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6.目は口ほどに物を言う、と言います。


た、た、たくさんのブックマークと評価をありがとうございます…!こんなに短期間でいただけたことがなかったのでとても嬉しいです…!_(;ω;`」_)_










粒あんとこしあん。


それは私が考える「ザ・日本」的なものである。転生前は洋菓子よりも和菓子の方が好きで、よくあんこの和菓子を買って食べていた。そんなことは思い出せるのだが、肝心の「死んだ理由」などは未だによくわからない。ぶっちゃけ、今となってはどうでもいいやと思う今日この頃である。


「…つ、粒あんとこしあん!?」


案の定、子爵令嬢は驚きの声を上げた。潤んだ瞳でこちらを見てきたが、サラッと受け流す。知りたいことは自分で知ろうとしなければらならない。少なくとも、私はそうしてきた。


「え?あの、その、粒あんとこしあんをご存知なのですか??」


(…もう少しまともな返答を期待した私がバカでした)


基本的にヒロインはチートだったり潜在能力が規格外というのが定石だ。……だがなんだろう、この期待を裏切られた感は。


「…ちなみに、私は粒あん派です」


強引にでも話を進めないと、この子爵令嬢は前に進まない…進めない気がする。


「カルロ子爵令嬢、あなたは……」


「私は粒あん派ですーー!!」


どこにそんな力があったのか。

子爵令嬢はドレスを翻して私へ飛びついてきた。ぐらりと姿勢が傾き、咄嗟に受け身を取る。頭の隅では、これではドレスを直した意味がないと冷静に状況を見ていた。


ドレス+生身の人間というダブルコンボに潰された状態の私は小さく呻き声をあげる。すると、「ソフィ!」と慌ててシルヴィア様が駆け寄って来てくださった。


「あのっ!!」

「いい加減になさい!」


何かを言いかけた子爵令嬢を一喝したのはシルヴィア様で、勢いのままに私から子爵令嬢を引き離す。冷たい美形特有の強烈な凄みが周囲を圧倒し、私は思わず首をすくめた。


「ふぁっ!!ごめんなさい!!!」


小動物のように飛び上がり、またもや逆戻りだ。…単純に、この子爵令嬢は学習能力に欠けていると思う。


「…謝るのは私でなく、ソフィにでしょう?」


シルヴィア様の言葉はごもっともである。ドレスのダブルコンボはなかなかに──────いや、かなりキツかった。いくら相手が貴族令嬢とはいえ、飛びつかれたらたまったもんじゃない。


「申し訳ありません…、ソフィさん」


うなだれる姿はやはりヒロイン仕様というべきか。そこはかとなく漂う哀愁が庇護欲を掻き立てられる。


「いいえ、私のことはお気になさらず」


「……」


シルヴィア様が物言いたげな視線を投げかけてくる。思い返すところ、何もない気がするのだが…。


(…私、何かしましたでしょうか)


「最後に一つだけ、いいですか……?」


おずおずと子爵令嬢は問いかけた。それはシルヴィア様ではなく、私に向けられた問いのようだ。あまり知られたくないことなのか、今度は子爵令嬢から近付いて来る。


「粒あんとこしあんを知っていらしたということは、ソフィさんも転生者…なのですね?」


囁くように紡がれた言葉が少しだけくすぐったかった。けれど、確信を持った響きでもある。


「…はい。あまり記憶は定かではありませんが、日本の大学生でした」


それと腐女子です、とはまだ言わないでおこう。ここでカミングアウトしてしまうと少々マズい気がする。


ふわぁっと本当に花が綻ぶ様に笑った子爵令嬢は「ありがとうございました」と言って私から離れた。


「……ソフィ」


少しだけ不機嫌なシルヴィア様は私の名を呼んだ。つい、「可愛い…」と思ってしまったのは仕方あるまい。シルヴィア様が自分だけのおもちゃが取り上げられたような、そんな表情を浮かべていたのだから。


