第10話 イナカの村
「ここがイナカの村か」
「相棒の地図を見る限りそうだな」
「人口2,000人で特産品は麦と野菜の農産物中心。収入は農産物の販売と首都と各村町を繋ぐ宿場の収入が半々。年中飲める麦酒と果実酒が人気を呼んでいる……か、さてこういう時は何処に行けば良いのか」
「村長に挨拶は鉄板じゃないかな。ついでに一晩の宿と飯を奢って貰え、そして働いて返せば良いだろ」
「成る程な、そして恩を売れば良いんだな」
町の中は収穫を終えた静けさと言うか、一息ついて休んでいますと言ったオーラが出ていた。村長の家は村の中心にあり、それなりに大きな佇まいではあった。その縁側に座っている老人に話しかける。
「私は旅の勇者です。はじめまして。早速ですが路銀が尽きてしまったので、1泊の宿と食事を頂ければと思います。ご恩は働いて返したいと思います。是非とも検討下さい」
「いいよ、丁度御馳走があるから、中に入って食べて」
「ありがとうございます」
◇ ◇ ◇ ◇
中に入ると収穫祭ならぬ収穫宴会の最中だった。私は村人達の話の肴になりつつ、久し振りの食事にありついた。旨い。牛肉と鶏肉と川魚の焼き物と麦のクッキーみたいな物を食べて、眠くなったら寝てしまった。
朝起きると、周りには宴会で潰れた人達が同じ様に転がっていた。昨日の料理がそのまま残っていたので、勝手に食べた。全部食べたら皿を重ねて台所に持っていく。証拠隠滅も兼ねて洗ってしまおう。井戸の水が冷たくて気持ちが良い。皿を洗った後、つい台所の外にある井戸で行水してしまったが、行水中は誰も通らずに誰とも会わなかった。そのまま服も洗ってしまおう。と洗濯をしようとしたらば、この家の手伝いに来た女の子が通り掛かった。挨拶をしたら洗濯をしてくれると言う事なので、甘えさせて貰った。
食事と睡眠と入浴。ある程度の衣食住が揃うだけで身体中に力がみなぎってくる。宴会部屋に戻ると、さっきの子が転がってるオッサン達に朝食と水を配って回っていた。それは、少々高級品でもある米から作られた「塩おにぎり」だった。私はなに食わぬ顔でおにぎりを貰った。
ライフリートは……寝ていた。まぁ疲れただろうから休ませてやる。家主の村長は何処かに行って居なかった。太陽が昼に差し掛かる頃になったらちらほらと倒れているオッサン共が起き上がって帰っていく。私は主の代わりに1人1人に水を配ったりしながら見送った。最後の1人が帰ったらライフリートも目を覚ました。
例の少女は昼になったらまた来た。私のためだろうか、笑顔でおにぎりを3つ置いて行った。なんと嬉しい……!おにぎりを1つ残して全て食べると、立ち上がって首を鳴らした。
「そろそろ働かなきゃな!」
「よく寝たぜ!これ以上寝てたら尻尾切られてしまうぜ!なあ相棒」
「全くだ。俺も色々と切られちまう」
◇ ◇ ◇ ◇
スウィングドアを押して酒場に入ると色々な視線が集まる。昨日見た農民モドキいや、本職の農民か、と、行商やらその用心棒みたいなのが20人程いる。
「マスター、なにか仕事はないか?」
「あんた何者?」
「私は爆炎の勇者。実はこれが初仕事なんだ、適当な魔物を狩る仕事があれば…使って欲しい。何かないか?」
「じゃあ、犬鬼と土鬼の大量発生した付近の森の正常化をお願いしたい。そうだな、条件としては犬鬼か土鬼を合わせて50匹ぶっ殺してくれ。証拠として死体を50体分くらい解体屋に持っていって、納品してもらう。それからこの聖水で森を清めてきて欲しい。報酬は5,000G。金の出所はこの村の村長さ」
「委せなさい!って解体屋に持っていったら素材分のお金はもらって良いのか?」
何故か酒場に笑いがおこる。これは図々し過ぎたかな?
