7.弁慶の泣き所、と言います。
あれから3日が過ぎ、公爵令嬢と第二王子の婚約破棄は広く知られるようになった。何故こんなに早く話が出回ったかというと、これもシルヴィア様の計画の一部だったからだ。
王子が復縁を求めてきても、事実が広がっていればどうしようもない。あの査問会に集まっていたのはお堅い貴族の当主の方々だけではなく、その奥方様も大勢いらっしゃったのだ。そんな方々のネットワークは、なまじ範囲が狭いだけあって恐ろしい速さで伝播する。それを身を以て知るシルヴィア様は「ちょっとだけ」利用したのだ。貴族の奥方様という最高の味方を手に入れたシルヴィア様の情報操作で、事態は一応の収束が付き、今は平穏な日常が戻りつつある。
子爵令嬢はというと、蟄居を命ぜられた王子に付き従っているらしい。あんな様子の子爵令嬢でも、ちゃんと王子を愛している…のだろう。その王子については、国王陛下自らご裁断を下すという話だ。
そして、渦中のシルヴィア様は相変わらずの通常営業である。きまぐれに屋敷を改造───転生前で言うところのDIY───して奥様に大目玉を食らった、というのがつい昨日の出来事だ。途中から奥様もノリノリでDIYしていたのだから、似た者同士の母娘なのだろう。2人して鋸と金槌を笑いながら完璧に振るう姿は、ある意味圧巻だった。
その後、夜会があるとかで奥様はシルヴィア様を引きずって衣装部屋に篭られた。早着替えのような実に見事なジョブチェンジに、私は一瞬我が目を疑うハメになった。輝かんばかりの美しさを醸し出すそのシルヴィア様がいつになくご機嫌な様子だったので不思議に思っていると、奥様付きの先輩侍女からこっそりと耳打ちされた。
『奥様が例の禁止令を解除されたのよ』
『そうなのですか…。奥様もよくお許しになられましたね』
『そのあたりの事情はお嬢様付きあなたの方が詳しいでしょうね。…奥様も、お嬢様のことを大切に思われての行動ですもの』
なんだなんだと言いながら、とても仲睦まじい母娘だ。ケンカ腰になりながら宝飾類はどちらがよいか、と言い合っている。呆れるぐらい些細なことなのだが、それはそれで2人とも楽しんでいるようにも見えた。
『仲がよろしいことに越したことはありませんけどね…』
そういいながら苦笑いすると『そうよねぇ』と彼女も言った。
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そしてやってきたこの日。
からりと晴れた天気はシルヴィア様曰く、「絶好のお忍び日和」だそうだ。確かに、雨具の用意も要らないしそもそも、雨の心配をしなくても良い。
「いいこと?ソフィ、シルヴィアが変なことに首を突っ込みかけたら問答無用で帰宅させること。それと…」
「門限は日が暮れる頃。…決して危険なところには近寄らない、でございますね」
屋敷の裏口で奥様から何度目かの「注意事項」を言付けられる。私は重々しく頷くと、後半を奥様から引き継いだ。奥様は貴族令嬢として育てられたシルヴィア様が街の人よりも世間知らずなことが心配でたまらないのだろう。
「ソフィが一緒なのに、私が危ないところに行くと思うのですか?」
(ビミョーに聞き捨てならないのですけれど…)
奥様はもう何も言わない。「…いってらっしゃいな」とシルヴィア様の頬を軽くつねる。「いひゃぃ!」と叫ぶシルヴィア様をスルーして私には「よろしくね、ソフィ」と私の頭を優しく撫でてくださった。
さあ、やって来ました王都の中心街。一国の王都のなだけあって大変賑わいのある場所だ。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!新鮮な果実はいかがーー!」
「最近話題のアクセサリー!ウチじゃおてごろだよー!」
「はいはーい!!いまから特売はじまるよー!今日の目玉は特上が半額!半額だよー!」
賑やかな店の看板娘 (一部おばさま方を含む)が道行く人にそれぞれの謳い文句を連呼する。朝市も開かれるこの界隈では特にそれが盛んのようだ。
「か い ほ う か ー ん!!」
