表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある世界の幼馴染は  作者: 夢前 日陰
IFの幼馴染は
7/8

ある夏祭りの幼馴染の話 後編

僅かな沈黙が、落ちていた。


「………そっか」


まるで見えない何かに貫かれたような衝撃。

一瞬、息の仕方を忘れた。

それでも私は問いかけた手前、返事はしなければと数秒の後、花火にかき消されそうな震える声でそう返して、同様に震える息を吐く。

なぜか、視界に映る花火がぼやけて、よく見えない。

ただ、思う。

欲しかった答えは、今更手に入れても、仕方のないものだった。


「…なに泣いてんだよ」


そこで、彼に指摘されて初めて、自分が泣いていることに気づく。


「あっ…」


目元に手を持ってこようとして、横から伸びてくる手に彼のほうを見れば、彼は優しく親指の腹で涙を拭ってくれたから、益々涙が止まらなくなった。

それは、いつも彼が、泣いている私にしてくれるものだったから。


「ったく、相変わらず泣き虫だな。…ん?相変わらず?」


しかしふと、涙を止めようと必死に瞬きをしていたとき、彼に優しい響きでそう言われて、私は思わず目を見開いた。


「っ!」


後半の言葉と、首を傾げる彼を見れば、ああ、思い出そうとしているのだと、察する。

それは今の彼には、きっと不要なものなのに。

もうこれ以上思い出させたら、彼のためにならないんじゃないかと、焦った。

思い出してもらえるのなら、嬉しいはずなのに。

前みたいに傍にいられればと思わずにはいられない自分から、目を逸らせはしないのに。

それでも。


脳裏に過るのは、道行く人の半数以上が振り返らずにはいられないほどの可愛い女の子。

上等な牡丹の浴衣を纏い、綺麗なブロンドの髪を靡かせていた彼女は、今までは私が立っていたはずの彼の隣で楽しげに笑っていて。

ダメだと、思った。


だから私は、何かから逃げるようにすっと立ち上がって、荷物を持ち直す。

それからタバコの煙を燻らせてこちらを見る彼の顔を真剣に直視して、静かに、感謝の言葉を捧げた。


「ありがとうって、感謝されるようなことしてねーけど」


彼は僅かに眉を顰めて、不思議そうに私を見返す。

けれど私は、構うことなく続けた。


「ううん、ありがとう。あなたのおかげで、私はきっと、その人に好きでいてもらえたと、思えたから」


何せこれは、お別れの挨拶だ。

私はここで、切り替えなければいけない。

だから最後に、どうか、せめて最後に。


「だから、ありがとう。…元気でね!お幸せに………ルー」


本当に、本当に小さな声で呼び慣れた名前を囁いて、私は彼に会釈をすると、踵を返して歩き出した。


「ん?ルー…」


その後ろで、聞き取った単語に首を傾げる彼に気づかず。

ただ早くこの場を立ち去ろうと、足早に進んでいた。


「…なぁ!」


けれど、ある程度進んだところで、彼に呼び止められてしまう。

私は反射的に足を止め、更に彼を振り返ろうとして、体の動きを止めた。

そこにいるのは、私の知っている彼のようで、彼じゃないのに。

振り返っていいの?と心の中で自分に囁く。


私の知っている彼は、もういないのに、と。

ここにいる彼はもう、別人のようなものなのに、と。

そう、だから、私は彼に泣き顔を見せたくはなかった。