「ああ、勿論だ」
「持ってくるにはどうすれば良いんだ?」
「外に獲物運び用のソリはあるぞ?でかくて使いにくいとは思うがな」
再び笑いが起こる。案外こんな物なのか、田舎の酒場はわからん。
◇ ◇ ◇ ◇
「いるね。前方10mに5匹。気配が分かる奴が居るのかにおいが漏れてるのかこっちに気付き始めてる気がする。動きを止めてこちらの音を聞いているみたいだ。土鬼アーチャー2匹に木の棒を持った土鬼が3体。どうする?相棒」
「息を殺して…。5分くらい待ってみるか」
「あ、談笑を始めたみたいだ。今ならゆっくり近寄って奇襲できるぞ」
まずは土鬼アーチャー2匹を奇襲で殺す。次に棒を持った土鬼3匹だ…。
アーチャーに向かって飛び掛かる。剣を薙ぎ払い首をはねる。庇った手ごと切り捨てて尚勢いが止まらない。この剣は…重い!返す刀でと言うか2撃目は弓をつがえて1歩退いた2匹目の土鬼アーチャーだ。剣は先に弓に当たり、勢いそのままに土鬼アーチャーを薙ぎ倒す。首を斬るようにはいかなかったが、胸を大きく切り裂き、舞い上がった血飛沫から戦闘不能だとわかる状態だった。
さぁ、奇襲のアドバンテージがなくなった所で3匹が同時に襲ってくる。まずは1匹目の打ち下ろしの一撃を剣で受ける。木の棒は鋼鉄剣に負けて半分刺さったままで、意図せずゴブリンの装備を奪ってしまった。
反撃に出ようとした所に残り2匹の攻撃が当たり、右肩と左脛に激痛が走る。
「いでぇ!」
しかし、痛がってここで倒れたらタコ殴りにされる!
剣を振り、棒を地面に叩き付けて取る。そのまま身体ごと土鬼の群れに飛び込み、巻き込みながら3匹同時に斬る!
両断とはいかなかったが、胸を激しく切り裂いた土鬼はのたうち回る事しか出来ない身体になっていた。今回はたまたま敵の位置が味方して3匹同時に斬り裂く事が出来たが、次はそうはいかないだろう。とりあえず地面に並ぶ土鬼の首をはねる。1…2…3…。その場には血塗れの学生服を着た私だけが取り残された。
肩と脛の傷を確認する…。うん、これは…内出血してるな。少し青くなりはするだろうが、折れてはいない。土鬼は人間の半分くらいの能力らしいので、多少の棒程度では致命傷は受けない。弓はさすがに危ないが、当たらなければどうと言う事はない。こっちには優秀なレーダーがある。弓の射程よりは探知範囲は広い。ライフリート様々だ。
「あと戦利品は…木の弓と矢1本か、…」
弓に矢をつかえて構える。するりと限界まで引き絞る事が出来た。
あんまり威力はないんだな、この弓…。10m先の木に刺さるかどうか位か、まぁ、人間が想定敵で、土鬼の前衛が頑張っているうちに撃たれるなら結構な驚異か…。まぁ、弓と矢は置いていこう。
しかしこいつら…重たいな…。20kg位か…。とりあえず森の外にあるソリ迄運ぶが、20kgの重りを持って200m程の道を6体分往復…辛い!
120kgの重さのソリ…これを曳くのか…!引っ張ってみると120kgにしては軽いが…
「うおおおお!」
「はぁはぁ…ゴブリン持ってきたぞ…」
解体屋に着く頃には滝の汗玉の汗、涼しい筈の10月が身体中の水分が出る様な労働を経験した。
「ええ…鼻だけで良いのに…これ、処理費用は貰うよ?」
「は?」
解体屋の言うにはゴブリンの討伐の証明は鼻だけでいいらしく、あとの部位はほぼ使えないので、処理費用だけかかるそうだ。理由は「元々土だし」。まさに成る程。ぐうの音もでなかった。
「くそー、騙された!」
例の酒場に駆け込んで一言文句を言う。それだけの為に酒場にやって来て口を開いた。
「おい!教えてくれてもいいじゃねえか!」
再び笑いが起きる。どうせ爆笑の勇者とでも呼んでるんだろ?私には聞こえないがな!
