【御礼小話】縁は異なもの味なもの 3
そのとき、室温は確実に下がった。
ずん、と重くなるような雰囲気が約2名から漂ってくる。
「…報告を続けろ。公爵令嬢に近衛は付いているのだろう?」
…フィニこえぇえええ!
このヒト、付いていることを前提で話を進めていくのかよ…。
可哀想なことに生贄になってしまった近衛騎士はビシィッ!と完璧に敬礼する。あれって脊髄反射ってやつだ。
「はっ!勿論です!!既にラルム侯爵の目的地に人員を手配しております!」
「令嬢本人には?」
「…はっ。後方より騎乗した小隊が追跡中です」
なるほど、とフィニが頷く。鷹揚に頷いた割に、その声は氷のように冷たい。何コレデジャヴ…と蘇るのは記憶に新しい“あの事件”のことだ。
俺はちらりと隣の人物を見る。
ここに集まった者の中でもっとも小柄な侍女は、ぎゅっとスカートのエプロンを握って俯いていた。普段は「シワになるので」と座ることも疎かにするというのに、だ。エプロンを握る手は力の入れすぎではないかと思うぐらい震えている。もしくは、別の理由で。
「……シワになるんじゃないのか?」
俺は力の入りすぎた手を解かせようと自分の手を伸ばした。が、パシッとその手は振り払われた。
……。
筋金入りの頑固だなこいつ。
むっとしたのは一瞬で、覗き込んだソフィの目にはかすかな涙が浮かんでいたために、俺は言葉をなくす。
「…こーゆーときにかける言葉の一つぐらい、あってもいいじゃないですか」
(デレた!!?)
ジロリと、涙で潤んだ目で睨まれて俺は思わずそう思った。
「普通の泣いてる女には、テンプレがあるんだがなぁ…。お前はちょっと違うだろ」
「何ですかそれ。私が普通じゃないという風に聞こえますけど」
「まぁそれは…。あれだよ、俺と同郷のよしみで」
フィニと近衛騎士には分からないように曖昧に濁す。普段のソフィなら、そう、普段のソフィならこの程度の言葉遊びはわかってくれただろう。異世界の記憶を持って転生してる時点で普通じゃないだろ、ということに。
「は?嫌ですよ。アルフリード様と私が同郷なわけないじゃないですか。そもそも向こうで会ったこともないですし、年齢も知りません」
やばい、相当キレてる。
なーにが「デレた!!?」だ。俺の勘違いやべぇよ…。穴があったら入りてぇ…ああいや、自分で掘らせていただきます…。
フィニは哀れなものを見る目で俺を見つめる。その手の中にある折れたペンの方がよほど可哀想なんだけどな!!
俺はダラダラと冷や汗をかきながら「ソウデスネ…」と返して撃沈した。知らずに地雷を踏んだようだ。
「…王太子殿下。私もシルヴィア様の追跡に参加してもよろしいですね?」
それはもう、ソフィの中で決定事項らしい。シルヴィア嬢の居場所はわかっているようなものだから、少数精鋭の部隊で殴り込む。それを見越しての発言だ。
「あぁ。いいだろう」
「ありがとう存じます。…ひとつ、申し上げておきますが私はフォード公爵家令嬢シルヴィア様の侍女です。任務とはいえ、主人であるシルヴィア様をみすみす奪われて大人しくはいられません」
ソフィからは高い矜持を感じる。主人に忠誠を誓った従者がもつ特有の誇り、それは俺がフィニに抱くものと同じだ。
「シルヴィア様をお救いできなければ…、私は王太子殿下を許しませんし、恨みます。ご発案は王太子殿下ですから」
臣下の侍女からの自国の王太子への聞き捨てならない言葉に、近衛騎士が眉根を寄せる。それを手で制したフィニは可笑しそうにソフィへ返す。
「かの公爵令嬢に関することで、私が失敗するとでも?それに今、私は君にも参加を許すと言った。君の一存で彼女を救うこともできるし、逆もまた然りだ」
自信しかない笑顔を見せたフィニの口角はニヤリと意地悪く上がっている。その表情を見たソフィもぞくりとするような冷たい笑みを浮かべた。
「…いいでしょう。私は王太子殿下を信じ、そのご指示に従います」
直後にソフィが深く礼をとると、フィニは最低限の武器と馬の用意をするように俺に命じた。
***
街道を爆走するのは6頭の軍馬は選び抜かれた最高の馬たち。それに騎乗するのは近衛騎士団でも指折りの剣士と、不思議なことに王子サマと、さらに不思議なことに侍女服に身を包んだ女の姿。その侍女の後ろには王子サマの側近が手綱を握るために相乗りしていた。
…間者は思った。
王子サマの単独突破、というのが助けに来る王子サマの定石ではないのか?と。
そして異様だったのはあの女だ。乗馬で横乗りするのは貴族令嬢のたしなみだが、あのようなトップスピードで、しかも侍女服のスカートでなんてありえない。
「物好きもいるものだ」
自分のことは棚に上げ、主人であるあのアホな侯爵のもとに足を向けた。
***
俺は今、とても緊張している。
馬に乗ることはもう慣れた。前世で言うところのオートバイに乗る感覚に近いが、馬たちは命ある生き物だ。機械と違って、こちらが触れ合う分だけ心が通うのがとてもいい…のではなく!!
