第2話 この世(家族)とあの世(霊たち)の板挟み
お盆休み明けの翌週に、息子夫婦ら3組と孫夫婦ら4組とそのチビ共
総勢23名がやって来た。
お盆渋滞を避ける為に、世間様と休暇をずらしたのだ。
家の中は一気に賑やかになる。
今年は女房の7回忌だから当然と言えば……だが。
私としては、もっと静かに過ごしたかった。
今年は何だか体調が思わしくないのだ。
改めて歳を感じさせられる。
8畳2間続きの部屋に長方形のちゃぶ台が3台並べて置かれ
次々とご馳走が運ばれて来る。
私が何かしようとすると、嫁さん達が私を止めた。
「お義父さん、お気遣いありがとうございます……でも大丈夫ですから」
どこかの殿様になったような扱いだが、なぜだか寂しい。
やはりアイツがいないせいだろうか。
私は仏壇に飾られた女房を見る。
「次郎、次郎!」
私を呼ぶ声に振り返ると、懐かしい旧友が庭にいた。
「どうしたんだい。 お盆は過ぎたろ?」
「けっ! まだ先週の話しだろ? 盆は8月15日までだって誰が決めたってんだい?」
「彰男、そんな事言ってるから、いつまでも成仏できねぇんじゃないかね!?」
「ハッハッハ! まあ、それはともかく、今日は次郎の耳に入れておきたくて来たんだよ」
「一体、何を」
「それがよぉ! 耳垢ほじくってよく聞けよ!?
次郎の庭は、知っての通り "霊道" だ。
それも成仏しない霊が癒される貴重な道ときたもんだ、すげぇだろ?
ところがな……大変な事になったんだよ」
「大変って?」
「県が、道路計画で次郎の庭の真上にバカ太い道を引きやがったんだ!」
「なんだって?」
「俺ぁいつも暇つぶしに "市役所の中を散歩" しているから偶然知ったんだがよ。
これから土地買い上げの話しが始まりそうだ」
「彰男、僕は初耳だぞ」
「あん? お前んの所の息子達は知ってるぞ。
今年はその話しをしに集まったようなもんだろう」
「……この土地は売らん」
「お前がその気持ちなら助かるよ……。
皆の道だから皆でなんとかしたいんだが、身体がねぇから遺憾ともしがたい。
……次郎にすがるっきゃ無くってよ。
お前だっていろいろ大変なのに、本当に申し訳けねぇ……」
歳食ってシワシワ顔の彰男が、さらにシワシワ顔にして話していると
息子が背後から私達の会話を遮った。
「親父、なにブツブツ言ってるんだ? 皆集まったから飯にしよう」
振り返ると、身内一同座布団に座ってこちらを見ていた。
当然、私以外の誰一人、彰男の姿が見えていない。
私は、ひとまず彰男に挨拶しようと向き直ると
この庭を通過するお化け一同が、庭に立って私を見ていた。
「板挟みっちゃ、この事かね」
子や孫らが大勢いても、この土地と家を管理し継ぐ者が誰もいない現状。
さあ、どうしたらよいものか?
考えあぐねながら無言で飯をほおばっていると
彰男の言う通り、息子達は県の土地買い上げの話しを切り出してきた。
*
『老いたら子に従え』と言わんばかりの息子達に、私は無言を決め込む事で意思を貫いた。
県の道路計画は畦道を中心に田畑上に引かれてる為家屋に掛かる所はほんの僅か。
しかも、どこも後継ぎがいないのでこれを機会に次々土地を手放しているのが現状だ。
残りは私の家とこの先にある古い寺の墓地と2軒の古い民家くらいだから、もう決まったも同然だった。
「なあ、親父……親父一人の為に工事が始まらなかったらさ、地域全体に迷惑がかかるんだよ。
もういい加減、俺らと一緒に暮らそうぜ?
98歳なんだよ、自分でもわかっているだろう!?
俺らが住んでる所は、ここよりもずっと便利だ。
病院も店も公共施設も、何でも揃ってる。
ひ孫と毎日過ごせるんだぜ。
俺達だって、親父の健康を毎日見ながら暮らせるんだから、精神的に助かる」
私をなだめすかす息子の顔には『もう、いい加減に折れてくれ』と書いてあるように見えた。
恐らく怒鳴り合いになるだろうなと承知しつつ私は答えた。
「……お前らが僕の身体を思って言ってくれるのは有り難い。
だがな、この土地は道路にする気はサラサラ無い」
案の定、私の言葉に息子は大声を張り上げ、頭ごなしに怒鳴り散らした。
「親父! 周りの者は皆売りに出してるんだ! 交渉に応じて無いのは親父くらいなんだよっ!」
「……おかしな事を言うなあ。 僕の所へ直に交渉しに来た奴はいないぞ」
「そ、それは披後見人制度とか言ってな、えっと……はっきり言えば
大きな財産を管理するには無理なほど親父がボケてっから……
そう! 俺らが親父の代わりに交渉してるんだ!!」
息子らの顔色と目の泳ぎ加減で、何を考えているのかがハッキリした。
「バッカヤロ!! 僕ぁそんなにボケちゃいねえっ!
親に黙ってなんて事をしてやがんだ!!」
「親父が庭で誰かと話してる様な独り言はボケの証拠だろ? 詐欺に遭いそうになったりよ!」
息子(長男)の怒鳴り声に、次男と三男、更に孫達までもが口々に言い始め
劣勢な私にトドメを刺した。
「親父は納得出来ねぇだろうがよ。年なんだからイイ加減に俺らの言う事を聞きやがれ!」
「この土地は、誰にも売らん!!」
私は最後に一言吐き捨てて、さっさと寝床へ入った。
*
翌朝、長男方の孫の嫁が周囲を見回しながら私の寝床へやってきた。
「おじいさん、朝早くからすみません。 お話があるのですが……宜しいですか?」
「いや、構わんよ」
「あの……小さな声で聞かせてくださいね」
「早朝だからな」
「あの……もしかして、この家の庭……。
私達の目には見えない人達が通ったりしますか?」
「ああ、もちろん」
「それじゃ……あの……この写真、見てもらえますか?」
長男方の孫の嫁は数枚の写真を見せた。
1枚目は昨夜の怒鳴り合いを撮ったもの。
ずいぶん悪趣味だなと思ったがそれには理由があった。
「2枚目と3枚目、子供達と庭で花火をした写真なんですけど
どれも、その時いなかった子供達が沢山写ってるんです!
私達が台所に集まって写真について話し合っていたら子供達が来て
『ひいじいちゃんのお友達が応援しているよ』って言うんです。
で、試しに撮ってみたら……」
私は眼鏡をかけ嫁の手から奪う様に3枚の写真を取ると
再度じっくり見て仰天した。
「なんと! 彰男達じゃねぇかい!」
出来の悪い合成写真みたいに、彼らが私の後ろでくっきりと写っていた。