それでもさっき泣いてしまったのは、きっと。


「今、ルーって言ったか?」


彼の言葉が嬉しかった。

彼の言葉が悲しかった。

彼の言葉が愛しかった。


「言ってないよ」


だから私は、首を横に振るのだ。

空々しい言葉が、花火の音の後に響く。

彼はそうか、と呟くと、また動こうとした私を引き止めるように言葉を続けた。


「なんか、懐かしい感じがしたから…なぁ、ちょっと振り向いてみてくれないか?」


私は浮かせかけた足に重心を戻し、花火の光に照らされた地面を眺めながら首を横に振る。

涙は未だ、止まらない。

ぽたぽたと落ちて、服にシミをつけていく。


「…そうか。………なぁ」


そんな私に納得していないような声で彼は呟くと、何かを言いかけて黙った。

ああ、本当は、このまま無視して帰ってしまえばいいのだろうに。

どうしてもそれができない自分が、憎いと思った。


「…イーク?」


なんて、考えていたこと全てが、彼に名前を呼ばれた瞬間に吹き飛んで、反射的に振り返ってしまう。

驚いた顔で彼を見れば、彼は片手で額を押さえながら言った。


「なんか、そんな名前だった気がする…確認させてくれ。お前の名前は、イークか?」


最初は、言われたことが理解できなかった。

けれどすぐに、じわじわと感情が沸き上がる。

名前を思い出してもらえた。

名前を読んでもらえた。

覚えのある響きが、呼び方が、染み込むほどに喜びを引き出す。


「どう、かな」


けれど私は、曖昧に微笑んで、肯定しない。

それはつまり、私が避けたい、避けなければならない事態に益々近づいたということなのだから。

これ以上は本当に、もう。


「ちょっと、そこに座って、待っててくんねーか。すぐ、戻ってくる」


今度こそ帰ろうと口を開きかけて、遮られた。


「え、う、ん?」


私は戸惑いながらも流されるように頷いて、去っていく彼の後ろ姿を見送る。

それから示された石段の上を見やり、少し悩んだ後、また先程座っていた場所に行って腰を下ろした。




「売れ残っててよかった。ほれ」


私が泣き止んで冷静になり、どうするべきか頭を悩ませていた頃、戻ってきた彼の手に、タバコはなかった。

代わりに持っていたのは、毎年見ている手持ち花火。


「え」


口をぽかんと開けて、彼を見てしまう。


「前に一緒に来た奴と、どっちが先に落ちるか勝負してたんだ。最後の花火まではまだ時間があるから、暇なら、ちょっと付き合ってくれ」


今年はできないと思っていたことが、もう二度とできないと諦めていたことが、目の前にあった。

彼が、誘ってくれている。

私だと気づいていないはずの彼が、去年までと同じように、線香花火を一本私に差し出してくれて。


「う、うん」


だから、つい、帰ろうとしていたことも忘れて、私は線香花火を受け取ってしまう。

慣れたようにマッチで線香花火に火をつけた彼の手元を見ながら、パチパチと弾ける火花が落ちないようにしっかり持とうとして、自分の手の震えに気づいた。

あ、これじゃあ、と思ったところで、ポトリと、一本の線香花火は終わりを告げて。

暫しの後、もう一本の火も、ポトリと地面に落ちた。

そうして、脳裏に過るのは、大切な、私と彼との思い出。


“ふふっ、勝っちゃった”

“くそ!負けた!”


