第1話 庭を通らせてください
[物語の背景]
昭和50年頃の地元を思い浮かべて書きました。
夏の縁側ではステテコをはいたお爺さんが団扇で扇ぎながら庭を眺めたり、おばあさんがおじいさんの近くで山や畑で収穫した野菜など干したりしてゆっくり過ごしていました。
当時の殆どの家は、現在のような門扉は無く、玄関は開けっ放しでした。近所の子供達は学校帰りなどに自由に立ち寄っては、麦茶などご馳走になっていました。ただ単にお話しをしたくて寄っていく子供達もいました。
お年寄りや大人達は皆、どの子も赤ん坊の頃から知っているので、自分の子・他人の子も分け隔てなく接していました。
それが当たり前な時代でした。
真夏の炎天下。庭先の風車が風も無しにクルクル回る。
道と庭の境に目をやると、草が一本だけ激しくたなびいている。
これは賑やかなヤツラがやって来た合図。
「庭をとーらせて下さい」
私が居間でゴロリと横になって、庭先に並べた盆栽をのん気に眺めていると
いつものチビ共がひょこりと顔を出した。
「ああ、いいよ。通りな」
「ありがとうございます」
「麦茶を用意してあるから、良かったら飲んで行きなよ」
「わあ! じいちゃんありがとう」
私は自宅の庭を、皆の通り道として開放している。
物騒と思われそうだが、独り暮らしで話し相手がいない私にとっては賑やかでいい。
「じいちゃん! あのねー、俺んちのねー、犬いるじゃん。それがねー」
「あっ、ズリー! 今日は俺ん話しが先だろぉおー? 今日はオメエが黙ってろよ!!
じいちゃん! あのねー」
早速始まった。
チビ共の近況報告は尽きる事がない。
さて、庭を通るのはチビ共だけでは無い。
「ちわーっス。通らせてくださあい」
やぁやぁ、OB様のお出ましだ。
「暑いのに大変だな。部活か?」
「いえ、3年生は先週で最後ッス。俺ら受験生だから……」
「そうか……頑張れよ」
「あざース!」
彼らも、ちゃっかり麦茶を飲んで行く。
そして、庭を通るのは学生達だけではない。
「こんにちはぁ~。庭を通らせてください~」
どこのお嬢さんだい?
「お久しぶりです、今朝、帰省しました。これ、お土産です」
「おお! ミエちゃん、よく来たね。お土産どうもありがとう。
ささ、麦茶でも飲んでくれ。いやぁ一年ぶりだけど、随分きれいになったじゃぁないか」
幼かった頃のように笑うこの子は3軒先の娘さんで一人っ子だが、しっかり者でとても優しい。
後は良い奴と縁があって、結婚できればイイなあと考えていたらミエちゃんが言った。
「おじいちゃん! こちら、あたしの付き合ってる人です。あたし達、結婚します」
「ど……どうも。初めまして。古杉と申します。ミエさんと約1年ほどお付き合いさせて頂きました。
あの……おじいさんの事を普段からミエさんが話して聞かせてくださいまして……。
僕も、もし宜しかったら仲良くさせて頂きたいと願っておりまして…」
……なんとまあ、大人しい男だ。
お気の毒に……気が強いミエちゃんに捕まったって感じだな。
だが、優しそうで好青年じゃあないか。
「こちらこそ、よろし……」
「ミエが結婚だって! 騙されてんじゃねー? この兄ちゃん!」
「え?」(←古杉)
「マジかよ! なー、兄ちゃん! この凶暴女に襲われたんだろ?」
「ええ?」(←古杉)
「あのねー、兄ちゃん! ミエはねー怪獣じゃん。 俺がねー、小さい時にねー」
「ハハハ……」(←古杉)
「うるさいっ、ガキども! 誰が凶暴女だ!馬鹿たれっ! あ、コラッ!逃げるな拓海!
小1のお前が "小さい時に" なんだって!? あー!?」
「ぎゃー離せ~! ギャラクター!」
「ミ……ミエちゃん」(←古杉)
やれやれ、また始まった。 相変わらずだのぉ。
ともかく優しい彼氏さんと縁が会って良かったなぁ、ミエちゃん。
「こんにちはぁ! "そよ風の里" です」
お馴染みのヘルパーさんが来た。 もう、そんな時間か……。
「いつもありがとうさん」
「いいえ~、こちらこそ。 今日も次郎さん、楽しそうですね」
「ああ、今日はまた特別に賑やかでね」
「賑やか……そうですね、今日はまた特別にセミが賑やかに鳴いていますねぇ。
今日も一段と暑いからかしら?」
ヘルパーさんには、この子らが見えていない。
彼女は、自分が彼らに覗き込まれている事に少しも気づかず
いつもの様に昼飯を作り、片付けをして帰って行った。
私だけに見えるこの子らは不幸にも若くして各々の時代で生涯を終え、ずっとさ迷い続けている子達だ。
自分が死んだ事を知ってか知らずか、なかなか成仏しない彼らだが
幸いにも、こうして同胞に巡り会い、日々を楽しんでいるから良いのであろう。
*
夕方になると、私は少し緊張する。
遠くから数十人もの兵士の行進が聞こえてくるのだ。
一定のリズムで乱れる事のない足音は、ずんずんと近づく。
そして、私の庭の真ん中で立ち止まると指揮官の号令で匍匐前進で進み出す。
彼らだけは恐ろしくて迷惑だ。
障らぬ神に祟りなし。
くわばら、くわばら。
宅配の夕飯を済ませ風呂に入り
他にする事もないので、満月を見ながら寝ようとしたら声がした。
「ちょっとアンタ、庭を通るよ」
「あ、お前!」
「なんだい、シケタ顔をして」
「お前こそ何だ。 来るなら 『来る』 と連絡しろ!」
「アンタこそ! 今年も来ないなら 『来ない』 と連絡したらどうだい」
「馬鹿野郎! 俺より先に徃った奴に、どうやって連絡しろと言うんだっ」
7年前、風邪をこじらせて死んじまった私の女房が一年ぶりにやって来た。
" コレ" も庭を通って行く。
「相変わらずだねぇ、アンタ。 それだけ元気じゃ、まだお迎え来なそうだねぇ」
「うるせー! 減らず口ばかり叩きやがって……。ずいぶん元気そうじゃないか」
「だってアンタ、この庭を通ると元気がでるって "ちまた" で評判でね。
『皆が通る道』って名所にもなってるのよ、ここ。
それもね、何百年も前からなんだって! 驚きでしょ、アンタぁ!
あたし達、良い土地に家を建てたね~ぇ 」
「驚きってなあ、お前……」
私はお化けになった女房へ、毎年と同様にツッコミを入れようとしたが
今年は少し疲れ気味なので止めた。
「おや? 疲れてるみたいだね、アンタ。
アンタも、そろそろ迎えに来てもらったらどうなのよ……」
「おいおい、おしゃか様に "庭を通らせて下さい" って言わせる気かい!?」
「アハハ! そう 突っ込めるなら、まだまだ迎えは来ないね~ぇ」
「さっさと成仏しろ!」
全く呑気な言葉に呆れ返ったが
死んでも相変わらずな女房に私は感謝した。
「それじゃアンタ、またちょっと行って来るわね」
お化けになった女房は私にそう告げると庭を通って向こうへ消えて行った。
さて、私を迎えにおしゃか様が「庭を通らせて下さい」と訪ねてくるのは
いつの日になるだろうか?
まだまだ当面先の事になりそうだ。