第3話 地主の事情
私は早朝、ひ孫の甲高い一声に目が覚めた。
「ねー、おとーさん! カブトムシ捕まえ行ってもいいだろぉ?」
「だから、一緒に行く友達ってのは誰かって聞いてるんだ!」
「いーじゃん! 別に!」
「良くない! ひいじいちゃん家の近所に、お前ぐらいの年齢の子供はいないだろ!? 」
「だーかーらあ、”友達” って言ってんじゃん!」
私は暫く二人の会話を寝床で聞いていたが
思い当たる節があったので、ヨイショと起き上がり
7歳の必死の訴えに声をかけた。
「おい、その友達っちゃ、もしかして拓海か?」
「あ、ひいじいちゃん! よくわかったねー!
あのね、それからね、おねえーちゃんも一緒だよ!
あと、おにーちゃん達も!」
「ほぉ、ほぉ……。それはミエお姉ちゃん達の事かな?」
私は世話好きな彼女の事だからと、おおよそ察した。
「うわあ、すっげー! ひいじいちゃん、よくわかったねー!!」
ひ孫の言葉に父親(孫)の洋一が驚いた。
拓海は洋一の同級生だった子だ。
仲良くて、学校から帰るや一緒に遊び
互いの家に泊まりに行くほどの仲の良さだった。
ミエちゃんは、そんな二人の良き姉貴分で
二人はミエちゃんをとても慕っていた。
だが……洋一は幼いうちに、大切な友達の死を二回も受け入れた。
「じいちゃん、こりゃぁ一体……」
「洋一には彼らが見えないんだろ? 残念だなあ」
洋一は息を飲み、ギョロっとした目で私をみるので私は黙ってうなずいた。
「……おい、優太! 拓海ってどんな顔してる?特徴は?」
「えー? お父さんの横にいるじゃん。見ればわかるじゃん」
「いいから言え!」
「坊主頭。すぐ鼻クソ掘る。こ っちの頬に大きな黒いのがついてる」
「それはホクロだよ。マジに拓海がいるのか」
洋一は辺りをキョロキョロした。
「お父さん、見えないの?」
「……ああ」
「お父さん、目ぇ大丈夫か?」
孫とひ孫の会話や、嫁達の心霊写真についての会話から
私は"皆が通る道"になっている、この庭を守る手立てを思いついた。
「朝飯食ったら、ちょいと出かけてくる」
私は作り途中の飯をつまみ食いして、さっさと出かけた。
行き先は、"皆が通る道"の終点(始発?)である由緒ある古寺だ。
この庭の向こう数キロ先にある。
私はテクテク歩いて行った。
*
寺への道のりは長かった。
途中、知り合いの軽トラが私を乗せて行ってくれた。
あえて言わなかったが、その軽トラの荷台には
チビ共を先頭に大勢(の幽霊)が寿司詰め状態で便乗していた。
「次郎さん、良く来ましたね。ささ、こちらへ」
寺へ着くと、ご住職が私をすぐさま出迎えそのまま真っ直ぐ本堂へと案内した。
「次郎さん所の嫁さん達から電話がありましてな……。
おぉ、おぉ♪ これはこれは、団体様ですなあ♪ 」
ご住職は、私の背後をマジマジと眺める。
「ご住職は……見えるのですか?」
「職業柄、(幽霊が)見えるようになりましたわい」
「なら話しは早い。実は、頼みがありましてね」
「お宅の家と庭が、道路計画に引っ掛かる事ですな?
私も非常に気掛かりでしてねぇ……。
役所で偶然小耳に挟んだ時からどうしたら良いものか考えていたのですよ」
なんとまあ幸運な事か!
私は畳に手をつき、額に畳の跡が残るほど深々と頭を下げて懇願した。
「ご住職、このとおりだ! 僕の家は道路になってもいい。
だけど庭だけは守りたい。協力して下さらんか」
「次郎さん、どうか頭を上げて下さい。
次郎さんの庭は貴重な霊道ですからな。
貴方のお気持ち分かります、分かっておりますとも」
私とご住職は、昼を過ぎても話し合っていた。
途中、息子達から電話があったが、ご住職が間を取り持ってくれた。
結局、私は一晩お寺に泊まり、朝が来るまで話し合った。
*
ご住職はまず、信仰深い土地柄を頼りに
土地の持ち主に対して売るのを待つようお願いして廻った。
そうしたら意外にも意外!
ほとんどの持ち主が、自分の土地が霊道になってると認識していたのだ。
ただ、私の庭のような賑やで楽しい印象では無かったが……。
「ご住職のお気持ち、よ~く分かりますけどな……わしら、恐ろしいんですわ。
何せ異様な者が、ふら~り、ふら~りと目の前を横切って行くのでな」
「わしの所もそうじゃ。青白いモンが毎晩庭を決まった時刻にス~ッと通っての。
この前なんぞ、東京から来た若けぇモンが "心霊スポット" とか言うて集まってきてな
けったいな連中やのうって思っとったら、真夜中に勝手に庭に入って来よってからに
交番に突き出してやりましたわい」
「ハッハッハ! 喜久朗さんの薙刀は最強じゃからの!
お化けよりも、怖かったろうなあ!」
ご住職の呼び掛けでお寺の本堂に集まった地域一帯の地主達は
道路計画の話しからそれて近況報告に花を咲かせた。
ご住職は咳ばらいをすると道路計画に話しを戻した。
「皆さんの言う通り、生者が認めざるを得ない霊道がこの地域に存在する。
何故ならば、この地域一帯はその昔……。
およそ鎌倉時代まで、日本全国から集まる修業僧が立ち寄った ”養生の村” だったからなのだ。
時代の流れに伴って現在は一般的な農村になってるがの。
もし、この地域の霊道に障りがあれば想像つかない悪い事が起きるだろう。
生者も死者も……『皆が通る道』だからの。
これは、生者の私達が何とかしてやらなきゃの……」
集まった地主達は、ご住職の言葉に一様に黙り込んだ。
だが、一人が恐る恐る口を開いた。
「承知はしとるよ……。でもなあ、アレは恐ろしい!
さっさと売って、縁を切りてぇのが正直なところだ」
すると、ご住職は深刻な表情でこう答えた。
「県は、わしらの生活道路になる事も考えて計画を立てている。
今後、否応なしにその道を使う事になると思うが……?」
この言葉は皆を心底震えあがらせた。
「いや、それは嫌だ! 何が起きるかわからねぇべ」
私は皆の反応を見て思いきって言ってみた。
「だから先ずは……良い案が出るまで皆が土地を売らない事で
道路計画を待って貰うのはどうだろうか」
お堂に想像以上の歓声が響いた。
私とご住職は、皆が賛同してくれたと思って互いに頷き合ったが
皆は空気が抜けたように沈下してしまった。
「……土地売った金で仕事の資金として渡すと息子達と約束しちまったよ」
「うちは……売った金を、わしら夫婦の面倒をみる為の資金にしてくれと、娘夫婦に頼んじまった」
「実は……俺ん所もだ」
無理はあるまい。
私も含めて皆、老い先短い年寄りばかりだ。
全員、頭をうなだれ黙り込む。
静まり返る本堂は、蝉のけたたましい鳴き声だけが響いた。