Fooo!!と公爵令嬢らしからぬ声をあげてシルヴィア様は雑踏へ飛び込んで行く。爽やかな白と青のワンピースに身を包んだシルヴィア様は溢れんばかりの笑顔を振りまいて、店員たちと話している。シルヴィア様に見惚れる男たちは多く、私も牽制を込めてにっこりと笑う。これで大抵の男は表情を引きつらせてすごすごと引き下がるのだが…。
「お嬢さんたちぃ、2人っきりかい?」
「おにーさんたちがこの辺を案内してあげよーかぁ?」
「かっわいいコじゃん!ほらほらぁ、行こーぜ?」
見るからにガラの悪い3人の男たちが絡んで来た。一瞬不快そうに眉をひそめたシルヴィア様は「結構ですから…」と一応断りを入れる。それを真逆に受け取るのが、このテ連中の悲しい現実だ。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!…変なコトなんてしないよ?」
「そうそう。俺らはただ案内してあげよっかなー、ってだけで。お嬢さんたち、この辺は初めてでしょ?」
さすがの私もイラッとした。それに、奥様からの言付けも十分に預かっている身だ。
「…これ以上関わらないでくれるかしら。せっかく取れた休日なのよ」
と、シルヴィア様はくるりと背を向けて反対方向へ足を向けた。しかし、男たちはニヤニヤと笑いながら後をつけてくる。
「…こいつら、鬱陶しいわね」
「…暴力を振るうことがあったら、真っ先に逃げてくださいね?」
「……わかった」
今のシルヴィア様はあの男たちに「どこかの良家のお嬢様」に見えているのだろう。間違ってはいないことを、多少は褒めてやろうと思う。
しばらくの間、無視をしながら通りを進むと男たちもイライラしだした。とても理不尽だが、正当防衛と理由をつけるためには男たちから手を出さないと成り立たない。
「オイ、てめぇら、ふざけてんのか?」
「…無事に帰れると思うんじゃねぇぞ?」
「…なんか言えよ。オイ」
沸点が低い。そして、単純だ。私はため息をついてシルヴィア様の前に出る。
「それはこちらの台詞です。なんでもなさりたいのなら、どうぞ?」
挑発するように小首を傾げる小娘に男たちはさらにイライラとしたようだ。何やら雄叫びを上げて飛びかかってくる。
「…脇が開いてますよ」
1人目のガラ空きの懐に拳を入れるとあっけなくその体は吹っ飛んだ。見事に弧を描くその姿に私自身が驚く。男たちも例外ではなく、吹っ飛ばされた仲間を呆然として見ていた。
(以外と重たいくせに、簡単に吹っ飛んでくれると困ります…)
その隙に2人目を手刀で昏倒させると、3人の中でもリーダー格らしき男が残った。図体はデカいくせに心は小動物のように弱いらしく、ガタガタと震えながらこちらを罵る。口汚い言葉をシルヴィア様に聞かせられない私は、問答無用でその男の鳩尾に拳を叩き込む。しかし、無駄に図体はデカい男は一度では倒れてくれなかった。
「…っくそがぁぁぁあ!!おい!!そこにいるんだろっ!黒髪の女を捕まえろ!!!」
男はそんなことを言うと、グワッと襲いかかってくる。私はがっしりとした体格から発せられる馬鹿力には叶わない。咄嗟に男から距離を置くと、今度はシルヴィア様から悲鳴が上がる。
(まさか、4人目かいたというの…!)
これこそ、まるで乙女ゲームのような展開だ。
ヒロインはピンチで、悪漢に囚われそうになっていて。カッコよく登場したヒーローがそれを全て薙ぎ払うのだ。それは何度も見たことがある光景で、最もテンプレな展開。
だけど、時にそれは裏切られることを私はもう知っている。
「やったか!!その女を捕まえてろ!」
やめなさいっ!!と声を上げるシルヴィア様の声を聞いて、男はニタァと意地の悪い笑みを浮かべる。しかし私はそれどころではなく、シルヴィア様の元へと走り出していた。
大切なシルヴィア様を傷つけられたら、私はどうなってしまうかわからない。決して保身の為ではなく、大切な何かを失うかもしれない恐ろしさだ。奥様ともお約束したのに、と唇を噛みしめる。
「シルヴィア様!!!」
4人目の男に腕を取られたシルヴィア様に、私が1人目に吹っ飛ばした男が触れようとしたとき──────2人は同時に宙を舞った。
更新が遅れて申し訳ありませんでした ; ;
サブタイトルは「ソフィの泣き所」にしようかと本気で考えました。笑