフリート」
「おうよ」
「やるからには真面目にやらなきゃな。ライフリートももっと強くしてやるさ」
「ん?俺か?」
「まぁ、熱耐性が高くなるからな。一杯飛蝗食って大きくなれよ」
「飛蝗程度で強くなるかねぇ……って今更だが人間が飛蝗食って大丈夫か?」
「まぁ、かなり火通したし大丈夫だろ。さぁ、寝るか。ちゃんと見張ってろよ!おやすみ!」
(おぅ、おやすみ)
爆炎の勇者は背嚢を枕にして、ハイドレザーコートにくるまって寝た。10月は、夜の気温が徐々に下がってくる時期となる。寒暖の差をうめるハイドレザーコートは押し売りに買わされた様な物だったが、実際は1,000G以上の働きをするだろう。
爆炎の勇者は意識を手放した。