「…ふふっ、負けちゃった」


私はすっと立ち上がると、こよりを見ながらあの楽しさを思い出して、つい、いつもの調子で笑った。


「………今回は勝ったな」


けれど、その言葉を聞いた瞬間、まるで冷水を浴びせられたかのように背筋がスッと冷えた。

どこか嬉しそうな調子の、柔らかい声。

最後の花火が連続で空を彩って、散っていく。


「やっと、勝てたな。イーク?」


彼は私と同様に立ち上がって、自然と追うように彼を見上げた私の目と目を合わせた。

合わさった金の瞳は細められ、まっすぐに私を見つめる。

確信を持って呼ばれた名前に、思い出の中の人物と私が一致したらしい言葉。

今日、この場所で最初に会ったときとは、もう、違うと、思った。

思い出したのだと、否が応でも察してしまう。


「…思い出さなくて、よかったのに」


ああ、胸が、苦しい。

ぐるぐると渦巻く感情がこみ上げて、ぼそりと、吐き出すように低く呟いた。

思い出したところで、もう元の関係には戻れない。

きっと今の彼の大切な人なのであろうあの女性に、申し訳ないから。

二人がギクシャクして、彼が不幸になるのは、嫌だった。

あの女性との関係がどうなろうと、私が彼の傍にまた立てる日は絶対に来ないだろう事実が、嫌だった。

だからもう、どうせ戻れないなら、いっそ思い出さないまま別れたかったのに。

ひどい、と、思った。

彼は、私に抱いてはいけない期待を抱かせようとする。


「…好きな奴を思い出す権利くらい、くれよ」


どこか悲しげな低い声が届いた。

本当に悲しそうな、遣る瀬無いような、そんな。


「………でも、一緒にいた、あの女性は?」


だから私は、少し間を置いた後、思い切ってあの女性のことを尋ねてみた。


「あぁ、ララの事か」


返ってきた言葉の、愛称らしき単語に心が冷えていく。

心の中で、ララさん、と呟いた。

愛称で呼ぶことを許されるほどに、彼はあの人と仲が良いのだろう、と、思った。


「何か勘違いしてるみてーだけど、別にあいつのこと、好きでもなんでもねーぞ」


そこで、何の気負いもなく告げられた言葉が耳に入る。

えっ、と零して、どこか面倒臭そうな彼を見た。


「今日だって、あいつにせがまれただけだしな。まあ、祭りに来れば何か思い出すかと思って来たってのもあるけど」


投げやりな口調で、態度で言いながら、それでもまっすぐに金の瞳は私を捉えている。


「で、思い出したら思い出したで、思い出さなくて良かったのにとか言われるし」


そして、どこか詰るようにそう言ったかと思うと、彼は不安そうに瞳を揺らして私に問うた。


「お前は、思い出して欲しくないほど、俺の事が嫌いなのか?」


揺れる金色に、嘘は吐けなかった。


「嫌いじゃ、ないけど」


嫌いじゃない。

嫌いじゃないの。

誰よりも、私は、誰よりも――。


「なら、なんだよ」


不機嫌そうな声が私を責める。


「勘違いしてたら嫌だから、聞くけど。大好きな人って、俺のことじゃ、なかったのか?」


直球な問いにすぐには返事ができなくて、けれど誤魔化そうにも逃げ場はなくて。


「………ルー、だよ」


観念するように、小さく答えた。


「私は…私は、ルーへの気持ちに、嘘を吐いたことはないよ」


必死にそう返せば、彼ははぁ、とため息を吐いて、真剣な表情で聞いてくる。


「…お前のその好きは、どういう意味の好きなんだ?」


流石に素直には、答えられない問いだった。

今まで好きだよと言っても、彼には幼馴染としてだと誤解されていた。

関係を壊したくなくて、敢えてそれを訂正しなかったのは、私のほう。

ただ彼と、一緒にいたかった。

一緒に、傍で生きたかった。


「…わかんない。ただ………ただ、誰よりも一番、ルーが好き」


それは、どういう意味の好きになるのだろう。

親愛?友愛?それとも、恋愛?