「いや、まさか本当に死体を運んでくるとは思わなかったんだ。許せよ、はっはっはっ!まぁ、果実ジュースくらいは奢ってやるから許せ。はっはっは…」
「なかなか嬉しいじゃないの!はっはっは、…うまい」
異世界に来てから甘いものに飢えまくっている上にそもそもまともな食事もしてない。何のジュースかわからないが相当旨いものを飲んだ気がする。飲んだ瞬間真顔になってしまった。
ともあれ、日が暮れる前に再び土鬼だか犬鬼を退治しに行く。特に数字として経験値とか貰える訳でもないので、常に命がけではあるのだが、働く事自体がかなりの新鮮さと楽しさを持っていた。
「10m先は3匹、但し30m先にも6匹。戦闘中に増援が来る可能性がある。引き返して別な群れを襲うか、突っ込むか」
「3匹なら…行くか」
事前に位置を確認し、50cm程の段差より踊り出る。今回は1番厄介な土鬼アーチャーを最後に狙う事とする。理由は簡単。奇襲後に驚いている状態から弓をつがえて撃つ迄には時間がある。そこを突いて不意打ちで全てを片付ける作戦だ。先ずは1匹、円を描く様な軌道で放つ力を抜いたファーストアタックは土鬼の首を飛ばした。これも経験から学んだ事だが、土鬼の首は全力で斬るほど固いと言う事はない。よって力を抜いて遠心力に任せた攻撃でも十分に対処できる。力を抜く事によって、次の攻撃までの間を短くする事が出来る上に、体に掛かる負担は段違いに軽い。1m先にいる土鬼が木の棒を掴むと同時に続くセカンドアタックも力を抜いて首を狙う。切断。続くサードアタックは円運動を殺さずに1回転して行う。目線を一瞬離すのは多少怖いではあるが、1周した私の目は弓と矢を持った両手と胸を深く斬られて土鬼アーチャーを捉えた。止めは首に突きを行う。
「随分手際か良くなったな。増援は今此方に向かってるが、まだ余裕がある。その辺に隠れていたらどうだ?」
再び先程奇襲した地点に戻って息を整える。頭の中で次に試したい事をシュミレーションする。これ迄の鋼鉄剣は叩き斬ると言う使い方だったが、次は刃を引いて斬る事を重点的に試したい。私は目を閉じてライフリートの視覚の記憶にアクセスする。見える。ライフリートのピット機関が捉えた熱の軌道が見える。本来なら視覚に変換出来るのか怪しい物だが、目蓋の裏にはブッシュの向こうの熱源がハッキリと分かる。到着した6匹の土鬼は既に事切れている土鬼を調べて此方に背を向けている。団子状になっているのが運の尽きだな、まぁ私に出会った時点で運なんて無いがな。
タイミングを測りつつ出来るだけ無音でブッシュを飛び越す。円運動を行い斜め上から斬りかかる剣ははじめの土鬼の首を斬り飛ばす。続いて2体目は剣の先端が首に掛かった際に刃を引く。切断とはいかなかったが、ぱっくりと切り裂かれた首は戦闘不能を物語っている。そのままの勢いで回転斬りと行く。
もう1回転して行う回転斬りはかなり深く肉薄して行う。3匹同時に斬り払う目的の元、肩が触れ合う程に斬り込んだ剣の根元で先ずは1匹目。続く剣の先端でもう1匹を巻き込むが、切断には至らず。次は剣を引かずに逆に押し込んで斬る。根元に巻き込んだ土鬼の首から太い骨の様なものを斬った感触が伝わる。先端に引っ掛けた土鬼は突きを食らう格好となり、無事に戦闘不能に追い込む。3匹目は剣を投げて串刺しにする。上手く行った。
残る1匹は棒を持って臨戦体勢となっていた。こちらも落ちている棒を拾って威嚇する。ジリジリと土鬼は鋼鉄剣側に寄っていく。武器を奪おうと言う魂胆が見える。そっちがその気なら…。こっちはその上を行く。先程斬り落とした土鬼の首を鋼鉄剣に伸ばす手に投擲する。一瞬動きが止まったら飛び込んで棒で腕を殴打。蹴りで薙ぎ倒す。あとは鋼鉄剣を引き抜いて首をはねる。これで合計9匹。完全なる無傷で倒した事になるか。
「相棒、戦士としての才能があるかもな。はじめの戦闘から次の戦闘、そこから今の戦闘と、成長が早い。それに今俺の視線を盗んだろ?あともう相棒が何考えてるのか分からないし、心を閉ざすのも上手くなった。才能ってこういう事を言うんだろうな」
「誉めても何も出ないぞ」
「旨くもないから喰いたくはないが、俺も相棒みたいに強くなるために、喰うかな」
「土鬼喰うのライフリート?お腹壊さない?」
「魔素を喰って消化するんだ、人間なら魔素中毒になるが、精霊にとっては不味いが成長するための栄養にはなる。あと、鼻は喰わないから安心しろ」
戦場の片付けとして、私は土鬼の鼻と武器を集めて背嚢に仕舞う。ライフリートは土鬼を喰う。何処に入るのか分からないが、ライフリートは己の体積以上の土鬼を食べていた。流石に全部は食べない様だが、心臓とか目玉とかを優先的に食べていた。ちょっとキモい。
その後土鬼の死体を集めて聖水を振り掛ける。すると土鬼はシュワシュワと音を立てて土になった。その辺の木や土に掛けてもシューと言う音と共に僅かに揮発する。
「浄めるってのは薄くばら蒔けば良いのかな?」
「それで良いと思う」
私は土鬼の居た付近をウロウロしつつ、ピチャピチャと聖水を蒔いた。心なしか不穏な空気は消え去った。何となくこの場所からは土鬼が発生する事はない様な気がする。
「残り36匹か、何とか行けそうではあるが…これが問題だな」
問題は鋼鉄剣だった。ほんの十数匹の犬鬼をほふっただけで、かなり切れ味が落ちていた。徐々に切れ味が回復する魔法がかかっているとしても、完全回復までは日数が掛かる訳で、それまでは研ぐと言う訳にもいかない。研いで削れた分を再生しようとするからだ。自動再生は何気に不便な部分もあるのかと身をもって知った。
後程、文章を少し読みやすく訂正します。