3.鬼に金棒、と言います。
査問会、それは貴族を裁くための特別な場である。王侯貴族からの要請があった時に限り、王の名において開かれる。…言わば貴族のための、貴族による特別裁判だ。
そんなところにシルヴィア様は招集されてしまった。
「では、まず起訴内容を読み上げよ。…宰相」
国王陛下は隣に立つ宰相────旦那様に指示される。起訴されたシルヴィア様の父君でもある旦那様は貴族の方々からの痛い視線が突き刺さっている。しかし旦那様はそんなことは気にもかけていない様だ。
「はい。第二王子殿下と婚約したことにより王族に次ぐ権利を得たシルヴィア嬢は、…“愛妾”であるレナ・カルロ子爵令嬢に執拗な嫌がらせを行った」
ザワッと貴族の方々から困惑の声が上がる。そして推測の波紋がじわじわと広がっていく。彼らの困惑も当然のことだ。
(…こんな公の場で話すべき事例ではないですからね)
次々と貴族の方々から発言を求めて手が上がる。国王陛下は「静粛に」と言うように軽く手を上げた。
「続いて双方の言い分を皆に聞かせよう。…まずは第二王子から」
金髪碧眼の第二王子が前へと進み出る。勿論、すれ違いざまにシルヴィア様を睨むことを忘れずに。王子然とした容貌の第二王子ルーク・リフォンス殿下はシルヴィア様の婚約者である。立ち姿は王族のソレだが、如何せん態度が悪い。
「…はい陛下。一つ訂正をしても構いませんでしょうか?」
「何だ」
「先ほど、宰相殿は子爵令嬢を“愛妾”と言いましたが彼女はそんな立場ではありません」
では何だ、と無言の圧力が王子に掛かる。たっぷりと間を置いた王子は愉悦を交えた笑みを浮かべた。
「彼女は、僕の妻ですよ?」
シーン…と見事に全員が黙り込む。それほど王子の発言には威力があったのだ。そして彼はさらに──墓穴を掘る。
「宰相殿が読み上げたことは事実です。僕は何度も報告を受けています。従っている令嬢を使って嫌がらせを何度も行った、と。嫉妬から人を貶めるなど…僕はこの場でシルヴィア・フォード公爵令嬢の婚約破棄を宣誓する!!」
(…ご本人はカッコよく決めたおつもりでしょうけど。…はっ!!!これがまさか、噂の、あの婚約破棄のシーンか!!!)
なんてものを見逃したんだ!と私の中ではおかしな葛藤が生まれた。恐らく、この場にいる人は王子らの動向に細心の注意をはらっているだろうが。
シルヴィア様は動じない。対面する王子をまっすぐに見つめている。
「聞いたままだ、シルヴィア。…それとも、お前はそんなことまでわからなくなったのか?」
侮蔑の表情を浮かべた王子はシルヴィア様を見てピタリと固まった。
「まぁ…。馬鹿も休み休みになさってくださりませんと困ります」
は?と素っ頓狂な王子の声が聞こえた。笑顔で怒るシルヴィア様に、漸く気付かれたのだろう。
(シルヴィア様の吹き荒れる怒りのブリザードに気付かないなんて大物ですよ、王子)
「はぁ?!何が言いたい!」
「いい加減に気付いたらどう?婚約者のいる身で他の女性にうつつを抜かす、これって裏切りに他ならないわよ」
シルヴィア様はかなりフランクな話し方になる。それが余計にブリザードを恐ろしく見せている事に気付いているだろうか…。
「…だれがお前など好きになれるか」
「好き嫌いで決めれることじゃないわ。…それに、この状況で何言うことはないの?」
よーくご覧なさい、とシルヴィア様は貴族の方々を指す。彼らは“王子”という立場を敬いこそすれ、常に“王子”を評価をし続ける。この一連の流れで空気に聡い彼らは悟ったはずだ。
「この査問会が始まった時点で勘付かれてもおかしくないと思っていたけれど…。相手がよかったのね」
この査問会は全て仕組まれている。
今さら王子が気付いてももう遅い。
「なっ、こんなの許されるはずがないっ!そうでしょう、父上!!」
敵わないと知ると王子はこの場で最高権力を有する国王陛下に縋る。
「…私が許可を下した査問会だ。既に決定権は集まった者にある」
冷たく言い放され、王子の目の前は真っ暗になったことだろう。しかし「真っ暗」では済まさないのがシルヴィア様である。
「お集まりいただいた方々に問いましょう。私はルーク殿下に婚約破棄を言い渡されました。ですが、その前に殿下は子爵令嬢を“妻に迎えた”と仰ります。…これは重婚に限りなく近いことだと思うのですが、如何でしょうか?」
賛成は拍手で、というのが査問会だ。
そしてシルヴィア様の呼びかけに応えたのは────多くの拍手。謁見の間を拍手の波が駆け巡った。
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『ねぇ、査問会を使うのはどうかしら?』
そう聞かれたのは『悪役になる!』と私の前で宣言してから暫く経った頃かもしれない。私は午後のティータイムの準備をしていた。
『査問会、ですか?ですがあれは国王陛下の許可が下りなくてはならないはずでは…』
『ここだけの話、やっぱり私の婚約には国王陛下も一枚噛んでると思うの。…お父様は濁してたけどね。だから、すんなり許可は下りるはず』
『…そう簡単にいくでしょうか?』
よほどの事がない限り査問会は開かれないはずだ。小さな貴族の諍いでは目もかけてくれない。準備の手を止めて考えてみても打開策はないように思える。
しかし、シルヴィア様は瞳をきらめかせ意味ありげに笑った。
『…そこで“風通し”が効くのよ』
シルヴィア様が“風通し”を行えば、それを快く思わない後ろ暗い方々が出てくる。フォード公爵家という大きな壁があるが、査問会という場ではほぼ関係ない。
そして、王子が婚約を無視して子爵令嬢を囲っているのは公然の秘密と言うもの。『公爵令嬢との婚約を破棄して愛する方と結ばれるには…』と後ろ暗い方々に囁かれば直ぐに靡いてしまうだろう。
極め付けは適当な話をでっち上げ、国王陛下へ進言すればいい。複数の要請ならば国王陛下とて無視できないものになるからだ。
『それもそうですが…。そんな計画をいつお考えになったのです?』
『んー。…ソフィと話してたら思いついちゃった』
(思いついちゃった☆…ってもんじゃないです)
ある意味恐ろしい才能である。乙女ゲームでは絶対敵に回したくない悪役令嬢のタイプだ。
『…お役に立てるよう、尽力いたします』
淹れたての紅茶の香りと、シルヴィア様の嬉しそうな笑みがふわりとが広がった。
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予定通りに進んだ計画に私はほくそ笑む。全てシルヴィア様の綿密な計画の賜物なのだが、その片棒を担いだ身としては嬉しいかぎりだ。
「…ありがとうございます。普通の感覚の私はそんな浮気者とこの先付き合っていくことはできません。よって、私からも第二王子殿下との婚約を破棄させていただきます」
貴族の方々の賛成の拍手の中、シルヴィア様はよく通る声で宣言した。そして、すぐさま拍手が沸き起こる。
この状況の中、私にはシルヴィア様から与えられた仕事がある。
それは、“後ろ暗い方々”の見極めをすること。風通しを行ったが、芋づる式にあぶり出すために敢えて残らせた者もいる。シルヴィア様が派手に視線を衆目を集めたのはこれが目的なのだろう。
「…っ、そんなのダメー!!!」
大きく響いたその声の主は、ストロベリーブロンドだった。