俺の愛馬に、俺とソフィが乗っているというイレギュラー。しかも侍女服、前世ではメイド服というやつであろうアレ。…とりあえず、煩悩を叩き割ろう。
『そんな格好で行くのか?』
そのとき、全員が思ったであろう疑問を口にしたのはフィニだ。これから最速で侯爵邸へと向かうのにも関わらず、ソフィはいつもと変わらない侍女服を着ていたからだった。
『…これが私の戦闘服ですから』
俺は思い出した。ソフィのスカートの中は、暗器の宝庫だったことを。
それを知らないフィニはスカートで出向こうとするソフィを案じている。
『いやでも…』
『まぁまぁフィニ。本人がこう言ってるわけだし』
『わがままを申し訳ありません。…それと、殿下。私をどうか騎士様よりも前衛に置いてくださいませんか?』
深くソフィは頭をさげる。
女であるソフィが前に出れば、それだけで相手に油断が生まれる。俺からするとそんな考えは許し難いが、その策に心が惹かれるのも本当だ。それを正しく理解し、そして首を傾げならもフィニが了承するとソフィはひらりと馬に飛び乗った。その身のこなしに驚いていると、途端にソフィが表情を曇らせる。
『…私、どうやら軍馬は無理なようです』
完璧超人のようなソフィにもできないことはあるのか、と心底感心した。
しかし、それはつまり俺が試されるというわけで。
「何考えてるんですか!!?アルフリード様!!遅れてます!!」
「…っ!うっせ!」
わずかに隊列を乱した俺を大声で叱責するソフィ。それだけ必死なことはわかるのだが、お前はどんだけ観察眼があるんだと言いたい。俺と並走するフィニが肩をすくめたところで、目的の屋敷が見えてくる。その周囲には白い制服を着た近衛騎士団が構えており、いつでも突入はできる状態だった。俺たちは馬を降りて比較的突破しやすい裏口立つ。
「… 最大の目的は公爵令嬢と囚われた女性の救出。そして、犯罪者を捕まえること。以上を踏まえたうえで臨機応変な対応を期待する」
フィニは左手を挙げる。それは「作戦開始」の合図だ。そして、静かにその手を振り下ろした。
◆◇◆◇◆◇
波乱の幕開けかと思われた侯爵邸の大方をあっさりと制圧したのは近衛騎士団ではなく、ソフィである。
細身のレイピアを獲物として、殺さない程度にその行動の自由を的確に奪っていく様は、対人戦闘訓練を受けた騎士そのもの。前衛を任せてほしい、といったソフィの腕前は決して自惚れではなく、近衛騎士団並みの技量を持っていた。以前不意をつかれて蹴り上げられたことが蘇り俺は苦笑いを浮かべる。
そして屋敷にとらわれていた女性たちは憔悴していたものの、目に見える大きな傷はない。救出に来た人物が一時的に共に働いた侍女であったことに驚いていたが、そんな彼女たち一人ひとりにソフィは声をかける。最後の1人が近衛騎士団に保護されるまで付き添っていたソフィはホッと息をついた。
「よかった…!みなさんご無事なのですね」
「ええ、特には怪我などはありません。助けてくださって、どうもありがとございます…!ところで、あなたは一体…」
涙ぐむ彼女たちの手を取り、背中をなででいたソフィはさらりと言う。
「私はしがない侍女でしかありませんよ。騎士団の方に助けを求め、私も少しだけ協力を申し出ただけです」
…さあ一体どれだけの「しがない侍女」が騎士団並みの実力を身につけて敵を倒すことができるだろうか。少なくとも、俺はソフィしか見たこともないし聞いたこともない。「少しって絶対ウソだろ…」という俺の小さな呟きはしっかりと聞き取られ、それはもう身震いがするほどにソフィはにっこりと笑う。
「どうやら、話し合いが必要なようですね?アルフリード様」
「……ハイ」
俺だって命は惜しいし、時には戦略的撤退も必要だ。そしてこういうときは前世のご先祖様たちのスバラシイことわざ、伝家の宝刀「長いものには巻かれろ」なのである。
途中出場はラルム侯爵お抱えのスパイ。出ない(出さない)けど、つなぎ役として客観的にソフィを見たらあのようになりました…
もう少しお付き合いいただけると幸いです。