長く好きだったことで、その定義が曖昧になっているように思う。

けれど、確かなことはある。

これだけは、譲れない。

ただ、私は。


「――ルーが一番、大切なの」


そうか、という声が静かな神社に響く。


「…なら、これ言ってもいいよな」


それから決して少なくはない覚悟で想いを告げた私を見ながら、彼は小さく何かを呟いた。


「なぁ、イーク。お前に一つだけ言っておきたいことがある」


聞き取れなかったそれを聞き返す前に、彼は緊張しているのか僅かに固い声でそう告げる。


「うん?」


私は何を言われるのかと緊張しつつも、首を傾げて続きを促した。


「俺のお前への好きは、恋愛感情だぞ?」


そうして言われた言葉は、やっぱりすぐに返事ができるものではなくて、結局私は逃げるように下を向いて黙り込んでしまう。


「………あぁ、もう、じれってぇ」


しかしそんな私を見た彼は焦れたようにそう呟くと、足早に私に近寄り、背中に腕を回して自分の腕の中に閉じ込め、私の顎を人差し指で持ち上げた。


「る、ルー?」


状況についていけず白黒させた目が見慣れた金色と強制的に合わされて、囚われる。

照れたようにふいっと逸らされた視線がまた戻ってきて、私を見据えた。


「ああ、その、なんだろうな。こんなの慣れてないんだけどな。一回しか言わないから良く聞いとけよ」


躊躇いがちに頷いて、目の前の金色を見つめ返しながら耳を澄ます。


「俺は、お前を世界で一番、愛してるよ」


返ってきた言葉に、胸が熱くなった。

視界がぼやけて、また泣きそうになる。

あの綺麗な女性よりも、彼は私を好きだと言ってくれるから。


「…私も、この世界の中で一番、誰よりも、ルーを愛してる」


素直な想いが、静かな二人の空間に響いて。


「!?」


ドンッ!と、赤い花火が上がった。

驚きに涙も止まって、思わず驚いた顔で花火の上がった場所を見る彼を伺う。


「あれ…最後の花火、もう上がったよな」


頷こうとして、顎にかけられたままの手に気づき視線をさ迷わせた後、頷くのをやめて歯切れ悪く言葉を返した。


「う、ん。そのはず、だけど」


そこで彼も自分がしていることに気がついたのか、微かに顔を赤くして手を離す。


「あ、いや、その、悪い。なんかすごいこと言った気がする、けど、まあ、それが俺の正直な気持ちだ」


視線がちょくちょくどこかへ飛ぶけれど、それでも「それが」から先はしっかりと私を見て、言い切った。


「う、ん、大丈夫。私も、ルーが好き、だから………ルーになら、何されても、いいから」


恥ずかしくて、顔が熱くなる。

絶対に顔が赤くなっているだろうと思いながらも、素直な気持ちを彼に伝えた。

それは、久しぶりの私の純粋な本音。

一点の曇りもない、二度と伝えることは叶わないだろうと思っていた、昔から言い続けた言葉。

元々私は、彼に嘘など吐きたくないのだ。


「…っ…お前、そんなことあんまり人に言わない方がいいぞ」


なんて、そう思っていれば、彼は私を見て一度言葉に詰まり、はぁ、とため息を吐くと、私を見ずにそう呟いた。


「ルー以外には、言わないよ?」


その様子に不思議に思って首を傾げながら言えば、彼はまたはぁ、と今度は額に手を当ててため息を吐いた。


「…本当に、何されても良いんだな?」


それから彼は優しげな、熱の篭った金色で私を見据えて、言う。

私は僅かに首を傾げつつも、当然のように、うん、と軽く頷いた。

そうすると、また彼に今度は先程よりも優しく抱き寄せられて、そっと顎を上げられる。

彼は目を合わせた後、少し躊躇する様子を見せたけれど、やがて意を決したかのように目を閉じると、私の唇に自分のそれを押し当てた。

数秒が、永遠に思えて。

離れていく唇を、ふと名残惜しく思う。


「こんなことされても、嫌じゃないんだな?」


顔を赤くしてそう確認してくる彼の唇に視線が行きそうになるのを抑えながら、静かに頷いた。


「嫌じゃないっていうか…嬉しい、かな?」


そして、躊躇いつつも頬を染めて、素直な気持ちを彼に伝える。

すると、腰に回された手にグッと力が入ったように感じて、首を傾げた。


「っ…あー、お前もう黙ってろ!」


そう言った彼の顔がまた近づいて、唇が塞がれる。

それと同時に連続で打ち上がった花火が神社を照らして、私達の姿を浮き彫りにした。

しかし瞼の向こう側に感じる光は暗いままで、それはきっと彼がいるからだろうと思う。

物理的にも、精神的にも、きっと今この瞬間、私達の距離は今まで以上に近かった。

それは今までと同じようで決定的に違う、新しい関係の始まりを示していて。


私は彼の腕の中に抱きしめられ、その柔らかい唇に同じそれで触れながら、そっと、思う。




やっぱり私は、きっと誰よりも幸せに生きていくだろうと。

――彼が、傍にいてくれるから。

補足という名のおまけ。




お祭り会場にて

「これで、運営からの花火は終了致しました。しかし、今年は教会からも花火を打ち上げさせていただきますので、よろしければ、皆様お帰りにならず、そのままお待ちください」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