「し、シルヴィア様。シルヴィア様も何かお話があったのですよね??」


おそるおそる、といった様に子爵令嬢が問いかける。


「もう結構です。知りたいことは大体わかりましたから」


そっけなく返したシルヴィア様はちらりと私に視線を寄越す。今度はその意味をしっかりと受け取った私は子爵令嬢の手を取った。


「お疲れ様でございました。表に公爵家の馬車を用意させておりますので、シルヴィア様のお名前をお伝え下さい」


要するに「とっとと帰れ」である。


個人的にはまだまだ聞きたいことが盛りだくさんだが、私情をべき挟む場所ではない。


「え、でも」


「どうぞ、ご遠慮なさらず」


反論を許さないように敢えて笑顔で笑うと、わずかに子爵令嬢の頬が引きつったのがわかる。観念したように「失礼します…」と一礼して子爵令嬢の姿は扉の外へ消えた。



「さて…」


シルヴィア様がとっくに冷めたであろう紅茶を飲み下す。私は子爵令嬢の置いっていった“大きな置き土産”に頭が痛くなりそうだ。


「ソフィ、主人として命じるわ。子爵令嬢の話していた言葉に関することを、洗いざらい話しなさい」


幼い頃、私とは対等でいたいと言ったシルヴィア様はこのテの命令は好んで使わない。余程のことがあったときや、私がのらりくらりと質問をかわす時だけだ。今回の場合、後者になるだろうか。


「…私と子爵令嬢が抱えるものはシルヴィア様の采配を超えるものであると思います」


嘘はついていない。だから…。


「シルヴィア様は、私を信用してくださいますか?」


「愚問ね。ソフィ以上に信用できる人はいないわ」


即答だった。…もう私が迷う必要はない。







⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎






「…と言うことなのです」


たっぶりと前世のことについてシルヴィア様に語った私はそう締めくくった。もちろん、「腐女子云々〜」の下りは割愛している。


「私が知る限り、“てんせいしゃ”が現れた記述が残っているのは100年前の書物かしら…?あ、これは王家秘蔵の書物だから口外無用でよろしく」


(サラッと恐ろしいことを言わないで下さいっ!!)


ヒヤリと背中に冷たいものが落ちた。公爵家のみでしか知らされていないことを、一介の使用人が知り得ていいはずがない。


「…心得ております」


「そんなに固くならないでよ、寂しくなるじゃない。…あ、ソフィは私より年上?になるのかしら…」


恐らく、精神年齢で言えば40の声が聞こえ始める。幼い頃は周囲との圧倒的な年齢差に慄いたものだ。


「いえ、今の私はただのソフィ・オルスターですから。…シルヴィア様には以前のように接していただくと嬉しい、のですが…」


「当然よ?素で話せるソフィがいなくなったら息が詰まって仕方ないもの」


「当然よ?」となんてことのないようにシルヴィア様は仰ったが、そのことが私にとってどれだけ嬉しいことか。世間では転生者という話を信じてもらえず、異端者と後ろ指を指されても仕方がない。


「…ありがとう、ございます。シルヴィア様」


深々と一礼すると、小さくシルヴィア様が笑う声がした。


「もぅ、ソフィったら……。で、この埋め合わせ…というかお願いがあるの」


(…どこのナンパ野郎ですか、シルヴィア様)


思わずツッコミかけた私は慌ててその言葉を呑み込んだ。「なんなりとどうぞ」と代わりの言葉に引き継ぐと、シルヴィア様の瞳がイタズラな光を帯びる。


「…お忍び用のワンピースが1着欲しいなー、って思うの」


やはりそうきたか。


奥様に「シルヴィアお忍び禁止令」というものを言いつけられた公爵家の使用人としては、複雑な気分だ。奥様をとるか、お嬢様をとるか…。これは使用人の究極の選択に等しいと思う。


しかし、期待に満ち溢れた表情で見られては折れるしかない。今回は私が迷惑をかけた一面もある。


(…申し訳ありません、奥様。どうやらご命令は完遂できないようです…)


様々な葛藤が身の内をせめぎ合うが、結論は出た。


「…わかりました」


「ふふふっ、ソフィ大好きよ!」


一生このテの「お願い」には勝てないのだな…、と侍女のプライドが揺らいだ瞬間でもあった。



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